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第一話 転校

 窓から射し込む朝日に目を細めながら、私は新しい制服の襟元を正した。鏡に映る自分の顔は、いつもより少し青白く見える。


神代(かみしろ)千冬(ちふゆ)、頑張るぞ」


 自分に言い聞かせるように呟いた言葉は、広すぎる部屋の中でこだまして消えていった。引っ越してきたばかりのアパートは、まだ段ボール箱が所狭しと並んでいる。本来なら母と一緒に片付けるはずだったのに、母の仕事の都合で私だけが先に越してくることになった。

 一人暮らし初日の朝、緊張と不安で胸がいっぱいになる。


 窓の外に目をやると、朝もやに包まれた見知らぬ街並みが広がっている。この街に来たのは今回で二度目。一度目は学校見学のときだけ。それ以外は写真でしか見たことがない。

 母の転勤で急に決まった引っ越しに、正直戸惑いを隠せなかった。けど、私は母の決断に従うしかなかった。


 シャツのボタンを留め、スカートのプリーツを整える。鏡に映る自分は、どこか他人のように思えた。深呼吸をして、玄関に向かう。今日から私は七ヶ宮学園の高校二年生。転校初日である女子生徒だ。





『七ヶ宮駅、七ヶ宮駅です。お降りの方は…』


 電車のアナウンスに促されるように、私は席を立った。駅に降り立つと、制服の似た生徒たちが三々五々、改札を抜けていく。

 彼らの流れに乗って歩き始めると、自然と学校への道筋が見えてきた。事前に調べておいた曖昧な道順と照らし合わせながら歩を進める。


 七ヶ宮は、都会ほど華やかではないが、田舎ほど閑散としてもいない、丁度いい規模の街だった。坂道が多く、古い建物と新しい建物が入り混じっている。


 特に目立つのは、丘の上に建つ七ヶ宮学園の校舎だ。

 明治時代に建てられた本館は、西洋風の建築様式で、赤レンガの壁と尖った屋根が特徴的だという。


 坂道を上りながら、段々と息が上がってくる。体力には自信があったつもりだったが、この坂道は侮れない。

 息を整えながら歩いていると、後ろから平然としている二人の女子生徒の会話が耳に入ってきた。


「ねえ、聞いた?また『それ』が出たって」

「うそ!?今度は誰が見たの?」

「三年の鈴木先輩が、図書館の古い棟で…」


 二人は私の横を通り過ぎながら、声を潜めて何かを話している。『それ』とは何だろう?好奇心をそそられたが、初日から知らない人に話しかける勇気はなかった。


 坂を上りきると、学園の正門が見えてきた。黒い鉄柵の門は、威厳と歴史を感じさせる。門の脇には、「七ヶ宮学園」と刻まれた石碑が建っていた。門をくぐると、レンガ造りの古めかしい本館と、それに続くコンクリート造りの新しい校舎群が見えてくる。桜並木が続く道は、既に散ってしまった花びらのかわりに、新緑が目に鮮やかだった。


