魔の森の天敵フェンリルをステーキで餌付けした追放聖女ですが、伝説のモフモフ軍団を胃袋で支配して王都へ凱旋ざまぁします!
「アリス! 奇跡の一つも起こせない無能め。本日をもって聖女の座を剥奪し、この国から追放とする! ついでにお前との婚約も、真の聖女たる妹のベリンダに譲ることにした。分かったら早々に立ち去れ!」
アステリア王国の謁見の間。高い天井に響く冷酷な声。
私の元婚約者、カイル王子は、隣で勝ち誇ったように笑う妹のベリンダを抱き寄せ、私をゴミのように見下ろした。周囲の貴族たちからも、冷笑と嘲弄の視線が突き刺さる。
「……え、あの……本当ですか!? 私、もうここを離れてもよろしいのですか!? 私のキッチン、いえ、私の自由が手に入るのですか!?」
私は、震える声を堪えて聞き返した。……もちろん、込み上げてくる「歓喜」を必死に抑えて、だ。
やった。やったわ! 三年間、一滴の油も一粒のスパイスも許されない「清貧の食事」という名の地獄を強要されてきた日々から、ついに解放される!
この国は「清廉潔白」を履き違え、素材の味を極限まで殺すことが美徳だという狂信的な教義を持っている。私が魔力を込めて旨味を爆発させたスープを作るたびに「悪魔の誘惑だ」と捨てられてきた。……その食材たちが報われる日が、ついに来たのだ!
「くっ、反省のいろも無いか、この性悪め! 兵士たちよ、この女を我が国が誇る死の地『魔の森』へ捨ててこい! そこで魔獣の餌になり、不浄なその身を浄化するがいい!」
「ありがとうございます、カイル様! そのお言葉、一生忘れませんわ!」
あっと言う間に馬車に押し込められ、揺られること三時間。深い霧に包まれた『魔の森』の入り口で地面に放り出された。
逃げ去る馬車を背に、私はエプロンの紐をきゅっと結び直した。
「さて……まずはキッチンを設営しましょうか。……ふふっ、待っててね、私の愛しい最高級食材たち(予定)!」
森は普通の人には地獄だろうが、私の「美食の魔眼」には宝の山にしか見えなかった。
まずは足元の、紫色の妖しい予光を放つ『幻覚キノコ』。これを食べれば即死か、一生夢の中から戻れないと言われる猛毒だが――。
「えい。浄化!」
指先から溢れ出す金色の魔力が、キノコの細胞レベルで毒素を旨味へと書き換えていく。
シュン、と光が走り、毒キノコは『極上ポルチーニ・マジック』へと覚醒した。松茸の芳醇さと、熟成されたエシレバターのコク、さらに上質なアーモンドの香りを足したような――嗅いだだけで理性が溶けてしまいそうな香りに、私の鼻腔が歓喜の声を上げる。
「あら、早速お客様かしら? ……ふふ、三メートルの猪……いえ、走る最高級熟成ロース肉ですわね」
ガサガサ、と草むらをなぎ倒し、多足の猪『ワイルド・ベア・ボア』突進してきた。
聖女の魔力を全開にし、一気に結界で足止めする。
「はい、ステイ! いただきますの祈りを込めて――浄化!」
まばゆい光が猪を包む。私の浄化魔法は、対象の鮮度が高ければ高いほど効果を発揮する。猪の体内の毒素や魔獣特有の臭み、筋肉の硬さを一瞬で「熟成の旨味」に変換。
それはもはや魔獣ではなく、サシの入り方が黄金比率に基づいた『神聖熟成ロース肉』へと生まれ変わった。
私は手際よく肉を捌くと(聖女教育の解剖学は、肉の部位を見極めるのに最適だった)、岩塩とハーブ、そして浄化ポーションで割った赤ワインでマリネし、お気に入りの鉄板へと滑らせた。
ジュゥゥゥゥゥゥワァァァァァァァアアア…………!!
猛烈な勢いで立ち上る白い煙。肉が焼ける香ばしさと、ポルチーニの濃厚な香り、そして熟成肉特有のナッツのような甘い脂の匂いが混ざり合い、森全体の空気を贅沢に塗り替えていく。
仕上げに魔力を直接、一滴のソースに込めて垂らす。
「んん〜、なんて官能的な香り……。魔の森、最高ですわ!」
一切れの肉を箸で持ち上げ、黄金色の肉汁が滴るのを眺めていた、その時だった。
グォォォォォォォォォォォオオオン………………!!
