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第五章 最終決着

「な、何で! 何で俺が犯人だなんて……」

 目に見えて焦る城田に対し、榊原はあくまで冷静に推理をぶつけにかかる。それが城田と榊原による『一騎打ち』の始まりを告げる合図となった。

「まず、君は今回の事件の捜査の際に『所轄では一年だけ刑事課にいた事がある』というような事を言っていたはずだ。そしてそれと同じ雑談で、君は『駒沢公園でおやじ狩りの捜査をした』というような事も言っていた。となると、君は『かつて駒沢公園を管轄する所轄署の刑事課に一年間だけいた』という事になる」

「そうか……世田谷区にある駒沢公園は、全域が玉川署の管轄区域だ」

 橋本がハッとしたように呟く。

「そう。つまり、彼が所属していたのは『玉川署の刑事課』だった。となれば、先程証明した条件にしっかり当てはまるという事になる」

 一方、響子は城田の顔を見ながら戸惑った風に榊原に疑問を呈した。

「で、でも、あの時の捜査本部で彼の顔を見た覚えは……」

「最終的に六つの警察署の合同捜査となった二年前の事件において、関係した捜査員の数は数百人を超えていたはず。それだけの人数がいれば特に目立つ功績を上げない限り全員の捜査員の顔を覚えるなど不可能ですし、そもそも彼は世田谷署の捜査本部に入っていない可能性さえある」

「入っていない、ですか?」

「えぇ。例えば事件直後の初動捜査だけ参加して、捜査本部には派遣されていないとか。所轄による初動捜査だけならまだしも、刑事課の刑事を全員捜査本部に派遣するわけにはいきません。他の事件に対処するためにも、必ず数名の刑事を署に残したはずです。もしそうなら、源巡査たちが彼の事に気付かなかったのも無理はありません」

「それは……確かにそうかもしれませんけど……」

 響子は榊原の推理の妥当性を認める。そして、榊原は追及の手を緩めるつもりは全くないようだった。

「そもそも、今回の事件において閉ざされた巴川署側に道原殺しの犯人がいたのなら、どんな無理をしてでも鬼首塔乃を殺しにかかったはずです。もしここまでの推理が正しいとすれば必然的に鬼首塔乃は連続殺人犯ではない事になり、その場合、彼女が二年前の事件の犯人でない事は彼女本人が一番よく知っている話です。となれば、犯人の立場からすればそんな危険人物を生かしておくわけにはいきませんから、救助される前に何が何でも彼女の口をふさがなければならなかったはずです。ですが、実際には彼女は殺される事もなくこうして救助され、それどころか襲撃らしい襲撃も一切なかったという。ならば今回の事件当時、道原殺しの犯人は警察署側にいなかったと判断せざるを得ません。いなかったからこそ署内に閉じ込められた彼女を殺す事ができず、こうしてこの場で全ての真相を暴かれてしまっているわけですから」

「皮肉な事に、殺人鬼が跋扈する警察署内に閉じ込められた事で、逆に彼女は手出し不可能な絶対的な安全地帯に逃げ込んだ形になったというわけか」

 橋本の口調は何とも苦々しげだった。

「そして、事件の際に村側にいた四人の警察官のうち、私と大久保さん、野別君の三人は二年前の事件より前からこの警察署に配属されていた人間。残っているのは一年前に配属された城田君だけという事か。わかってみれば、簡単な消去法だな」

 寺桐はそう吐き捨てて、厳しい視線を城田に向ける。一方、ここへ生きていきなり事件の中心に躍り出る形となった城田は必死だった。

「冗談じゃない! それだけでいきなり犯人扱いされてたまるか!」

 だが、榊原は決然とした表情で城田に応じる。

「ひとまず、事実関係をはっきりさせておこうか。君は二年前、あの連続殺人が起こった際に玉川署の刑事課に配属されていた。これを認めるかね? 警視庁の人事記録を調べれば、こんな事はいずれはっきりわかる話だが」

 そう聞かれて、城田はグッと言葉を詰まらせる。実際問題、ここで否定しても調べられたら一発でばれてしまう話なのは城田自身もよくわかっているのだろう。しばらく黙り込んだ末に、城田は不承不承という風にその事実を認めた。

