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第二話 怪談同好会

 私が挨拶すると、藤堂と名乗る男子生徒は、少し冷たい目で私を見た。


「ああ、転校生か。俺は藤堂。こいつが三島」


 そっけない態度に少し戸惑っていると、眼鏡の三島が慌てて取り繕った。


「藤堂、もう少し丁寧にしろよ。神代さん、彼の口は悪いけど、根はいいやつだから」


 三島は私に微笑みかけ、藤堂は鼻を鳴らした。二人は私たちの向かいのベンチに座る。


「綾小路、また変な話してただろ?」


 藤堂の問いに、夏希は少し困ったように笑った。


「七不思議の話をしてたの」


「またそれか」


 藤堂は呆れたように言った。私としては二人の関係性が気になるところだ。


「あの、二人は前から知り合いなの?」


 三島が答えた。


「俺たち三人は中学からの同級生なんだ。藤堂と綾小路は小学校も一緒だったんだけどね」


「そうなんだ」


 藤堂は腕を組んで言った。


「だから言っておくけど、綾小路の話はあんまり真に受けるなよ。特にオカルト系は」


 夏希は少し頬を膨らませた。


「もう、藤堂くんったら。私、別にオカルト信じてるわけじゃないわよ」


「そうかよ。なら、お前が部長やってるのは何だ?」


 藤堂の皮肉に、夏希は少し口をとがらせている。三島が慌てて話題を変えた。


「あ、そうだ神代さん。部活はもう決めたの?」


「いえ、まだです。どんな部活があるんですか?」


 三島はリストを数えるように、スラスラと言い始めた。


「運動部なら野球、サッカー、バスケ、バレー、テニス、卓球、弓道…文化部だと、美術部、写真部、文芸部、放送部、演劇部、軽音部…他には、生徒会部…あとは…」


「あとは綾小路が部長やってる『怪談同好会』だな」


 藤堂が割り込んだ。私は驚いて夏希を見た。


「怪談、同好会?」


 夏希は少し恥ずかしそうに頷いた。


「ええ、そうよ。怪談や怪異現象を研究したり、記録したりする同好会なの」


「へえ、面白そう」


 私の言葉に、藤堂はまた鼻を鳴らした。


「本気で言ってるのか?あんなのは───」

「藤堂くん、やめてよ」


 夏希の声には少し悲しみが混じっていた。三島が再び取り繕う。


「まあまあ、藤堂。神代さんに選ぶ権利はあるだろ。それに同好会だって、ちゃんと活動実績あるしさ」


 藤堂は何か言いかけて、やめた。代わりに立ち上がって、私たちに背を向けた。


「行くぞ、三島」


「あ、おい藤堂!」


 三島は慌てて立ち上がり、私たちに向かって小さく頭を下げた。


「ごめん、また話そう」


 そう言って、二人は屋上を後にした。残された私たちの間に、少し重い空気が流れる。


「ごめんなさい、藤堂くんって少し…」


 私は言葉を選びながら言った。


「気にしないで。昔からああなの。特に私の怪談好きを馬鹿にするのは小学生の頃からよ」


「そうなんだ…」


 話題を変えようと、私は別の質問をした。


「怪談同好会って、何人くらいいるの?」


 夏希は少し表情を曇らせて言う。


「実は…今は私一人なの」


「え?」


「去年までは三年生が二人いたんだけど、卒業しちゃって。今年は新入部員がいなくて…このままだと廃止になっちゃうわ」


 夏希の声には諦めのような色が混じっていた。


「そうなんだ…大変だね」


 私は適当な返事をしながらも、何か言うべきことがあるような気がした。だが、その言葉は見つからなかった。





 午後の授業は、新しい環境に慣れようとする私の頭には少し負担だった。数学、英語、国語と続く授業の中で、何度か指名されたが、なんとか答えることができたのは良かった。