地響きのような、重厚で切実な遠吠えが、森の最奥から響き渡った。
木々をなぎ倒し、冷たい夜気を引き裂いて現れたのは――月明かりをその身に宿したかのような、白銀の毛並みを持つ巨大な狼。
伝説の魔狼、フェンリル様だ。
体長五メートル。蒼い瞳は鋭い知性を宿しつつ、隠しきれない「飢え」で血走っている。
「……グルゥ」
魔狼様は私に飛びかかろうとした……が、その鼻先が、私が焼いたステーキの匂いをまともに吸い込んだ瞬間。
ピタッ、と。
その挙動が、完全に静止した。
巨大な銀の耳が、パタパタ……ピクピク……と、信じられない食欲の衝撃に打ち震えている。
咆哮しようとした口からは、咆哮ではなく、ダラァ、と滝のようなよだれが鉄板の上にまで滴り落ちた。
「あなた、お腹が空いているの? 待て、ですわ。今、熱いから……ふー、ふー。はい、召し上がれっ!」
私は一番大きいカットを差し出した。
フェンリル様は目を見開き、迷わずその肉を丸呑みにした。
ドォォォォォォォォォォンッ!!
すさまじい衝撃波が森を揺らす。それは、彼が数百年間受けてきた「不味と絶望の呪い」が、私の浄化肉の旨味によって一瞬で粉砕された衝撃だった。
彼は理性を保ったまま「味がヘドロのように感じる」呪いに苦しんでいたのだ。それが、今。
「ワオォォォォォォォォォォォン!!」
魔狼様は、狂喜乱舞した。空の皿を慈しむようにペロペロと舐め、しまいに私の服を甘噛みして「次! 次はまだ!?」と、潤んだ瞳で見つめてくる。
さっきまでの世界の覇者のような威厳はどこへやら。そこにいるのは、とびきり巨大でお腹がペコペコな「おねだりワンちゃん」だった。
「ふふ、そんなに美味しかったの? まだお肉はあるから。その代わり……食べ終わったら、私の『モフモフ』をさせてくださる?」
「……クゥゥン」
伝説の魔獣は、コロリとお腹を見せて、無防備な降参のポーズをとった。
私は歓喜のまま、その白銀の、最高品質の毛並みに頭から突っ込んだ。
「ひゃああああああああかっ……! SSランク……いえ、これを越えるランクを私が命名しますわ! 究極の『天国モフ』ですわね! ふかふかで、暖かい……っ!」
首筋に顔を埋める。一本一本の毛が魔力でコーティングされており、シルクを越える滑らかさと、それでいて弾力のある抱き心地。
フェンリル様は、私が首元を撫でるたびに「ゴロゴロ……ゴロゴロ……」と、地鳴りのような喉鳴りを返し、私の頬をペロリと熱心に舐めてきた。
*
それから一ヶ月。
魔の森の私のキャンプ地(というか、もはや豪華な屋外ダイニング)には、個性豊かな家族が増えていた。
「ピィーー!! ピィー!!」
足元で激しくダンスをしているのは、真っ白で手のひらサイズのウサギ『モチ太』だ。彼は魔力の浄化を受けたことで異常なほど食いしん坊になり、私が料理を始めると、私のふくらはぎに自分のお腹をピタッとくっつけて「早く早く!」と無言の圧力をかけてくる。
「モチ太、焦らないで。あなたにはこの『浄化ニンジン・グラッセ』があるでしょ」
「ピャッ!!」
モチ太はグラッセを奪い取ると、両手で大事そうに抱えて、高速で咀嚼し始めた。
そんなモチ太を、私の左肩が定位置のフクロウ『クルト』が、冷めた目で眺めている。
クルトは私の「偵察・批評係」だ。彼は魔の森の危険地帯を空から教え、その代わりとして夜ごとに供される『魔鳥のササミ浄化燻製』を賢者にふさわしい気高さで要求する。
「ホー……。アリス、右の藪に五頭目の猪が来たぞ。肉質は可もなく不可もなくだな」
「クルト、助かるわ。……フェン、そんなにクルトを見ちゃダメ。あなたが一番なんですってば」
「……グルゥ」
私がクルトに触れようとすると、中心で横たわるフェンリル様が、私の腰をそっと鼻先で押し退けた。
彼は他のモフモフが私に近づくと、露骨に耳をピクッと動かし、低い唸り声をあげて嫉妬するのだ。
世界を滅ぼす魔狼の、なんて可愛い独占欲!