「……確かに、俺は二年前、玉川署の刑事課にいました。でも、たった一年だけの話です」

「その時、問題の連続殺人の捜査には? これも調べればわかる話だがね」

「……捜査本部には入っていませんが、宇佐見修治郎殺しの初動捜査には参加しています。それは確かにさっき言われた通りです」

 ですが、と城田は反論を続ける。

「それだけで俺が犯人扱いされるなんてあまりにも強引過ぎます! 大体、さっきの話が本当なら、道原裕奈は歌峰詩緒という巡査の敵を討つために連続殺人を引き起こし、そして特定した標的に返り討ちに遭ったって事になりますよね。それはつまり、歌峰巡査の死にも俺が関わっていると言っている事になる。あなたはそんな馬鹿げた事を本気で主張するつもりなんですか!」

「するつもりなんだがね」

 榊原の答えは簡潔だった。あまりにあっさり言われて城田は言葉を詰まらせる。

「な……な……」

「当然の論理の帰結だろう。まさに君が今言った通り、道原裕奈が標的として狙った以上、その狙われた人物は歌峰詩緒巡査の死に関与している……いや、この際だからはっきり言ってしまうが、歌峰詩緒巡査を『殺害』した真犯人でもあった事になる。私は今、少なくとも二件の殺害事件の容疑で君を告発しているわけなのだがね」

「ふざけるな! そんな……そんな強引な推理が認められるわけが……」

 城田は必死に反論するが、榊原は止まらない。

「君は二年前、歌峰詩緒巡査を自殺に見せかけて殺害した。捜査の結果、警察はこの一件を『自殺』と断定したが妹である道原裕奈はそれに納得せず、恐らくは彼女からその存在を聞いていて、事件後に姿を消した『世田谷区の刑事』が怪しいと踏んで、その『世田谷の刑事』の正体を特定するために世田谷区内で無差別殺人事件を引き起こした。そして、五件目の犯行で初動捜査に現れた君の姿を見て『世田谷の刑事』の正体を特定し、君を神社の境内に呼び出して殺害しようとしたが逆に返り討ちに遭ってしまった……それが二年前の事件の真相だと考えるわけだが、何か反論はあるかね?」

「反論? 反論ですって? 反論も何も、俺がその歌峰とかいう巡査を殺害する動機なんかあるはずがない! 俺が歌峰巡査を殺したっていうなら、根拠のない言い掛かりを言う前にその動機を説明してくださいよ!」

 城田は必死の形相で言い逃れをしようとする。榊原はそれに対してさらに何かを言おうとしたが、その前に、城田の反論に答える声があった。

「それは、歌峰巡査があなたの『秘密』に気付いてしまったから、ではないのですか?」

 全員の視線が、その発言をした人物の方へ向く。その人物というのは……

「か、奏?」

 武治が目を大きく見開いてその名を告げる。それに対し、奏は今までの地味な演技をかなぐり捨て、背筋を伸ばした凛とした態度で城田に対峙した。

「い、いきなり何を……」

「……一年前、一通の手紙が私の元に届きました」

 周りの人々が何がどうなっているかわからず目を白黒させている中、奏はしっかりとした口調で城田を糾弾する。

「それは歌峰巡査が死の直前に送った手紙でしたが、直接私に送られたというわけではなく、本来は彼女の別の友人に送られた手紙でした。その友人は彼女の警察学校時代の同期の警察官だったのですが、事件当時は別件の長期捜査に携わっており、手紙に気付いたのは彼女が死んでから約一年も経過した頃だったのです。そしてその手紙には、自身の知り合いが裏社会で爆弾の製造・売買を行っている『ボム・メイカー』という犯罪者である可能性が書かれていました」

「何だと?」

 橋本の目つきが一気に鋭くなるが、奏は構わず話し続ける。

「恐らく、彼女は万が一のことを考えてこの手紙をその友人に送ったのでしょう。この『ボム・メイカー』は警視庁公安部がマークしていた人物ですが、長年正体がわからず、公安の捜査も暗礁に乗り上げつつありました。それだけに、この手紙の情報は非常に有力な手掛かりとなったのですが、本人も確実な確証はなかったためなのか、残念ながらその『知り合い』が具体的に誰なのかという事までは手紙に書かれていませんでした。とにかくこれを受け、本事案の捜査権は公安部へ移される事となり、極秘の内部調査が行われていたのです」

 そう言ってから、奏はジッと冷たい視線を城田に向ける。

「もし、榊原さんのここまでの推理が正しいとすれば、歌峰巡査を殺害した『世田谷の刑事』とやらが、すなわち公安が長年追い続けていた犯罪者『ボム・メイカー』その人だった事になります。その動機は言うまでもなく、『ボム・メイカー』としての裏の顔を隠すためだったと考えるしかないでしょう。動機としては充分すぎると思いますが、いかがでしょうか?」

