Interview -K-
どうして、好きになんかなったんだろう。
「疲れた……」
珍しく晴れたその日も、結局青空を堪能することなく夕暮れを迎え。
どんどん日が短くなる今の季節を思い起こさせるように、しんしんと冷え込むどこかよそよそしい自分の部屋で、葛西匠はその日何度目になるかもわからない溜息をついた。
とにかく、疲れた。
大学に入ったのは自分の希望だったはずなのに、時折こんな風に何もかも投げ出したくなる。
そう言ったら誰かに怒られそうな気もするが、そう感じてしまった感情を何もなかったかのようにはできない。
どちらにせよ、誰もいないからこそつぶやける本心には間違いなかった。
ピカピカと留守電がメッセージの存在を訴えかけるが、面倒で再生はしなかった。
どうせバイト先か、クラスメートだ。
余程の内容なら携帯にかけてくるはずだしいいだろ?と誰が聞くでもない言い訳をしながら、まっすぐリビングへ向かう。
ヒーターの電源を一つ。
テレビの電源を一つ。
吹き付けてきた温風にコートを脱ぎながら目をやれば、ちょうどニュースの時間だった。
どこかの政治家が、なんて声を聞きながら、夕べの残り物をレンジで温める。
ついでにと冷蔵庫を開けてお茶を出そうとしたら、その隣にでんと置かれた限定品のチョコレートがまるで何かを訴えるかのように目に飛び込んだ。
自分の趣味じゃない、カラフルなパッケージのそれ。
甘いけど上手いんだぜ、といっていた男の顔がどうしても脳裏から離れてくれない。
「……」
温め完了。
その音にいっそ救われた気さえしながら、さっさとドアを閉める。
「あちっ……」
皿を手に、リビングへと移動して。
「……」
変わらず流れるニュースを横目に、さっさと口に運んだ。
大体、朝から忙しくてろくに食事も摂ってない。
でもなんでだろう。……おいしくない。
「……」
……理由なんか、知りたくなくたってわかっている。
『匠』
……そう呼ぶあいつが、今日はここにいないから。
『匠』
……そう呼ぶ、あいつと、この頃まともに目も合わせられないから。
そもそも、この憂鬱というか、妙な疲労感は今に始まったことではなかった。
「……馬鹿、誠二」
脳裏に浮かぶのは、脳天気な笑顔を浮かべる、馬鹿な親友。
馬鹿で、一途で、まっすぐで、そして普通じゃないけど一番真面目な顔で自分に好きだと告げた一応恋人とか呼ばれる相手。
どこかのアイドル並みの人気を誇る、超有名な大型新人。
昔から言っていたように、それはもう実力派のサッカー選手としてデビューしたのはそう遠い昔の話ではない。
その彼が、今も昔も本気の顔で好きだと告げる相手が自分だということに、最初は何も思っていなかったけど。
「……くそっ……」
何時あの笑顔に捕まったのかなんて、馬鹿馬鹿しいことは今更考えもしないけど。
だってホントは自分が一番よくわかっているから。おかしいとか、変だとか、そういうことも。
だから、本当に今更そんなこと思ったりしないけど。
……でも彼は何も考えなさすぎだ。
それが、ここ最近、ずっと匠を苦しめているたった一つの真実。
誰が見ても藤澤誠二が好きなのは、葛西匠で。
藤澤誠二は本当に葛西匠が好きでたまらなくて。
……そんな主張ばかりするようなその手に、その目に、その行動に、避ける以外の一体何が出来るだろう。
口にしても全く通じない、あの馬鹿に。
自分はいい。ただの大学生、一般人だ。
体裁だの、そんなものはどうだっていい。関係ない。
でもあいつは違う。
何処に行っても人の目を集め、そしてサッカー選手とはいえ、周りの目に支えられている地位に立つ男だ。
それを何度も何度も言っているのに、あいつはわかってくれない。
……困るのは、お前なのに。
そうなって一番大変なのはお前なのに。
わかってる。
本当のことを言えばあいつは間違っていないんだろう。
常識とかそんなものより、自分の好きだという気持ちをなくすほうが馬鹿だと真面目に言い切るような奴だ。
……でもそれだけじゃ、どうにもならないことってあるだろ……?
「……」
この頃は会うだけで疲れる。
会えて嬉しいはずなのに、ちょっとしたことまで気になって、どうしようもないほど疲れる。
気を張りつめて、周りを警戒して、緊張して。
あんなに落ち着けるはずだった人の側で、そんな風にしかいられない自分が情けなくも思う。
でもそれが何故なのか、根本的に理解しない誠二は全然わかっていないけど……。
……いっそ好きになんかならなければ。
好きと言われたあの時に、珍しく後先考えず、感情に後押しされて頷いてしまった自分を今でもずっと後悔し続けている。
後悔、しているんだ。
でも。
「……くそ……っ」
でも、好きで。
どうしても、好きで。
「……なんで上手くいかないんだよ……っ……」
もう、どうしていいかわからない。
それが正直な気持ちで。
「誠二……っ」
離れられない。別れられない。
でも今のままじゃ、ダメだ。
それだけは痛いくらいわかっているのに、もう本当に道が見つからない。
『それでは次のニュースです。本日午後一時、ヴェルディの藤澤選手が――』
……え?
『正式にイタリアへの移籍を発表しました。記者会見の後、そのまま空港へと向かう前代未聞の――』
突如、耳に入ったそのニュースに床へと落ちていた視線がテレビに釘付けになる。
カメラのフラッシュ。代理人の姿。
淡々と発表されるその内容。
突然のその言葉に、何かを考える暇もなかった。
――留守電。
「っ!!」
転がるように駆け寄った、その電話は。
『……匠、俺、決まったから。イタリア、行ってくる。今日出発なんだ』
……誠、二。
『最後まで我儘かもしれないけど、俺、他に方法も思いつかなかった』
……何の?
『……好きって言った時、ホントは知ってたんだ。匠は俺のこと、そんな風に思ってないことも。それなのに一生懸命頑張って、好きだって返してくれたのも。付き合ってくれたのも。……ありがとな。嘘でも嬉しかった』
……何、だって?
『我儘に付き合ってくれて、サンキュ。匠はもう自由になって。……またいつかどっかで会えたら、その時は親友として笑ってくれれば嬉しいけど。……それじゃ』
今、なんて……?
『バイバイ』
「……なんだよ……っそれ……!!」
叫んだそれに答える者はいない。
けれど何故だろう。それは本心の筈なのに。
……心の何処かがほっとしたのを、知らずにはいられなかった。
最低なのは他の誰でもない、疲れ果ててしまった自分だった。