私はフェンの顎の下を、一番気持ちいいとされる場所をこれでもかと描き回す。
「ふふ、あ、フェン、そこは気持ちいいのね? 尻尾がメトロノームみたいに揺れていてよ」
「……アンッ」
魔狼様の短い返事。
しかし、そんな平和な時間は、ある日、不快な匂いとともに破られた。
森の境界線を越えて現れたのは、かつて私を捨てたカイル王子と、ベリンダ。そして、見る影もなく痩せ細り、泥まみれになった兵士たちだった。
「アリス……! 助けて、助けてくれ!!」
カイル様は、私を見つけるなり地面に膝をつき、必死の形相で土下座をした。
「君がいなくなってから、国中が、野菜は石に、肉は鉄に変わっているんだ! ベリンダが祈るたびに、食材がヘドロのように腐り出していく! このままでは……っ、王族も国民も、不味さで発狂してしまう……!!」
私は、フェンの白銀の広い背中の上で、あえて寝そべったまま、優雅に魔力ハーブティーを啜った。
「あら。ごきげんようカイル様。……相変わらず、不味そうな匂いをさせていらっしゃいますわね」
「お願い! 謝罪する! 王太子の地位も、君が望むならベリンダを廃嫡してでも……!」
「お姉様! 私が悪かったわ! お願い、何か一口、この『石』になったパンを浄化して食べさせて!!」
ベリンダが差し出したのは、彼女の「歪んだ清貧の祈り」によって完全に石化した一斤のパンの塊。
私は、そっと自分の朝食の残り――『魔力ポルチーニの贅沢パイ』を、彼らの鼻先に近づけた。
じゅわっ、とあふれ出る黄金色の蜜。バターとキノコの、天国のような幸福の香り。
「…………ああ……っ、あああああ…………!!」
彼らはその香りを嗅いだだけで、涙を流し、涎を垂らしながら空を掻いた。
だが、その手をフェンが、鋭い牙をちらつかせた咆哮一つで一掃する。
「ワオォォォォォォォォォォォォン!!!」
「ひっ、ひぃぃぃぃぃぃっ!!」
「カイル様。ベリンダ。……私は、自分の家族を『不味い食事』で汚させたくありませんの。……さあ、フェン。モチ太。クルト。……不味い王都へ、ひと段落の挨拶に行きましょうか?」
*
アステリア王宮、謁見の間。
一ヶ月前、私が捨てられた場所に、私は「魔の森のモフモフ軍団」を率いて凱旋した。
「陛下。ごきげんよう」
私はフェンの背からひらりと降りると、玉座の前で優雅に一礼した。
王宮は、かつての傲慢な空気はどこへやら。全員が極度の空腹と不味さで目が虚ろになり、国王陛下すら、カビの生えた根っこを貪り食っている。
「アリス……! おおおお、その料理を、その料理を一口でいい!!」
カイル王子が、石化したパンを投げ捨てて私の足元に縋り付いた。
私は、彼の目の前で魔法を放った。
シュン……!
謁見の間の床を突き破り、黄金に輝く野菜や果実、そして焼きたてのステーキの香りを放つ「幻の食卓」が一瞬で出現する。
「あああああ!! 飯だ! 本物の、美味しい飯だぁああ!!」
カイル様と貴族たちが、獣のように食卓に飛びついた。
しかし、彼らの指が食材に触れる直前。
「――浄化終了」
私の静かな言葉とともに、全ての「美味しい」は、空中に霧散した。
後に残されたのは、ただの石畳と、彼らの指先にこびりついた、不味くて苦い泥の感覚だけ。
「…………えっ……?」
「不味さは、罪ではありません。ですが、美味しいものを蔑み、食材の魂を殺すあなたたちには……この人生二度と、本物の味覚は与えられませんわ。……さようなら」
「ま、待て! 待ってくれアリス!! 飯を……美味しい飯を返してくれええええええ!!」
泣き叫ぶ王族たちの声を背中で聞きながら、私は再びフェンの背に跨った。
フェンは満足げに鼻を鳴らし、「帰って私のブラッシングをしてくれ。……あと、あの肉だ」と甘い声で唸った。
*
魔の森の奥深き、私たちの聖域。
夕日に包まれたキャンプ地で、私は最高の幸せの中にいた。
「んん〜っ……! やっぱりこのモフモフに埋もれているのが、世界一の贅沢ですわね……!」
私は、フェンの巨大なお腹を枕にし、その上にモチ太が乗り、私の肩にはクルトが。さらに左右からモフモフの熊たちが添い寝をしてくれるという、完璧な『モフモフ包囲網』の中にいた。
幸せすぎて動けない。重い。でも、最高。
「アリス。……満足か」
フェンが、初めて低く、しかし確かな意志を持った声で脳内に直接語りかけてきた。
「ええ、最高ですわ。フェン。……今日は、お祝いに蜂蜜パンケーキを十段重ねに焼きましょうね」
「十段か。……足りんな。二十段だ。……それと、私の耳の後ろを掻け」
最強の聖獣の、どこまでも可愛い注文。
私は笑いながら、銀色の大きな耳を優しく描き回した。
捨てられた魔の森で、私は「本当に食べたい家族」を見つけた。
美味しいは、正義。
そして、この温かいモフモフたちの温もりこそが、世界で一番甘くて幸せな、私の新しい魔法なのだ。
緩い話が書きたかったのです!
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