 奏の問いかけに、城田は顔面蒼白になりながらも答えない。が、奏の正体を知らない周りの人間からすれば、それどころではないというのが正直な感想のようだった。

「あなたは……いや、君は一体何者だね? 随分、警察内部の……それも公安筋の情報に詳しいようだが」

 険しい顔をした橋本の問いに対し、奏は軽く一礼しながらポケットから素早く警察手帳を取り出して橋本に示し、ついにこの場面で自身の正体を明かした。

「お初にお目にかかります、橋本一課長。私、月園奏巡査部長は、警視庁公安部で国内情勢を担当している者です。こちらの事情で、今まで正体を明かせずにいた事を御理解頂きたく思います」

 それを聞いて、橋本は一瞬目を見開いて奏を見つめたが、すぐにその目を細めて全てを悟ったように頷いた。

「公安……なるほど、そういう事か。合点がいった」

 橋本は一言そう言っただけだったが、他の面々……特に月園家の人々は呆気にとられた表情を浮かべている。

「嘘だろう……奏が、公安?」

 信治が呆然とした声で呟くのが瑞穂にも聞こえた。が、さらなる反応が起こる前に榊原が話を本筋に戻す。

「そういうわけだ。死の直前、歌峰詩緒巡査は自身の知り合いの誰かが『ボム・メイカー』という裏社会の爆弾製造犯である可能性を疑っていた。そして、事がここに至ればすべてが明らかだ。すなわち、『世田谷の刑事』である城田巡査こそが『ボム・メイカー』の正体であり、それに気付かれたからこそ君は歌峰巡査の口をふさがなければならなくなった。それこそが、君が歌峰巡査を自殺に見せかけて殺害した直接的な動機だったというわけだ」

「お、俺は……俺は……」

 なおも何か言おうとする城田だったが、そんな城田を橋本が一喝した。

「城田巡査! 今の話は本当かね? 捜査一課長である私の目を見て、榊原の推理が間違っていると今この場で胸を張って言えるのかね?」

「そ、それは……」

 城田は歯を食いしばりながらも、無理やり顔を橋本の方へ向け、毅然とした表情を作りながら言葉を振り絞った。

「お、俺……自分は、自分は何もしていません! 今の話は、証拠のないただの憶測であります!」

「ふむ。榊原、お前はどう思う?」

 そう聞きながらも、城田に向ける橋本の表情の険しさは増している。

「憶測、ね。ならば、君の自宅を家宅捜索しても構わないかね?」

「は?」

 ポカンと口を開ける城田に、榊原は一気に畳みかけていく。

「何度も言うように、歌峰巡査を殺害したのは『ボム・メイカー』であり、その『ボム・メイカー』が君だというのが私の主張だ。そして、この推理が正しいのであれば、君の自宅からは君が『ボム・メイカー』として活動していた証拠……爆発物に関係する部品や薬品が発見されるはずだ」

「そ、それは……」

「この場での君への追及は完全に不意を突いたものだった。つまり、あらかじめ自宅にある証拠を始末しておくなどという事はできなかったはずだ。ならば、今ここで家宅捜索を行えば、少なくとも君が『ボム・メイカー』であるという証拠はいくらでも出てくると思うのだが、どうだね?」

 それを聞いた瞬間、城田の表情がみるみる蒼くなるのを瑞穂は見て取った。そしてそれと同時にこの発言を聞いて、瑞穂は榊原がこの場で強引とも言えるやり方で二年前の事件の真相究明までした理由にようやく気付く事になった。

 何しろ想定される相手は、長年公安部に追いかけられている『ボム・メイカー』なのである。榊原の言った証拠の破棄という問題も当然あるだろうが、それ以前に下手に警戒された状況で追い詰めると自前の爆弾を使って反撃されたり、あらかじめどこかに爆弾を仕掛けられてそれをネタに脅迫されて逃がしたりしてしまう危険性があるのだ。

 だからこそ城田を追い詰めるには、彼が全く想定していない状況から奇襲じみた方法で一気に追い詰めるしかない。それゆえに榊原は、今回の巴川村の事件の真相を暴くどさくさで、城田に警戒される前に虚をつく形で一気呵成に追い込むという今回のような手法を採用したのである。一見強引に見えて実はすべてが計算しつくされた榊原のやり方に、瑞穂は改めて榊原恵一という「探偵」の恐ろしさを感じ取っていた。

