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「愛してる」と繰り返すあなた達のような人に限って、愛を知れないのね?

掲載日:2026/04/03

 巷で流行りのロマンス小説ではよく、異性に「愛している」と伝えるシーンが存在する。

 他の令嬢の雑談に耳を傾けてみても、皆愛を囁き合えるような相手に憧れを抱いている。


 けれど私からしてみれば、「愛している」なんて言葉に重さなど存在しない。

 所詮は言葉の羅列。そんなものは心になくともいくらでも言える。


 その証拠に伯爵である私の父は、私や母に「愛してる」と言っていたのにも拘らず、母が病死するや否や、愛人とその連れ子を連れて来た。

 連れ子は私の出産の数ヶ月後に生まれたらしい。


 父は義母と義妹がやって来てからというもの、私に愛を囁かなくなった。

 それどころか、まるでいない者のように扱い、口すら利いてくれなくなった。


 義母は躾の為だと言って私を殴った。愛してるからこそ鞭を与えるのだと。

 義妹イヴリンは私に虐められていると嘘を吐いた。自分は義姉を愛しているのに、と嘆くふりをした。


 愛という言葉を平気で繰り返す家族達を見ている内に、私は他者に期待をしなくなった。

 貴族というのはそもそも、嘘吐きの集まりのようなものだ。

 そんな者達から告げられる愛が真実であるはずもない。

 ……家族ですら嘘を吐くのだから。


 誰も信じないし、期待しないし、愛さない。

 私はそう心に決めて生きて来た。




 私には幼馴染がいた。

 侯爵令息のクライヴ。

 幼い頃から親しかった私達の間には婚約の話が出ていた。


 けれど実際に婚約の話を進める直前。

 義母妹が我が家にやって来た事で、彼の婚約相手は愛娘イヴリンにと家族は口をそろえて言うようになった。


 結局家族の主張はクライヴの家に突っぱねられ、私……エリナーが相手でないのならば婚約の話はなしにしよう、と我が家が拒絶する話で片が付いた。


 そのはずなのだが……。


 あれから長い年月が経ち、王立学園へ入学するようになった頃。

 イヴリンは事ある毎にクライヴと親しくなろうと試み、彼に話し掛けに行っていた。

 元々そこまで愛想のいい人間ではないクライヴだが、彼はより硬い表情でイヴリンをあしらっていた。


「ねえ、そろそろ心を許してくれてもいいんじゃない? 私、貴方の事を誰よりも愛しているのよ!」


 必死にイヴリンが声を掛けようとも、クライヴは見向きもせず、速足で去っていく。

 もはや無視だ。


 彼はきっとイヴリンの事が好きではないのだろう、と……。

 きっとこの現場を見ていたイヴリン以外の生徒はみなそう思っていたことだろう。




「エリナー」


 ある日の事。

 教室移動の際に私はクライヴへ声を掛けられた。


 婚約の件が流れてからというもの、彼との接点はあまりなかった。

 だからこそこうして二人で話す機会というのは非常に珍しい。


「どうかしたの?」

「君、最近夜会にあまり出ていない様だな」

「はぁ……」


 確かに私は最近、夜会に出ていない。

 単純にドレスやアクセサリーなどを殆ど持ち合わせていない事と、イヴリンの婚約相手が決まるまでは出るなという家族からの命令があるから……というのが理由だった。


「婚約相手でも決まったのか?」

「え?」

「今の時期の令嬢は皆、婚約相手を探して夜会に良く出席するものだろう。出席しなくなる女性と言えば、パートナーが確定した者ばかりのはずだ」


 確かに、一般的にはそうだ。私は違うが……。

 だがそもそも、それがどうしたというのか。


「決まってない」

「え?」

「決まってないって言ったの。……けど、それが何」

「あ、いや……。そうか」


 クライヴは首を横に振ったかと思えば何やら一人で納得した様に頷く。

 その時だった。


「クライヴ……!」


 私達のもとにイヴリンが駆け寄って来る。

 しかし彼女は私の姿に気付いた途端、憎悪を顔に出し……。


「きゃあっ!」


 ――私に近づいたかと思えば、独りでに転んだ。


 私は思う。

 『いつものだ』と。


 彼女は父や義母の前で私を悪人に仕立て上げる時、決まってこうして私が手を出したように見える現場を作り出す。


「ひ、ひどいわ、お義姉さま……っ」


 私とクライヴを引き離したかったのもあるのだろう。

 クライヴに同情されたいという思いもあったのだろう。

 私も私とて、どうせ今回も同じようになると思っていた。


 しかし……


「……エリナー」

「何?」

「君はいつもこんな事ばかりをされていたのか」

「え?」

「く、クライヴ様? 一体何のお話……」


 私が驚き、イヴリンが顔を強張らせる。

 その中で彼は鋭い視線でイヴリンを睨んでいた。


「エリナーが笑わなくなった理由に、お前達家族が絡んでいた事は知っている。だから俺は……お前達が彼女を傷付けようとすればすぐに口を挟むつもりだった。……ずっと警戒していたんだ。それこそが他家である俺が唯一出来る事だからな」


 クライヴはそういうと、イヴリンを見下ろす。

 鋭く冷たい視線。

 淡々とした、抑揚のない声。

 それらがイヴリンを襲う。


「俺は見ていた! お前が彼女に罪を着せようとして、自ら転んだところを!」


 クライヴの良く通る声は、周囲の生徒の視線を引き寄せた。

 そして彼の言葉はを疑う者は……この場にはいない。

 何故なら彼は社交界でも人脈が広く、大勢から信頼関係を勝ち取っている人物だったから。


「いいか。今後彼女を傷付けてみろ。俺は絶対に――俺が愛する人が傷つけられる事を許さない」


 ……愛。

 その言葉は私にとって忌避すべきものだった。


 けれど。

 彼の口から初めて聞いたその言葉は、どうしてか私の心を酷く大きく揺さぶったのだった。



***



 それから。

 イヴリン並びに、家族の悪評は大きく広まった。

 我が家は社交界で落ちぶれていく。


 けれど私は……『エリナーとの婚約を』と申し出たクライヴのお陰で、改めて婚約を交わし……またイヴリンに告げたような忠告をクライヴが改めて両親に話した事で私は家では嫌がらせも暴力も受けなくなった。


 ある日の事。

 私はクライヴと街までデートに出ていた。

 休憩に入ったカフェでお茶を飲んでいた私は、目の前に座るクライヴの顔を盗み見て問いかける。


「ねえ、クライヴ」

「なんだ」

「私の事、愛してる?」


 クライヴは目を瞬かせる。

 しかしすぐにフッと笑って……


「当然。愛してるよ」


 ――彼がこの言葉を使ったのはイヴリンとの衝突の日が初めてだった。

 普段、絶対にこんな言葉を吐かないような人が、私だけには惜しみなく伝えてくれる愛情。


 それが嬉しいと思い……また、彼の言葉ならば信じられると思った。


「ありがとう、クライヴ」


 私は幸福を噛みしめながら微笑む。


「――私も、愛してるわ」


 この言葉に嫌悪を抱くことは、もうなかった。

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