旅のはじまり、商隊と出会う夜
見送ってくれた皆に手を振り返し、街の門を抜けた。
砂利と土が剥き出しになった街道に足を踏み出す。
街の中と違い舗装なんて気の利いたものはなく、踏み固められただけの道だ。
時折、轍の跡が深く刻まれている。
慣れ親しんだ街並みが背後に遠ざかっていく。
これからどこへ向かうのか、具体的な目的地は決めていない。
衛兵として街の警備にあたっていた時には、考えもしなかったことだ。
決められた場所を守り、決められた道を歩く日々。
それも、もう終わりってしまった。
街道を歩いていると、時折、旅人や馬車とすれ違う。
大きな荷物を積んだ行商人の馬車。
顔を布で覆った、どこか遠くから来たらしい一団。
足早に先を急ぐ一人旅の男。
皆、それぞれの旅の目的を持っているのだろう。
俺のように、ただ宛てもなく歩いている人間は、もしかしたら珍しいのかもしれない。
さて、これからどうしようか。
街道を歩きながら、これまでに聞いた様々な場所の話を思い出す。
遥か南には、広大な砂漠地帯があるらしい。
その砂漠の中に、今は廃墟となった古い遺跡があるとか。
さらに海岸沿いには、異国の船が行き交う大きな港街があるとも聞いた。
活気に溢れ、見たこともない珍しいものが手に入るという話だった。
北に行けば、この領地とは様式の違う、荘厳な建物が立ち並ぶ他国の帝都があるという話だ。
もっと近くにも、絹織物や羊毛の紡績が盛んな街や、危険だが一攫千金も夢ではないという「ダンジョン」がある街の話も耳にした。
衛兵の仕事があった頃は、そんな話はただの夢物語だった。
遠い世界の出来事。
だが、今は違う。仕事は無くなってしまった。
その代わり、時間は沢山ある。
誰に急かされることもなく、どこへ行ってもいい。
まずは、気になった場所を色々と見て回るか。
衛兵として街を守るしか能がないと思っていたが、案外、世の中には面白い場所が沢山あるのかもしれない。
この目で確かめてみたい。
太陽が西の空に傾き始め、影が長くなってきた。
そろそろ野営の場所を探さなければならない。
街道から少し離れた、見晴らしが良くて、水場が近く、敵に見つかりにくい場所……そんなことを考えながら歩く。
街道沿いの茂みを注意深く見ながら進んでいると、少し開けた場所に複数の馬車が集まっているのが見えた。
夕暮れの光の中で、荷馬車らしきものがいくつか並んでいる。
どうやら、商隊のようだ。
野営の準備でもしているのだろう。
一人で野営するよりも、安全かもしれない。
それに、何か情報が得られるかもしれない。
衛兵だった頃は、商隊と交流することもあったからなんとかなるかもしれない。
警戒されないように、街道から開けた場所に出る。
馬車に向かってゆっくりと近づきながら、両手を上げて見せた。
武器は腰に収めたままだ。
敵意がないことを示す、旅人たちの間のちょっとした作法だ。
商隊の周りには、何人かの男たちがいた。
護衛だろう。
俺に気づくと、警戒した様子でこちらを向いた。
そのうちの一人が、前に出てくる。
鎧は着ていないが、腰には剣を提げている。
体つきはしっかりしており、手慣れた様子が伺える。
その護衛に向かって歩み寄る。
少し緊張する。
衛兵としてなら、どう話せばいいか分かっていたが、今はただの旅人だ。
「あの、すみません」
声をかけると、相手は無言で俺を見据えた。
少し言葉に詰まる。
口下手なのは、どうにもならないらしい。
「旅の者です。…ええと、衛兵を、辞めまして、旅に出ている者です。アイクと言います」
正直に自己紹介をする。
衛兵を辞めた、と言うべきか迷ったが、隠す理由もない。
むしろ、それが信用に繋がるかもしれない。
「もし、よろしければ……この辺りで野営をさせて頂きたく。ご一緒させて頂いても、よろしいでしょうか?」
たどたどしい言葉で尋ねた。
護衛の男は、じっと俺の顔を見つめた後、俺の装備や荷物に視線を移した。
そして、何かを判断したように頷いた。
「待っていろ」
そう言って、彼は馬車の周りに集まっていた商人らしき人たちの方へ向かった。
何かを小声で話している。
商人たちは、ちらちらと俺の方を見ている。
不安そうな顔、警戒する顔。
様々な表情が見える。
彼らの間で、俺をどうするか話し合われているのだろう。
しばらく待つと、護衛の男が戻ってきた。
「良いだろう。ただし、揉め事は起こすな。食い物は自分で用意しろ」
短い言葉だったが、許可が出たことに安堵する。
「ありがとうございます。ご迷惑はおかけしません」
頭を下げて礼を言うと、護衛の男は軽く顎で野営地の内側を示す。
どうやら、この商隊と共に、今夜を過ごすことになりそうだ。
さて、どんな人たちがいて、どんな話が聞けるだろうか。