「こう言っては何だが、正体さえ明らかになれば君を『ボム・メイカー』として逮捕する事は容易いし、検察も自信を持って起訴に踏み切るだろう。後は時間をかけてじっくり再捜査をすれば、殺人の方に関しても証拠は出てくるはずだ。殺人容疑での再逮捕はそれからでも遅くはない」

 もっとも、と榊原は言葉を続けた。

「君の罪を暴くだけなら、そんな事をするまでもないかもしれんがね」

「ど、どういう意味だ!」

「どうも何も、『彼女』の今回の訪村の真の目的が自身に罪を着せた人間の正体を暴く事にあるのなら、何の準備もなしにここへ来るとは思えんのでね。何か君を追い詰めるための切り札があるのではないかと考えたまでだ」

 そう言うと、榊原はその視線を再び鬼首塔乃の方へ向けた。その塔乃はすました表情で、城田の方を見やりながら榊原の言葉を引き継ぐ。

「そうね。二年間、随分苦労したわよ。逃げ回るのもそうだけど、何の情報もない所から自分をはめた人間を追い詰める証拠を集めないといけなかったんだから」

 でも、と塔乃は言葉を続ける。

「当然、やり遂げたわよ。それが私の『仕事』だから」

 そう言ってから、塔乃は寺桐の方に視線を向けた。

「私が乗っていた車、押収してあるのよね?」

「あぁ。もちろん」

「だったら、その車のオーディオ機器のすぐ下に何枚か音楽CDのケースがあるはず。そのうちの一枚がベートーベンの『運命』なんだけど、そのCDに入っているのは音楽じゃないの。入っているのはデータよ」

「データ?」

「そう。この男が今までしてきた悪事……それについて私が二年間調べ上げた証拠が全部そこに収まってるわ。それこそ、軽く見ただけで裁判所が即座に逮捕令状を出すくらいの証拠が、ね」

 その言葉を聞いて、刑事の一人が弾かれたように部屋を飛び出していく。一方、城田は口をわなわなと震わせ、目を血走らせながら塔乃を睨みつけていた。

「そんな……お前なんかが……どうしてこんな事が……」

 そんな事を口走る城田に、塔乃は凄惨な笑みを浮かべる。

「私を誰だと思ってるの? 自分で言うのもなんだけど、こう見えて元々は生命保険会社で犯罪死や不審死案件ばかりを調べてきた腕利きの調査員だったのよ。逃げながらだったとはいえ、二年もあれば、この程度の証拠を集めるなんてわけないわ」

 堂々とそんな事を言いきる塔乃に、城田は呆然とした表情を浮かべる事しかできない。そんな城田に対し、榊原が最後のとどめを刺しにかかった。

「どうやら、君は最初から致命的な人選ミスをしていたようだな。さて、ここまで聞いてまだ何か反論があるかね? ないのなら……今度こそこれで終わりだ」

 一瞬、その場に沈黙が漂う。と、次の瞬間だった。

「う……うわぁぁぁぁぁっ!」

 城田はそう絶叫すると、腰のホルダーにぶら下げた拳銃に手をやろうとする。が、その前にすぐ傍に立っていた新庄警部補が素早くその腕をつかみ、城田が拳銃を取り出そうとするのを阻止した。

「させるか!」

 そう言いながら新庄は城田の手をねじりあげ、そのままその場に組み伏せる。城田は苦悶の表情を浮かべ、その隙に竹村警部補が城田の拳銃を没収した。

「くそっ、放せ! 放せよ!」

 なおも抵抗しようともがく城田を新庄が抑える中、榊原は城田の正面に立つと、恐ろしいほど冷静な様子で冷たい声を投げかけた。

「予想通りの行動だな。そもそも、拳銃を持っている事がわかっている人間をこうして追いつめようとしているんだ。警戒していないわけがないだろう」

「くそっ、くそっったれ!」

「何にせよ、今の行動こそが、君が犯人であるという何よりの証になるはず。違うというなら、警察官である君がこの状況で拳銃を取り出して何をするつもりだったのか、納得のいく説明してほしいものだがね」

「……」

 こうなった以上、もはや城田にできる事は何もなかった。全てを封じられた城田は一瞬がっくりとうなだれると、次の瞬間、憎悪に染まった視線を塔乃に向け、狂ったように叫んだ。

