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公爵令嬢の専属侍女が見た事件

作者: にしはじめ
掲載日:2026/01/27


「あなたがマウラね。わたくしはマルティナ・レンツィです。以降よろしくお願いいたしますわ」


 私の名はマウラ。

 しがない子爵家の三女でしたが、学園の初等部で幸運にも主席を取り、このたび寄り親であるレンツィ公爵家で侍女としてお仕えすることとなりました。

 しかも公爵家の次女である、マルティナお嬢様の専属侍女として。

 子爵家の三女が公爵家のお嬢様の、しかも専属侍女になるとは思いもよりませんでした。

 ただ専属侍女とは一番身近に仕える者であり、おそらく私の年齢が一番お嬢様に近い、という理由もあったのでしょう。


 それでもお父様からは、子爵家の命運はマウラにかかっている、とまで言われました。

 正直なところ、初等部を卒業したての私には期待が重すぎます。


 ……胃が痛い。



 さて、お嬢様は御年八歳。しかも噂では、神童とうたわれております。

 当初、私は公爵家の宣伝文句かと思っておりましたが、噂は真実でした。

 初めてお会いした際、八歳ながらすでに見目麗しく、動きも素晴らしく洗練されており、言葉遣いも私より年上かと思ったほどです。

 性格も温厚で且つ落ち着いておられ、社交性もあり、非の打ちどころがございません。



 唯一欠点をあげるとすれば、お勉強についてそこまで高くはない、というところでしょうか。

 得意科目と不得意科目の差が激しく、数学や理科については満点を取るのに、音楽や歴史、文学は苦手のようで、ほぼ追試です。

 音楽などの芸術関連は、高位貴族の夫人にとって必須なこと。

 公爵閣下も、そこが悩みどころとおっしゃっておりました。

 逆に数学については、もしかすると私以上かもしれません。


 ……八歳も年下のお嬢様に負けてしまうのは、釈然としません。

 でも、仮にも学園主席卒業の私以上に数学ができる、お嬢様が異常なのです。




 さて、専属侍女としてのお仕事は、お嬢様の身の回りのお世話となります。

 常にお嬢様のお側に控え、お嬢様が不自由なく暮らせるようにすることです。

 お食事では給仕、ご就寝ではお着換え、移動では手荷物の持ち運び、ご入浴ではお身体の洗いまで。


 ただご入浴に関しては、私がお手伝いすると申し出ても、なぜかお一人でなさろうとされます。

 まあ背伸びしたい年頃ですから、それも致し方ないかも知れません。

 しかし、高位貴族として側仕えに全てを任せるのも、当たり前のこと。

 ここは鬼になって、お仕事をやらせていただいております。


「お嬢様、いくらなんでも目を強くつむり過ぎておりますよ。軽く閉じておくだけで、泡は入りません」

「……いいえ、これでよいのです。色即是空色即是空」

「……??」


 よく分からない言葉をおっしゃいますね。


===


 私がお嬢様に仕えてから四年が経ちました。

 いよいよお嬢様も学園に入学する年となります。


「ここが学園ですか。立派な建物ですね」

「はいお嬢様。学園の歴史は古く、今から三百五十年前に当時の宰相閣下が、全ての貴族が一定水準の学力を得られるよう、ご上申されたそうです」

「それを受けて建設したのが、三代目国王モンロイ陛下ですね」

「そうでございます」


 お嬢様は四年の間お勉学に励み、歴史については平均並みとなりました。

 ただ音楽、文学、絵画については、残念な結果のままですが……。


「それで、マウラ一人でお仕事はできますか?」

「はい、お任せくださいませ。学園内は私のみですが、学園外に四人控えております。私だけで対処できない場合、彼女たちにもお仕事を回しますので」

「本当ならマウラ以外にもう一人専属を用意して、一日おきに交代できれば良かったのですが……」

「いいえ! お嬢様の専属侍女は私のお仕事です! 至らぬ点が多く失敗ばかりであれば致し方ありませんが、そうでないなら、ぜひ私にお任せくださいませ!」

「あっはい。マウラは期待以上の成果をあげていますから、交代はありませんよ」


 お嬢様の専属は大変……ではありますが、それ以上にやりがいがあります。

 公爵家ということもあり、学園入学前でも他の高位貴族の方々とご交友が広く、場合によっては一日置きにお茶会がございます。

 おかげさまで、私もお相手の専属侍女の方々と知己になりました。


「思ったよりも広いですね」

「初等部、高等部はここのお部屋から通うことになります。高等部では三人まで、お付きも増えますのでどなたをご採用されるか、今のうちに考えておいてくださいませ」

「ええ、既に候補は思いついています。そうですね、一年後に伝えますね」

「お早いご決断で助かります」


