表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/12

CHAIN:01-SS

孤独は”個”を生む。


”個”は思想を持つ。


思想は境界を作る。


境界は断絶を生む。


だから我らは、”意思”を否定する。


己を持つな。

意志を持つな。


"お前"が在る限り、輪は歪む。






そこは外界から完全に隔絶された、沈黙の閉鎖空間。

外の喧騒は一切届かず、わずかな息遣いさえ反響する“聖域”である。


信者の手首には、艶やかな翡翠色を放つ緑色のバングルが嵌められている。

冷たい金属の内側には教義の一節が刻まれており、肌に触れるたび自己が輪に溶け、境界を失っていく感覚が蘇る。


集会所の中央。

宙に浮かぶ斬環(チャクラム)緘輪(かんりん)〉が空気の軸を支配するように佇む。

漆黒の台座に据えられたその()は、「意思を断つことで孤独を終わらせる」ことを体現した、最も重要な象徴。

時折、緘輪は微かに振動し、淡い緑の光を灯す。

その瞬間、信者たちは目を閉じ、己が薄れていく快感に身を委ねるのだ。


――〈運命(しゅくめい)導解(どうかい)宗統(しゅうとう)Konneqt(コネクト)〉。


時が満ちたかのように、空気がわずかに震える。

緘輪の光が収束すると同時に、背後の扉が静かに開く。


重厚な扉は音もなく滑り、そこから差し込むのは、外界の光ではない。

濃密な沈黙とともに、淡い緑の光が廊下から染み込むように流れ込んでくる。


音はなかった。

にもかかわらず、全員の意識が同時に”彼”へと向く。

誰ひとり振り返らずとも、その「出現」は否応なく空間を支配した。


座した信者たちの背筋が、自然とまっすぐに正される。

目は伏せられたままだが、その身はわずかに震え、胸元に添えた手に力がこもる。


「……共無(ともな)様だ…」


前列の男が息を呑むように囁く。

その声には畏れと歓喜がない交ぜになっており、喉の奥で掠れていた。


「…あの御方こそが…私たちの真理……」


別の信者が、感極まったように口元を震わせる。

視線は上げない。

ただ、涙が静かに頬を伝う。


「皆さん、お疲れ様です」


その声は、あまりに優しく、あまりに静かだった。

性別も年齢も判然としないその声は、まるで耳ではなく胸の奥に直接響くようだった。

言葉に込められた感情は──慈しみ、でもなく、励ましでもない。ただ“安堵”だった。

まるで、自らの意思を削ってきた者たちへの報酬のように、穏やかな癒しを運んでくる。


その瞬間、空間全体がわずかに揺れる。

緘輪が低く震え、翠光が波紋のように床を這う。

それに呼応するように、信者たちはいっせいに深く頭を垂れ、何も問わず、何も応えず、ただその存在に祈るように身を沈めた。


床に額を預けたまま、誰もが静かに目を閉じる。

自分という境界を手放すことに、迷いはない。

この空間において、自らの意思は罪であり、個は穢れであり──消えることこそが救いだった。


「疲れたでしょう、自分で在ろうとするのは。でも、もう大丈夫。“あなた”が消えた今、あなたは最も正しく繋がっている」


共無の声が、やわらかく空気を撫でる。

誰の耳にも同じ音色で届きながら、不思議と、それぞれに語りかけてくるような感覚を伴う。

その言葉に、何人かの信者は目尻から涙をこぼし、指先に力を込めて合掌する。


「あなたが“考えなかった”から、あなたが“拒まなかった”から、私たちはまた、一つに近づけた。──ありがとう」


声に抑揚はない。

それなのに、圧倒的な熱が宿っていた。

その“ありがとう”には、喜びも誇りも含まれていない。

ただ、従順に溶けた者だけが与えられる、静かな祝福。


そのまなざしがゆるやかに場を掃き、沈黙の支配を確かめるように口を開く。


「ではまた、同じ沈黙の先で巡り合いましょう」


言葉を残し、共無は緘輪の前から静かに後方へと下がった。

歩みは音を立てず、存在の輪郭さえ薄れていく。


やがて信者の視線が届かぬ影の奥へと身を沈め、そこにぴたりと立ち止まる。

そしてその暗がりで、誰にも届かぬように──共無はひとりごとのように、低く呟いた。


「私たちは、ひとりでいることが怖いのではない」


共無は、静かに目を伏せた。

長い沈黙の中、わずかに肩が上下する。

まるで呼吸を思い出したかのように、微かに。


「ひとりでいる“と気づいてしまう”ことが、何より恐ろしい」


誰かが隣にいないと落ち着かないわけではない。

話し相手がいなくて寂しいわけでもない。

それでも、ふとした瞬間──

誰にも必要とされていない自分に気付く。


他人に嫌われたわけではない。

でも、誰にも選ばれていない。

――そのことが、耐えられないほど、痛い。


”誰かの好きに、私は入ってない”

”誰かの優先順位に、私はいない”

――そう思うだけで、胸が潰れそうになる。


ただの繋がりが欲しいんじゃない。


(私が…私たちが本当に望んでいるのは――)


「……“繋がっていないことを自覚しないための”繋がりが欲しい」


だから、私は繋げる。


「――孤独(ひとり)になるくらいなら、全部繋げればいい。ね?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