第四話 既に何度目か
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私は校舎の目の前に辿り着いた。正門から見えた古めかしい本館とは違い、裏から最初に着くのはコンクリート造りの近代的な校舎だった。
彼女は何故か昇降口の鍵を持っていたので、既に飄々としながら、堂々と中に入っている。
何がそこまで彼女を突き動かすのかが疑問だったが、私は夏希を追いかけて中へ向かうことを優先した。
昇降口。
薄灰色で無機質な下駄箱同士が、永遠に交わることのない平行線上に整然と配置されている。
窓からの月明かりだけが、私たちに視界を与えて長い影を見せていた。
「一階から回って行きましょう。まずは三年生の教室です」
三年生の教室へと向かう廊下は黒く染まり、私の影を呑み込んでいる。頭上から続く非常灯がぽつ、ぽつ、と光っていた。
「これは……ちょっと怖いかも……」
慣れているものだからこそ、そこからある筈の喧騒や光のみが綺麗にぽっかりと消えてしまっているからこそ、息を呑む。
そこに光が射し込んだ。光源を見ると夏希が懐中電灯を持って廊下の先を照らしている。それを見た私も、慌ててスマホのライトを使った。些か学校探検には心もとないかもしれない。
懐中電灯の持ち主はバツの悪そうな顔をしている。
「はい。これ使ってください」
「ありがとう、正直油断してたよ。もう少し真面目になるね」
二本目の懐中電灯があるという事実に、その用意周到さに内心驚きつつこれからはもう少し真面目に取り組もうと思った。それから今度こそ、この薬を返したいとも思った。
「ねえ……この薬やっぱり返させて。私には……ちょっと……」
「それだけは駄目。死にたくなかったら持ってて」
「そっか……」
語気の強い返答が、私の言葉を待たずにやって来た。私を見るために振り向かれた顔で開いている目が怖くて、これ以上は言えそうにない。
「なんで綾小路さんは七不思議とか怪談に興味が出たの?いろいろと取り組み方が凄いと言うか……」
ある種の本能のようなものから話題を移したのだと思う。私にもよく分からないが今の雰囲気を変えて損はない。
「うーん、ちょっと重い話になっても大丈夫?」
変わりそうになかった。
「遠慮しとこうかな……なんかごめん」
「いやいや、気にしないで。そもそも怪談好きの原因がそういう話とか思いつかないでしょ? 防御がしっかりしてない割に、そういうところが妙にしっかりしてるのホントそっくり」
「えーっと、誰かに似てた?」
「そう、私が怪談好きになった原因の人にね」
………どう返すことが最善なのか? 遠慮しておくって言ったよね?
そんな思いを見透かしてか、ぱんっ、と手を叩くと柔和な笑みを湛えた。
「ちょっと遊び過ぎましたね、ごめんなさい。それでは、気を直して再開しましょうね、学校探検」
なんだかんだ恐怖も和らいで、明かりのおかげもありすんなりと闇の中に踏み入れた。
そして経験未経験の差もあり、私は夏希の後ろに付いていくような形になっている。というより恐怖心が無いのかズンズンと進んでいて、追い掛けることだけでも精一杯だ。
しばらく進んで行けども、雰囲気だけで実際に何かが起こる、というようなことは無かった。
「ある程度予想はしてましたが、影は見つかりそうにないですね。このまま一通り見回ってしまいましょう」
私の恐怖感も和らいでいた。
一階、二階と続いて、三階もそろそろ見終わる。次は本館へ階段と連絡橋を使って向かう。移動の際は、鍵が必要になると思ったが、今のところは夏希が全ての箇所で合鍵を所持していた。
「初日から何もなさそうで安心したよ」
「私は収穫が無くて少し残念です」
そう言った彼女は項垂れた。するとその拍子で腰のポケットから、白い粉の入った小さい袋が落ちてしまった。気付く様子もない。
この場所にこんなものを落としたままにするのは大変よろしくない、と考えて私は拾うことにする。
腰を下ろして、視線を落とし物へと向けた。そして拾う。
────その直後だった。
綾小路夏希が消えた。
目の前にいた筈の彼女は、足音すら立てずに私の目の前から消えた。
「……綾小路さん?」
返事はない。聞こえるのは、懐中電灯の光と、自分の足音、衣擦れ、息遣い、鼓動だけ───全ては私のもの。この空間には、私の存在しかない。
おかしい。
先に行ったのだろうと思い、本館を進んで曲がり角で死角になっている階段へと向かった。きっと死角で見えなくなっているだけに違いない。
進むと本館四階への上る階段に予想通り人影があった。暗くて見えづらいが踊り場で立ち止まっている。きっと私がいないことに気付いて、待っていてくれたのだろう。足元を照らしながら駆け足で階段を登る。
そして立ち止まる。おかしい。
────なぜ彼女が暗くて見えづらいのか?