 初等部はご勉学、高等部はご交友が主となります。

 高等部では、お茶会などが頻繁に行われるため、対応する人数も増やす必要があります。

 ただし三年間も学園にいる必要があり、可能な限り早めに決めていただければ、それだけ予定も立てやすくなります。


「では初等部の三年間、お願いしますね」

「はい!」




 そして学園の初等部は、ほぼ何事も起こりませんでした。

 ただ……卒業間近に、とうとうお嬢様のご婚約が決まりました。


 お相手は、なんと第二王子殿下。

 なんでも公爵家が持っている伯爵位を得て家を興すらしく、その後ろ盾に公爵家の力をあてにしているようです。

 もちろん新伯爵家は公爵家の寄り子となりますが、王家としても第一王子殿下、つまり次期国王陛下の権力を集中させたいのでしょう。


 自分の子どもを分散させ、力を削いで、その監視役を公爵家に任せる。

 貴族社会としては至極当然のことですが、王族や高位貴族は大変だな、と思ってしまいました。


 また新伯爵家では、お嬢様の力もあてにしているようですね。

 芸術面では壊滅的ですが、新しい領地を早急に治めるには芸術よりも、実務が大切ですからね。


===


「殿下! ごきげんよう!」

「おお、リンダ。今日も元気で可愛いな」

「えへへっ、そんな殿下。照れますよ」


 高等部に入学して早二年。

 第二王子殿下は、お嬢様のことを無視して、リンダという男爵令嬢と仲良くなっています。

 それはもう学園中の人が知っている事実。

 おかげでお嬢様は、殿下に捨てられたなど、陰口を叩かれまくりです。


 それを学園の廊下から一瞥し、そのまま通り過ぎていくお嬢様。


「お嬢様、よろしいので?」

「ええ、構わないわ。わたくしとしては、あのご令嬢を第二夫人として扱ってもらえれば、その分身軽になりますから」

「しかしっ!」

「いいのよマウラ」


 お嬢様は、殿下とリンダ嬢を見ても顔色一つ変えません。

 それどころか、それ以上にご交友関係を強めております。

 今ではほぼ毎日、どなたかとお茶会を楽しんでいらっしゃいます。




「マルティナ様、ご存じでしょうか……殿下と男爵令嬢の件を……」

「ええ、存じておりますわシーラ様」


 今日のお相手はシーラ侯爵令嬢です。

 ご実家の侯爵家は、公爵家と仲がよく幼いころからご交友関係がありました。

 つまり幼馴染、という間柄です。


「ところで新伯爵家ですが……」


 話題を切ったのはシーラ様。

 そしてお嬢様が、まるで待ってましたと言わんばかりに、すらすらとお答えなさいました。


「ええ、あの領地は特産品もなく、交易できるような場所でもありませんし、農業にも適してない土地です。ただし川はありますので、工場などをたて一大工業地にするのが良いかと」

「そうなると、道を作る必要がございますね」

「その通りです。材料や作ったものを運ぶ道は必須ですね。それに加え、働く人々たちが快適に過ごせるよう、様々なサービスも必要でしょう」


 このお二人は何をおっしゃっておられるのでしょうか。

 少なくとも大貴族のお嬢様が、お茶会で話す内容でないことは確かです。


「サービスが必要……つまり働いて得たお給金を、そのまま領地で使って頂けるわけですね」

「はい、その通りです。それに荷物を運んでいただける方々にも……」

「マルティナ様、それは素敵ですね」

「はいシーラ様、とっても素敵なことです」


 満面の笑みを浮かべる二人のお嬢様。

 何か怖い。


「肝心の資金はどうなされるのですか?」

「王家からの初期費用に加え、当家と侯爵家で。その代わり、道の使用料という名目で侯爵家に……」

「マルティナ様の予想では、十年後にはかかった費用を回収できると」

「今のところ、ライバルは小規模な工業地域だけですからね。大量生産して、価格を抑えれば売れ筋になるかと」

「概要はお父様に伝えてはありますが、本日後押しいたしますわ」

「ええ、お願いします。わたくしも本日お父様と、殿下の件も含めて……」


 私には謎のお茶会が終わりました。

 相手の専属侍女たちも、顔には出していませんが、おそらく内容が分かってなかったでしょうね。


===


 お嬢様がご入学してから、はや六年。本日、とうとう学園高等部の卒業式を迎えられました。


 卒業式の後、卒業者一同揃ってのパーティとなります。

 私はお嬢様の専属侍女として、このパーティに参加致しました。


 そしてパーティの開催宣言の直後、殿下が壇上に上がったと思いきや、爆弾発言が飛んできました。


「マルティナ、君との婚約を破棄させてもらう!」

 

 最初、卒業生を代表した挨拶かと思ったのですが、一瞬言っている意味が分かりませんでした。

 えっと、お嬢様との婚約破棄? どういうことですか?