「何で……何で今になってこんな所で! お前が……お前がおとなしく捕まっておけば! そして、おとなしく死んでいればよかったのに!」

「人に罪を着せておきながら、随分な言い草ね」

 これだけの鬼気迫る罵声を浴びせかけられながらも、塔乃はあくまでも冷静に言った。そして、そんな態度が城田は気に食わないようだった。

「黙れ! お前さえ……お前さえ!」

 だが、そんな城田の絶叫を遮るように榊原が前に出て、静かに城田に問いかけた。

「改めて確認しておこうか。城田信彦巡査、君は二年前に歌峰詩緒巡査と道原裕奈を殺害し、道原裕奈の起こした連続殺人の罪を鬼首塔乃に着せた。これに間違いはないかね?」

 その質問に対し、城田ももう隠しようがないと観念したのか、吐き捨てるように叫んだ。

「あぁ、そうだよ! あの女、俺の正体に感付きやがったから仕方がなく……」

「君と歌峰巡査はどんな関係だったのかね?」

 その問いかけに、城田は顔を大きく歪ませながら答える。

「恋人だよ。少なくとも、俺はそう思っていた」

「付き合っていたと?」

「不思議な事じゃないだろ。所属する警察署は違うけど、二人とも警視庁所属の警察官だったんだ。たまたま知り合う機会があって、それから付き合う事になった」

「だがその一方、君は警察官でありながら、『ボム・メイカー』としての裏の顔をも持っていた」

 榊原の指摘に、城田は憎悪を込めた視線を榊原にぶつけながら吐き捨てる。

「あぁ、そうだよ」

「いつからその仕事を始めた?」

「……大学の頃だ。その頃はまだ警察官になるとは思っていなかったしな。最初は興味本位だったけど、しばらくして金になる事に気付いた」

「警察官になったのは、その裏の顔を隠すためのいいカモフラージュになると思ったからという面もあるんじゃないか?」

「……」

 城田は答えなかった。ただ恐ろしい表情で榊原を睨みつけているだけである。

「まぁ、いい。とにかく、君は歌峰巡査と付き合っていたが、そのうち君の裏の顔が彼女にばれそうになった」

「あぁ、そうだ。正直、なぜばれたのか、今でもはっきりした事はわからない。だが、秘密を知られた以上、例え付き合っていた彼女であったとしても、そのままにしておくわけにはいかなかった。あいつの性格的に俺の事を見逃すとも思えなかったし、それ以前に裏社会の人間が絡んでいる以上、下手に正体がばれたら逮捕云々の前に俺の身も危ない! だから、だから殺すしか……」

 あまりに身勝手な動機に、しかし榊原は表情を崩す事なく追及を続ける。

「それで二年前、君は歌峰巡査を青梅市の山中で自殺に見せかけて殺害した。よほど手際が良かったんだろうな。事件を管轄した青梅署は君の思惑通り彼女の死を自殺と判断し、その自殺原因は山森巡査部長のパワハラにあるとされてしまった」

「それで全部丸く収まるはずだったんだ。だけどあの女が……あの巫女女がそれで納得しないで、よりによって無差別連続殺人なんか始めやがったから、全部狂っちまった!」

 城田は恐ろしいほどに顔を歪ませながら吐き捨てる。そんな城田に、榊原はあくまで静かに問いかけ続けた。

「道原裕奈殺害について聞こうか。二年前の事件、やはり鬼首塔乃ではなく道原裕奈が犯人だったわけだな」

「……あの女は狂っていたんだ!」

 城田は悲痛な声でそう叫んだ。

「当然だけど、俺は最初あの連続殺人が俺と関係あるだなんてまったく思っていなかった。宇佐見院長の事件があった時も、ついにうちの管轄でも起こったかと思っただけで、普通に初動捜査に参加した。だが……その二日後、急に俺の自宅に手紙が届いた」

 城田の独白は続く。

「その手紙には『今回の連続殺人事件についての情報を提供したいので、十二月九日の夜に祖師谷の国吉神社に来てほしい』と書かれていた。もしこの情報が正しいなら、俺にとっては大手柄だ。だから、あの夜は言われたとおりに神社に向かって……」

「そして、彼女に襲われた」

 榊原の確認に、城田は頷く。

「あぁ。あの時のあの女の顔は忘れたくても忘れられない。もう人を殺していた俺が言うのも何だが、あれは鬼以外の何物でもなかった」

「鬼……」

 城田の直接的な表現に瑞穂は息を飲む。単なる言葉だったが、それでも瑞穂の頭にはその時の彼女の表情が自然と浮かんでくるように感じられ、それは他の面々も同じようだった。