懐中電灯はどこに? 電池切れ? 私に懐中電灯を貸すことが可能な程の用意周到さを持つ彼女がそんなことを?
何かがおかしい、そう思って私は光をソレに向けた。
ふっ、と消える。
まるで、元からそうであったかのように。照らされた踊り場には、何もいない。
あの時の会話を思い出した。
『三つ目は〈階段の踊り場の少女〉。本館西側の階段にある踊り場に、制服を着た少女が立っていることがあるんだって。話しかけると消えてしまうらしいわ』
ああ、あれは七不思議だったんだ。少し内容に差はあれど、大枠は当てはまっている。
これ以上はなにも起きないことに少し安堵し、現場からいち早く離れようと足を速める。それに、夏希のことを探さないといけない。
一階から探そうと階段を下り始めた。
最初の数段を下る。特に違和感はない。普通の階段だ。
七段目を踏んだ瞬間、それは始まった。
─────コン
どこからともなく、木槌で何かを叩くような音が響いた。振り返ったが、誰もいない。気のせいだろうか。もう一段下る。
八段目。
─────コン
また同じ音。今度は、はっきりと聞こえた。さらに一段。
九段目。
─────コン
音がさらに大きく。さらに一段。
十段目、十一段目、十二段目、十三段目、十四段目───ッッッ!
─────コン、コン、コン、コン、コン
私は躊躇せず駆け出した。本能が逃げろと告げている。音が大きくなることがなにか異常だと告げている。
一段、コン。
一段、コン。
一段、コン。
一段、コン。
しばらく繰り返す。
音が小さくなる。
一段。
一段。
一段。
一段。
しばらく繰り返す。
静寂。どくっ、どくっ、と早鐘を打つ鼓動が内から聞こえてくる。
何度見たか分からない踊り場で立ち止まる。今は何階なのか?
踊り場から下って行く。この校舎は一つの階に一つの踊り場があるのだから、下ればどこかの階にはたどり着くと考えたからだ。
その筈だった。
─────踊り場がただそこに在る。
私は階段の囚人になっていた。
◇
その時、綾小路夏希は何も起こらず平穏だった、という状況に、異常という言葉が無かったという状況に、少し残念がっていた。
そう、綾小路にとって異常は無かった。
「それじゃ、帰りましょうか。神代さん」
無言で少女は首肯する。夜もかなり深まっていて、帰宅を考えるべき時間帯だった。
何の変哲も無い二つの影は、暗い夜の街へと溶け込んでいった。
これあと3か月じゃ、完結しませんよねぇ……自分の執筆速度と無計画さを呪うしか……あと九万字ぐらいも……しかも近々忙しい時期になるんですよねぇ……
伏線ぽいものを張っているが回収できるかどうか……
校舎に関してなんですが、L字の本館と新館を重ねて二つの連絡橋で繋いだ感じです。
本館は四階建て、新館は三階建て。正門からは本館のL字の長い所が見えて、新館のL字の短い所が少し見えてます。グラウンド側も似たような感じ。ちなみに怪談同好会は本館L字の短い方にあります。
うまいこと文章中で解説ブチ込みたかったんですけど、まあそこまでしなくていいかなって。技量的にも。
よかったらカクヨムの方でも見てください、コンテスト始まったので。欲望丸出しですけど。