「あら殿下、さようでございますか」


 しかしお嬢様は、突然のことに何の動揺もなく、普段通りでした。


「なんだその落ち着きようは! リンダから聞いているぞ! 君はさまざまな嫌がらせをリンダにやったそうだな?」

「嫌がらせとは?」

「水をかけたり、廊下で転ばせたり、階段から突き落としたりだ! やってないと言わないよな?」

「まるで心当たりがありませんわ。そこのご令嬢が勝手に転んだり、足を滑らせたのではないですか?」


 殿下とリンダ嬢が逢瀬を繰り返している間、お嬢様はお茶会にご参加なされていましたからね。

 事実、高等部に入ってから三年、殿下とお嬢様がお会いなされた回数はたった三回です。

 何せ私はお嬢様に付きっ切りでしたからね。

 嫌がらせどころか、殿下たちに何のご興味も持たれておりませんでした。


「白々しいことを!」

「マルティナ様、ひどいです! 殿下、助けてください!」

「もちろんだリンダ、僕が絶対守るよ!」


 何でしょうか、この三文芝居は。

 第二王子殿下ともあろうお方が、まさかこのようなお粗末なことを仕出かすとは。


「そうだマルティナ。今、この場で謝罪すれば寛大なリンダが許してくれるそうだ」

「マルティナ様、謝罪してください!」

「はぁ……やってもいないことに、なぜ謝罪が必要なのですか?」

「まだ白々しい嘘を吐くか!」


 この繰り返しです。

 殿下は高等部に三年通われて、知能が下がったのではないでしょうか。


 参加されている方々の思いは、いい加減やめてくれ、だと思います。

 しかし殿下とお嬢様の家格は卒業者の中で一番と二番です。

 誰も止めることができません。


 しかしこの寸劇も永遠に続くことはありませんでした。


「ロベール、何をやっているのか!」

「ち、父上!?」


 突如、国王陛下が会場に入られてきたのです。

 もちろん陛下だけでなく、護衛の方々や、あげく公爵閣下までおられるではありませんか。


「娘が妙なことを言ってたが、まさか実際にこんなことを仕出かすとは……」

「すまんなレンツィ公爵、うちの息子が馬鹿なことをやってしまって」


 すかさず殿下が陛下へと駆け寄り、あろうことか陛下にも三文芝居を続けようとしたのです。


「父上聞いてください! 僕は今日、このマルティナと婚約を破棄して……」

「ばかものっ!!」


 すぱーん、と心地よい音が鳴り響いた。

 陛下が殿下の頭を引っぱたいたのです。


「な、なにするのですか父上!」

「お前がマルティナ嬢と婚約破棄などすれば、貴様に与える爵位はなくなるぞ!」

「えっ? なぜですか?」


 そもそもその伯爵家は、公爵家が持っている爵位です。

 お嬢様と婚約することで、その伯爵位を継ぐことができるのですから、婚約破棄すれば当然なくなります。

 子爵家の私ですら理解できるというのに……。


 そして王族籍を持ったままですと、第一王子殿下の地盤固めのため、よくて幽閉、悪ければ処刑されるでしょう。

 国王陛下も公爵家の寄り子貴族として生きていけるよう、王族籍から抜いて爵位を与える温情でしたのにね。



 その後、殿下は国王陛下にどこかへと連れられて行きました。

 どうなるのでしょうか?


===


 ここは王城の片隅にある部屋だ。

 そこにレンツィ公爵令嬢マルティナが、専属侍女も連れず一人佇んでいた。

 国王と父であるレンツィ公爵の二人に許可を貰い、第二王子のロベールが来るのを待っているのだ。


 部屋で待っている間、寒いだろうとワインを一本貰っている。

 この世界では、学園高等部を卒業すると同時に成人となり、飲酒も可能となっている。

 その為、マルティナは遠慮なく部屋でワインを飲んでいた。


 と、そこへ部屋のドアがノックされ、ロベールが入ってきた。

 国王から相当絞られたのだろう、かなり意気消沈している。


「すまないマルティナ」


 頭を下げるロベール。王族である彼が頭を下げるのは、同じ王族以外ではあり得ないことだ。

 だがマルティナはワインを片手に沈黙している。


「僕はリンダに騙されたんだ。だからあんなことを仕出かしてしまった」

「正座」

「……え?」

「そこに正座しろっていってんだガキ」


 そこにいたのは、高位貴族の令嬢ではなかった。

 いや、見た目はマルティナそのものだが、その姿は胡坐をかき、ワイン片手に顔を赤らめた、酔っぱらった親父だった。


「さっさとしろっ!!」

「はいっ!!」


 その迫力は、到底十代の娘が出せるものではない。

 そしてマルティナは、コンコンとロベールを説教し始めた。


「いいかクソガキ、大人になったら清濁併せることが必要なんだよ。生きてりゃ、良いことも悪いこともあるんだ」


 同じ年なのに、何故かその言葉は重く感じた。


「俺だってな。こんな立場じゃなきゃ、男なんぞと結婚したくないわっ! だが貴族の義務として必要だから、我慢してるんだよっ!」


 俺? マルティナがおかしくなってしまった?

 そう混乱するロベール。


「で、リンダとかいうガキをどうするんだ?」

「も、もちろん追放します!」

「馬鹿かてめぇは! 男なら一度守るといった女を、捨てるな!」

「へっ、な、なんで!?」

「第二夫人にでもすればいいだろ!」

「は、はいっ!!」

「俺からも親父と陛下に言っておく」

「あ、ありがとうございますっ!!」

「それからな……おい、ワインがなくなったぞ。持ってこい! 気が利かねぇやつだな!」

「はいっ!!」



 そしてその日は明け方まで延々説教は続いた。


「……助けて」




そういえばTSもの書いてないなと思って、つい……


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