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街道沿いの夜市


焚き火の傍に近づくと、暖かな空気が肌を撫でた。


パチパチと薪が爆ぜる音と、人々の話し声が耳に心地よい。

護衛の男に促され、焚き火を囲む輪の中に加わる。


「旅の者で元衛兵らしい。今夜だけ、ここで野営させて欲しいと頼まれた」


護衛が商人たちに軽く説明する。



皆、俺の方をちらりと見たが、特に構う様子もなく、それぞれの会話に戻っていった。


彼らにとっては、野営地を共にする旅人は珍しくないのだろう。


「アイクと言います。今夜、お世話になります」


小さく挨拶をして、焚き火から少し離れた場所に腰を下ろした。



背嚢から、街を出るときに女将さんにもらったパンと、少しばかりの干し肉を取り出す。


周りでは、商人たちが賑やかに話し込んでいる。

耳を澄ますともなく、様々な話題が聞こえてくる。


「あの街の絹は、やっぱり値崩れがひどくてな」


「次の街まで、あとどれくらいだ? この荷物じゃ、三日はかかるか」

「いや、そんなにかからんだろうよ…」


「宿屋の飯もいいが、やっぱりあの市場の串焼きは最高だったなぁ」


「あの手の商品を扱うなら、やっぱり帝都まで足を伸ばさないとな」


他の街の相場、道のり、美味しい食べ物、取り引きの裏話……。



どれも俺にとっては新鮮な話ばかりだ。


衛兵として働いていた頃は、せいぜい街の内部や周辺の治安、それにたまに立ち寄る商隊から聞く遠い地の噂話くらいだった。




俺はもらったパンをかじり始める。


街を出るときにもらったパンは、まだ柔らかさを保っていた。


旅に出るとなれば、普通は保存の利く堅パンを携行する。


この柔らかいパンは、女将さんの温かい心遣いだろう。



「おや、随分といいパンだね」


近くに座っていた、恰幅の良い商人が俺に話しかけてきた。


年の頃は五十代くらいだろうか。

口元に蓄えた髭を撫でながら、興味深そうに俺のパンを見ている。


「ええ、街を出るときにいただいたものです」


「旅の途中じゃ、こういう柔らかいパンは珍しいだろう。すぐに硬くなってしまうからな」


その通りだ。

衛兵時代に遠出する際も、堅パンには随分世話になった。


「もしよかったら、そのパンと、俺の持っている干し果物を交換しないか? なかなか手に入らない珍しいもんだぜ」


思いがけない提案に、少し戸惑う。


物々交換か。


「ええ、構いませんが……」



俺が頷くと、商人は嬉しそうに懐から小さな袋を取り出した。


中には、見たこともない色の、甘そうな匂いのする干し果物が入っていた。


彼はその中からいくつかを選び、俺に差し出した。


俺も、パンを少しちぎって渡す。


「ありがとう。うまいパンだ」

「こちらこそ。美味しそうな果物ですね」


そのやり取りを見ていた、別の商人が声をかけてきた。


「ほう、交換かい? なら、俺も混ぜてくれよ」

「その干し肉、うちの塩漬け肉と交換しないか?」


それまでバラバラに話していた商人たちが、いつの間にか俺の周りに集まってくる。


「じゃあ、俺はあんたのその外套、俺の持ってる火打ち石と交換しようか? 新しいのが欲しかったんだ」

「おいおい、外套と火打ち石じゃ割に合わないだろ。俺のこの丈夫な麻布と交換するのはどうだ?」



話はどんどん広がり、いつの間にか、俺の周りにはちょっとした商いの輪ができていた。


皆、自分の持っているものと、他の者が持っているものを比べ、交渉し、交換する。


堅パンや干し肉、火打ち石、麻布、薬草、小さな彫り物、使い古した道具……。


普段は取引相手と金を介してやり取りしている彼らにとって、こういう個人的な物々交換も、少し違った面白さがあるのかもしれない。


俺は彼らの様子を見ながら、少しばかりのパンや干し肉、それに衛兵時代に使っていたが今は必要ない小さな道具などを差し出し、代わりに旅に役立ちそうなものを受け取った。


丈夫な水筒、予備の火打ち石と火口、使いやすい小型のナイフ、それに、しばらく食料になりそうな干し豆など。


皆が笑い、時には値切り合いながら、賑やかに交換を続けている。


衛兵隊の仲間との付き合いとは違う、明るく、しかしどこかしたたかな人々のやり取りだ。


地味な俺でも、この輪の中に入ることができた。


パン一つから始まった、小さな交流の輪。




一通りの交換が終わると、皆は満足げな顔をしていた。


俺の手元には、旅に必要なものがいくつか増えている。



衛兵だった頃の自分には、こんなことは想像もできなかった。


皆がまたそれぞれの会話に戻り始めた頃、先ほど最初に話しかけてきた恰幅の良い商人が、俺の隣に座り直した。


「さて、ところでアイクさん。衛兵を辞めて旅に出た、と言っていたね」


彼は少し声を潜めて、俺に話しかけてきた。その顔には、何かを含んだような表情が浮かんでいる。


「その様子だと、剣の腕は立つんだろう? 旅をするには、護身の技術はあった方がいい」


彼の言葉に、何か別の意図があるのを感じた。これは、もしかして……。


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