「ただ、俺も黙って殺されるわけにはいかなかった。だから、必死に反撃して……気付いたら、あいつは神社の境内に倒れて死んでいて、俺はその前で腰を抜かしていた。あいつの心臓には本当だったら俺の命を奪っているはずだった連続殺人の凶器がしっかり突き刺さっていて、真っ白な巫女服を真っ赤に染めていた。俺がこの女を返り討ちにした……不思議だが、それだけはすぐにわかった。こう言ったら何だけど、そんなあの女の姿はなぜか幻想的に見えたよ。もっとも、俺の頭の中はそんな事を感じる余裕もないほどに滅茶苦茶だったけどな」

 城田は顔を引きつらせながら独白する。

「正直、最初はわけがわからなかった。この凶器を使っているって事は、こいつはあの連続殺人の犯人だ。だけど、俺はこんな巫女女なんて知らない。それに、今までの事件であの犯人は明らかに行きずりの人間を殺していて、俺みたいに特定の人間を呼び出すなんて事はしていなかった。と言う事は、今回に限っては明らかに最初から俺を狙ってるって事になる。でも何でだ? どうして捜査に参加もしていない俺が狙われる? あの時は本当に意味がわからなかったよ」

 直後、城田の顔色が大きく変わったのを瑞穂は見て取った。

「だがそれも、あの女の日記を見つけるまでの話だった」

「日記?」

 初めて出てきた話に、榊原は眉をひそめる。

「あの女を返り討ちにした後、俺はこうなった事情を知る手掛かりになるかと思って、社務所の中にあるあいつの部屋を調べた。そしたら、机の引き出しにあいつの日記があって、そこにあの事件についての事が全部書かれていたんだよ!」

 その瞬間、なぜか城田の顔に恐怖の色が宿るのを瑞穂ははっきりと見た。

「その日記を一通り読んで確信したよ。二年前の事件を起こした時、あの女はもうまともじゃなかった。同居していた祖父が入院してあの神社で一人になった頃から、あの女の心はもうほとんど壊れてしまっていたんだよ。そもそも、まともな犯人なら人一人を探すためだけにあんな無差別連続殺人なんか起こそうなんて発想には至らないじゃないか!」

 城田は吐き捨てるように言った。確かに、その点については城田に同意できる部分もあるように瑞穂は感じたが、そもそもの原因が歌峰巡査を殺した城田の方にあるのも事実であり、瑞穂としては何とも複雑な感情を抱かざるを得なかった。

「彼女が連続殺人を始めたきっかけは何だったんだ?」

「……日記の記述によれば、最初の殺人だけは『偶然』、というか『事故』に近いものだったらしい」

「事故だと?」

 思わぬ言葉に榊原は訝しげに聞き返すが、城田は構わず自棄になったかのように続けた。

「あの女、本当は最初、俺を探し出す手段が思いつかずに自殺をするつもりだったみたいだ。ところが、最初の事件現場になった公園でアイスピックを使って自殺しようとしていたところを帰宅途中だった第一の被害者・島岸健に偶然見つかった。で、島岸は当然彼女の自殺を止めようとしたんだが、抵抗するあの女ともみ合いになっているうちに、物の弾みでアイスピックが島岸の胸に刺さって死んでしまったと、そんな事が書いてあった。あくまで自己主張だから、一から十まで本当かどうかはわからないけどな」

 とはいえ、誰にも見せる予定などないであろう自身の日記に嘘八百を書き連ねるとも思えない。今までの推理から浮上している道原裕奈や島岸健の行動とも矛盾はないので、城田の言うようにすべてが事実かどうかはさておき、ある程度までその記述は信用できるのではないかと瑞穂は思った。

「で、その後で野次馬に混じって警察の捜査を見ているうちに、殺人が起これば所轄の刑事が捜査のために出てくるから、それを確認すれば俺を探し出して姉の復讐をする事ができるという狂気的な発想に発展してしまったらしい。多分、自殺しようとして何の関係もない人間を殺してしまった時点で、あの女の人としてのタガが完全に外れてしまったんだろうな。後はあんたの推理通り、世田谷区内の異なる警察署の管轄で自らの意志で無差別殺人を繰り返して、それぞれの捜査に出てくる各所轄の刑事を観察していたみたいだ。その辺の事は全部日記に書いてあったよ」

「その日記はどうした?」

 その質問に対し、城田はなぜか少し言いよどむようにして答える。

「……持ち帰って、今も俺の部屋に保管してある。致命的な証拠なのはわかっていたが、あまりに狂気じみた日記で、どうしても捨てる事ができなかった。何というか……言い方はあれだが、捨てたら呪われそうな気がした。実際に読んだら、あんたらも俺の気持ちがよくわかるはずだ」