 放課後、クラスメイトの何人かが話しかけてくれたが、皆それぞれの部活や予定があるようで、長話にはならなかった。


 鞄をまとめていると、夏希が近づいてきた。


「神代さん、もしよかったら、怪談同好会の部室を見に来ない?」


「え?いいの?」


「ええ、もちろん。ただ見学するだけでも構わないわ」


 私は少し考えたが、せっかく声をかけてくれたのだし、夏希の優しさに甘えることにした。


「うん、行ってみたい」


 夏希の顔が明るくなった。


「じゃあ、ついてきて」


 夏希に導かれて、私たちは本館へと向かった。廊下を歩きながら、窓の外を見ると、部活動に励む生徒たちの姿が見えた。


「本館の三階よ」


 階段を上りながら、私は本館の雰囲気を感じていた。新館と違って、廊下は少し暗く、床は木造で軋む。壁には古い写真や表彰状が飾られている。


「ここよ」


 夏希が立ち止まったのは、廊下の突き当りにある小さな部屋だった。ドアには「怪談同好会」と大きく書かれ、「新入部員大歓迎!」と脇に小さく書かれた紙が貼られている。


 夏希が鍵を開けると、埃っぽい空気が漂う部屋が現れた。日が落ち始めていたせいか、窓から差し込む光は赤く、部屋の中に長い影を作っている。


「入って」


 部屋に入ると、壁一面に本棚があり、古い書物や雑誌、ファイルが並んでいた。中央には大きなテーブルと椅子が数脚。窓際には小さなソファがある。


「すごい…本がたくさん」


「でしょう?これは代々の先輩たちが集めてきた資料よ。七ヶ宮の怪談や、日本各地の怪異現象についての本や記録が揃ってるの」


 夏希は誇らしげに説明した。私は本棚に近づき、何冊かの本のタイトルを眺めた。

 『日本の幽霊譚』『現代都市伝説集成』『七ヶ宮怪異記録』など、様々な本がある。


「これ、全部読んだの?」


「いいえ、まだ全部は読めてないわ。でも少しずつ読み進めてるの」


 夏希はテーブルの上のノートを手に取った。


「これは私の調査ノート。学校内で起きた怪異現象をまとめてるの」


 興味深く覗き込むと、整然とした字で様々な出来事が記録されていた。日付、場所、現象の詳細、目撃者などが細かく書かれている。


「すごく丁寧だね」


「ありがとう。これが私の役割なの」


 夏希はテーブルに腰かけて、私を見上げた。ふぅっと息を吐いて、少し固い表情になる。


「神代さん、もしよかったら…怪談同好会に入らない?」


 予想していた言葉だったが、いざ言われると悩む。


「え、でも私、怪談とか詳しくないよ」


「大丈夫、興味があれば十分よ。それに、朝の会話を覚えてるでしょ?」


「え?」


「朝、登校途中で聞いた会話…『それが出た』って」


「あ、うん…」


「実はね、最近学校内で新しい怪異現象が起きてるの。七不思議には含まれてないんだけど…」


 夏希の目が真剣だった。


「新しい、怪異?八つ目ってこと?」


「多分ね。複数の生徒が、夕暮れ時に廊下を歩く影を目撃してるの。でも近づくと消えてしまうらしいわ」


「それって…」


「調査が必要なの。でも一人じゃ限界があって…」


 夏希の言葉に、私は少し考え込んだ。怪談同好会に入るというのは、全く考えていなかったことだ。でも、夏希の真剣な眼差しを見ていると、断りづらい気持ちになった。


 その時、廊下から足音が聞こえてきた。二人が振り向くと、開かれたドアの前に藤堂と三島が立っていた。


「やっぱりここにいたか」


 藤堂は腕を組んで言った。三島が横から口を挟む。


「神代さん、もう帰るよね?一緒に帰ろうよ」


「え、でも…」


 夏希が立ち上がって、二人に向き合った。


「藤堂くん、三島くん、どうして来たの?」


「お前が転校生を勧誘してるって聞いたからな」


 藤堂の声は冷たかった。


「私は別に…」