 入学案内に書かれていた通り、まずは職員室へ向かう。本館に入ると、廊下の床が軋む音がした。百年近い歴史を持つ建物の息遣いのようにも思える。


「あの、すみません」


 職員室のドアをノックして中に入ると、何人かの教師が振り向いた。


「神代千冬です。今日から転校してきました」


 私の声に反応したのは、三十代半ばくらいの女性教師だった。


「ああ、神代さん。待っていたわ。私が担任の水城(みずき)です。よろしくね」


 水城先生は優しい笑顔で私を迎えてくれた。短めのボブカットに、知的な印象の眼鏡をかけている。どこか母に似た雰囲気があって、少し安心した。


「これから朝のホームルームがあるから、一緒に教室へ行きましょう」


 先生に続いて廊下を歩く。新館に入ると、床の軋みは消え、近代的な雰囲気に変わった。


「2年C組、ここよ」


 教室のドアを開けると、ざわざわとした話し声が一瞬に止まり、一斉に視線が私に集まった。


「おはよう。今日から新しいクラスメイトを迎えます」


 水城先生の後ろに立つと、何十もの目が私を見つめている。脚がわずかに震えるのを感じながら、深呼吸をして前に出た。


「神代千冬です。──から引っ越してきました。よろしくお願いします」


 できるだけ明るく自己紹介したつもりだったが、声が小さくなってしまった。クラスメイトたちは興味深そうに私を見ている。


「神代さんの席は…そうね、あそこの窓側の席よ」


 先生に指示された席に向かって歩き出す。クラスメイトたちの視線を感じながら、空いている席に着いた。隣の席には、長い黒髪の女子生徒が座っている。


「はじめまして。綾小路(あやのこうじ)夏希(なつき)です」


 彼女は小さな声で名前を告げると、ほんのりと微笑んだ。おとなしそうな印象だが、目が澄んでいて知的な雰囲気がある。


「さっきと同じになるけど、神代千冬です。よろしく」


 夏希とかるく会釈を交わすと、朝のホームルームが始まった。担任からの連絡事項や、今週の予定などが淡々と伝えられる。

 いつもの学校と変わらない日常の風景に、少し安心した。





 昼休み、教室はいつものようにざわついていた。


「神代さん、お昼一緒に食べない?」


 声をかけてきたのは、朝に話しかけてくれた綾小路夏希だった。


「ありがとう、ぜひ」


 夏希に続いて、私は教室を出た。廊下を歩きながら、夏希は学校の簡単な案内をしてくれた。


「ここが新館で、主に普通教室があるの。向こうの建物が本館で、特別教室や図書館があるわ」


 窓から見える本館は、確かに趣のある建物だった。赤レンガの壁と、尖った屋根が印象的だ。


「本館って、すごく古いんでしょ?」


「そうね、明治時代の終わり頃に建てられたって聞いたわ。最初は男子校だったのが、戦後に共学になったの」


 夏希は詳しく説明してくれた。彼女によれば、この学校は地元では名門校として長い歴史を持つという。そして、その長い歴史で行われた増改築で校舎は複雑怪奇だとか。

 屋上への階段を上りながら、朝聞いた会話を思い出した。


「あの、変な質問かもしれないけど…この学校に『七不思議』とかってある?」


 夏希の足が一瞬止まった。


「どうして?」


「朝、登校途中に女子生徒たちが『それ』が出たって話してたから…」


 屋上のドアを開けながら、夏希はちょっと困ったように笑った。


「ああ、それね。うちの学校には『七ヶ宮七不思議』があるの。古い学校にはよくあることじゃない?」


 屋上に出ると、爽やかな風が二人の髪を揺らした。周囲には誰もおらず、静かだった。夏希はベンチに座り、お弁当を広げる。


「何か、面白い話なの?」


 私も隣に座り、コンビニで買ったサンドイッチを開ける。夏希は一度深呼吸すると、少し声を落として話し始めた。


「七ヶ宮七不思議…まずは『旧図書館の本の移動』。旧図書館にある本が、誰も手を触れていないのに勝手に場所を変えるの。特に古い文学書や歴史書がよく動くんだって」


「へぇ〜?」


「次は『放課後の音楽室のピアノ』。誰もいないはずの音楽室から、夕方になるとピアノの音が聞こえてくるの。でも中に入ると、誰もいなくて…」


 夏希の話し方は、まるで昔から知っている友達に話すように自然で、気取ったところがなかった。私は興味深くサンドイッチを噛みながら、彼女の話に聞き入った。


「三つ目は『階段の踊り場の少女』。本館の西側の階段の踊り場に、制服を着た少女が立っていることがあるんだって。話しかけると消えてしまうらしいわ」


「怖い…」


「四つ目は『時計台の針』。毎月十三日の午前零時に、時計台の針が逆回りするって言われてるの。でも、実際に見た人はほとんどいないみたい」


 夏希は淡々と語りながらも、少し楽しそうに見えた。


「五つ目は『職員室の亡霊』。これは先生たちの間で言い伝えられてるんだけど、夜遅くまで残っていると、昔この学校で教えていた先生の幽霊が現れるんだって」


「先生たちも信じてるの?」


「さあ、どうかしら。でも、六つ目の『放課後の校内放送』。これは有名。誰も放送室にいないのに、たまに校内放送が流れるの。内容は聞く人によって違うらしいけど、多くの人は『助けて』という声を聞くって言ってるわ」


 夏希は最後の一つを言う前に、少し間を置いた。


「そして最後は…『八つ目の噂』。“七不思議を全て語ると、八つ目が現れる”、という話があるの。これは先輩からずっっっと続いてるけど、何も起こらないし、噂も知名度もないから昔から謎なの」


 語り終えた夏希は、お茶を一口飲んだ。


「………そっか。七不思議ってさ、どこの学校にもあるよね。でも、本当に見た人っているの?見間違いだったりとか」


 私は半信半疑で尋ねた。夏希は遠くを見つめながら答える。


「私は見たことないけど…信じる人は信じてるわ。特に『放課後の校内放送』は、目撃証言が多いの」


「へえ…」


 会話が途切れたところで、屋上のドアが開く音がした。振り向くと、男子生徒が二人、こちらに向かって歩いてきた。


「おい、綾小路。お前、また変なこと言ってないだろうな?」


 先に声をかけてきたのは、茶色い髪を後ろに流した、背の高い男子生徒だった。その後ろには、眼鏡をかけた少し小柄な男子生徒がいる。


「藤堂くん、三島くん、こんにちは」


 夏希は二人に挨拶すると、私の方を向いた。


「紹介するわ。こちらが藤堂(ふじどう)陽介(ようすけ)くんと、三島(みしま)和也(かずや)くん。二人とも同じクラスよ」


「はじめまして、神代千冬です」

怪異系ホラーです。カクヨムの方でコンテスト用に執筆している作品ですので、完結までいろいろと設定が紆余曲折すると思いますが…取り敢えず上げときます…

九月初めまでに11万字って間に合うのかなぁ

コンテストに間に合わなくても完結させる所存ですので、安心してお読みください。

プロットもしっかりと考えた自信作ですので。

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