「……」

「とにかく、状況がはっきりした以上、手を打つ必要があった。あの女が連続殺人事件の犯人だと警察にばれれば、そこから連鎖して俺にまで捜査の手が及ぶ可能性がある。だが、だからと言ってこれ以上警察に組織的な捜査を続けられても、行きつく先は同じだ。俺としては一刻も早く、あいつが連続殺人鬼だとわからないうちに警察の捜査を終結させる必要があった」

「だから、鬼首塔乃に全ての罪を着せたのか」

 榊原の確認に、城田は肯定の頷きを返した。

「誰に罪を着せたらいいかを必死に考えた。そんな時、ふとあの女の机の上に一枚の名刺が置かれている事に気付いた。その名刺の企業名に『アスタリア生命』と書かれているのを見て、俺はピンときたよ。確かこの会社は第一の被害者の勤務先だったはず。だったら、同じ会社に勤務するこの名刺の持ち主に罪を着せたら、捜査本部が勝手に動機を作り上げてくれるかもしれない、ってな。もし、六件の殺人のうちいくつかにアリバイがあっても、警察は『その事件は連続殺人とは別件の模倣犯だった』みたいに無理やり理屈をでっちあげると思った。その辺の事は、警察の刑事課にいた俺自身がよくわかっていたさ」

 自嘲するように言いながら、城田は話を続けていく。

「罪を着せること自体は、そこまで難しくないと思った。こっちには正真正銘、本物の凶器があるんだからな。罪を着せる人間の関係先にそれを隠しておけば、言い逃れはできないと思った。俺は次の日に署で運転免許証の登録データからこの女の住所を割り出して、捜査本部の監視が本格化する前に彼女の自宅アパートに行った。そして、ベランダに置かれていた乾燥機の中に凶器を放り込んでおいたんだ。この女の部屋は一〇三号室……一階だったから、乾燥機に凶器を投げ込む事自体は簡単だった。後は捜査本部がこの凶器を見つけてくれれば、この女に全ての罪を着せる事ができるはずだった」

「だが、そんな小細工、いつまでも通用するはずがない。自分が犯人でない事は鬼首塔乃本人が一番よく知っている。彼女が捕まっても自白をする事はないだろうし、そこから誰かが疑問を抱いて調べ直されでもしたら、真実が明るみに出る危険性がある」

 榊原の厳しい質問に、城田は目をギラギラさせながら答えた。

「あぁ。だから俺は、本当は警察の手が伸びる前に、この女を自殺に見せかけて殺してしまうつもりでいた」

 目の前で堂々と「自分を殺すつもりだった」と言われているにもかかわらず、塔乃は薄笑いを浮かべて城田を見つめ返し続けている。城田はその笑みから逃れるかのように、まくしたてるように言葉を続けた。

「それが一番安全で確実な方法だし、成り行きとはいえもう二人殺しているんだ。三人殺そうが同じだと思った。ところが……」

「そうなる前に、彼女はあろう事か警察の監視を振り切って逃走してしまった」

 榊原の言葉に、城田は憎悪に染まったその顔を塔乃に向けながら叫ぶ。

「余計な事をしやがってと思ったよ! けど、その後の家宅捜索で肝心の凶器が見つかってしまった以上、今更後に退く事はできなかった! この女が捕まらずに逃げ続ける事にかけて、全ての罪を着せて犯人に仕立て上げるしかなかったんだ!」

「……それが、二年前の事件の真相というわけか。この馬鹿者が」

 橋本が苦い顔でそんな言葉を呟く。それを聞きつつ、榊原はさらに話を続けた。

「そして事件後、君はわざと警察手帳を紛失し、その処分を受ける形で巴川署に左遷された」

「あぁ。こうなった以上、あのまま世田谷にいるのは危険だったからな。どこでもいいから、都心から離れたいと思ったんだよ」

「だが、今になって今回の事件が起こった。しかも、鬼首塔乃が逃げ込んでくるというおまけつきだ」

 その指摘に、城田は顔をくしゃくしゃにしながらなおも独白を続ける。

「この女が捕まって巴川署に連行されてきた事を俺が知ったのは、月園勝治の遺体が見つかって一課長からの電話があった時が最初だった。こいつが連行された時、俺はもう署を出て役場の対策本部に入ってしまっていて、しかも鬼首が連行されて来たなんて無線連絡もなかったからだ。正直、俺は焦った。何でよりにもよってこのタイミングであの女が出てくるのかわからなかった。一刻も早くこの女の口をふさぐ必要があった」