「いいから。神代、こいつの話に乗せられるな。怪談同好会なんて、ただの妄想を追っかけてるだけだ」


 藤堂の言葉に、夏希の表情が曇った。


「そんなことないわ!私たちは真剣に調査してるの!」


「はあ?何を調査してるって?幽霊か?そんなもの、存在しないだろ」


「存在するかどうかを調べるのが調査でしょ!?私の気持ちも知らない癖に!」


 二人の言い争いを、私と三島は困ったように見ていた。三島が私の袖を引く。


「ごめん、神代さん。二人の仲は悪くないんだけど、この話題になると………」


「そうなんだ…」


 藤堂と夏希の口論が続く。


「お前の言う『新しい怪異』だって、ただの思い込みだろ。影が見えただけで大騒ぎして」


「目撃証言は複数あるわ!それに…」


「証言?笑わせるな。怖がりの一年生が騒いでるだけだろ」


「藤堂くん、酷いわ!」


 夏希の目に涙が浮かんでいた。私は何か言わなきゃと思ったが、言葉が出てこない。


 そんな中、部室の電気が突然点滅した。


「え?」


 四人が一斉に天井を見上げる。頭上では蛍光灯が不規則に明滅していた。


「また配電の問題か?」


 藤堂が呟いた瞬間、部屋の温度が急に下がったように感じた。窓の外を見ると、日はとっくに沈み、辺りは薄暗くなっていた。


 そして、廊下から何かが近づいてくる音が聞こえる。


「誰───」


 三島の言葉が途切れた。それは、廊下に人影が見えた…しかし、普通の人の影ではなかったからだ。薄い、輪郭のはっきりしない影が、こちらに向かって滑るように動いていた。


「あ……」


 夏希が小さな声を上げた。藤堂は固まったように動かない。三島は私の後ろに隠れるように立っていた。


 影はゆっくりと部室の前まで来ると、開かれたドアの前で止まった。私たち四人は息を殺してそれを見つめている。

 その影は人の形をしているようでいて、どこか違和感があった。頭が大きすぎるのか、あるいは体が細すぎるのか……


 数秒間、影はそこに留まっていたが、突然、方向を変えて廊下の奥へと消えていった。


「今の……」


 三島が震える声で言った。


「影、だよね?」


 藤堂は無言で廊下を見つめている。夏希は興奮した様子で言った。


「見た?あれが噂の影よ!私が言ってた新しい怪異!」


「冗談じゃない…」


 藤堂は口を開いたが、それ以上の言葉は出てこなかった。


「追いかけましょう!」


 夏希が部室を飛び出そうとしたとき、私は咄嗟に彼女の手を掴んだ。


「待って!危ないかもしれない」


「でも、これが調査のチャンスよ!」


 夏希の目は輝いていた。藤堂が大きな声で言った。


「バカ言うな!あんなの、誰かのいたずらだろ!」


「いたずら?あんな動き方できる人間いないわ!」


「そ、それより…早く帰ろう…」


 三島の声は震えていた。私は夏希の手を離さずに言った。


「夏希さん、今日は帰ろう。また明日、一緒に調べよう」


「え?」


 夏希は驚いたように私を見た。


「一緒に…調べる?」


「うん。私、怪談同好会に入るよ」


「本気か、神代?」


 藤堂が驚いた声を上げた。私はしっかりと頷いた。


「うん。今のを見た後じゃ、色々気になるから」


「ぃやっっったぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 夏希の歓喜の声が部室に轟いていく。


 ふと、窓からグラウンドを見やると、“影”がいる。目も、顔らしい顔もないが、見られた気がした。それが影な気がした。


 動いている運動部員を脇目に、黒い塊はずっと静止していて、陽炎と共に揺らめいている。

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