 だが、と城田は続ける。

「その時にはもう橋は寸断されて、警察署に行く事はできなくなってしまっていた。おまけに、その閉ざされた警察署の内部と村の二ヶ所で、俺とは一切関係ない連続殺人まで起こってしまって、何がどうなってるんだと頭を抱えたくなった! 俺はどうする事もできず、表向きあんたの捜査に協力しながら、ただただ成り行きを見守るしかなかったんだ!」

 と、そこまで叫んだところで、急に城田は糸が切れた人形のようにがっくりと肩を落とし、振り絞るような声で告げた。

「あとは……全部、あんたの言った通りだ。正直、もう、やってられねぇよ……疲れた……」

「これ以上、抵抗する気はないという事かね?」

 橋本の確認に対し、城田は突然激昂するかのように叫ぶ。

「抵抗なんかできるわけないだろ! 俺は今日、この場では今回この村で起こったの事件の真相が暴かれるだけだと思っていたんだからな。少なくとも俺は、今回の事件では本当に何も悪い事はしていない! まさかそこから二年前の事件の真相解明までやられて、こうして追いつめられるなんて完全に想定外だ! そんな状況で、危険を冒してまでばれた時のための対策なんかできるわけがないじゃないか!」

 その辺りは、まさに榊原の思惑通りだった。

「結構。じゃあ、橋本。後は任せて構わないか?」

「あぁ、わかってる。まったく……よりにもよって犯人が三人とも警察官とはな。本庁は大騒ぎになるが、やむを得ないか」

 そう言うと、橋本は城田の前に立って鋭く宣告した。

「城田信彦巡査! 君を二年前の歌峰詩緒、道原裕奈殺害容疑でこの場で緊急逮捕する! 詳しい事は取り調べで聞かせてもらうぞ」

 改めてそう言われて、城田は再びがくりとうなだれたが、そんな城田を新庄と竹村が無理やり立たせ、そのまま部屋の中から引っ立てて行く。さらに、別の刑事たちがその光景を興味深げに見つめていた大久保も連行しにかかり、大久保は城田とは違って余裕のある笑みを浮かべながら、堂々とその場を立ち去って行った。

「……それで、私はどうなるのかしら?」

 と、そこで未だに手錠をかけられた塔乃が榊原に話しかける。榊原は塔乃の正面に立つと、冷静な口調でその答えを告げた。

「悪いが、今すぐ釈放というわけにはいかない。城田は逮捕されたが、まだ証拠はそろっていないし、さっきまでの私の推理が本当に正しいかどうかを検証するために時間がかかる。予定通り、このまま護送車で護送という事になるはずだ」

「へぇ、それは残念」

「しかし、城田が正式に逮捕されれば、君に対する容疑も見直しが行われるだろう。もうしばらく拘束は続くだろうが、いずれ釈放という事にはなるはずだ」

「……なら、おとなしく牢屋の中で待たせてもらう事にするわ。貴重な経験だし、そのくらい、逃げ続けた二年間に比べたら短いもの」

 そう言うと、塔乃は自分からその場で立ち上がり、傍らにいる刑事たちに自分を連れて行くように無言で合図を送った。刑事たちは橋本にどうしたらいいかと視線を送るが、橋本が頷くのを確認すると、塔乃を連行しにかかった。

 が、その途中、榊原とすれ違った所で塔乃は背中越しに榊原に話しかける。

「今回はおもしろかったわ。釈放されたら、お礼を言いに行きたいんだけど、構わないかしら?」

 それに対し、榊原も振り返る事なく背中越しに応じる。

「できれば遠慮してほしいものだがね。別に礼を言われるような事をしたつもりはないし、それに……」

「それに?」

「君と私では、話をしても噛み合わないと思うのでね。会うだけ無駄というものだろう」

 一瞬後、塔乃は吹き出すように笑い声を上げた。

「あー、久々に笑ったわ。本当にあなた、おもしろいわね」

「そうかね」

「えぇ。それじゃあ、またいつか、どこかで会える日を楽しみにしてるわ」

 その言葉を最後に、今度こそ塔乃は部屋を出ていく。後に残された面々は最後の榊原と塔乃のやり取りに呆気にとられていたが、そんな聴衆に対し榊原は何事もなかったかのように静かに声をかけた。

「以上で、今度こそ本当に私の推理はすべて終わりです。後は警察に全てお任せします。皆さん、長い間……本当にお疲れ様でした」

 榊原はそう言って一礼し、そのまま一歩後ろに下がる。それが、榊原の言うように本当に長かったこの事件が終わった事を告げる合図である事を、瑞穂は一瞬遅れてようやく気付く事になったのだった。

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