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プロローグ

 埼玉県南西部の山間部、東京都との県境付近の一角にある山奥の盆地に、人口五百人程度の小規模な集落が存在する。行政区分上の名称は『巴川村』。一見すると日本のどこにでもあるような山奥の寒村といった風であるが、この村が他の村と比べて特殊なのは、ここが埼玉県内にありながら村全体が東京都に属する「飛地」であるという点である。

 なぜこんな辺鄙な場所に村が存在し、そしてさらにどうして埼玉県内にあるこの村が東京都の飛地になってしまったのかという点については諸説あるようではあったが、一説によると明治時代中頃にこの近くで秩父事件が起こった際にこの一帯でも秩父の一揆勢に呼応する形で大規模な暴動が発生し、その暴動の鎮圧にかなりの労力を要した事から、政府側がこの地域を直接管理するために東京に組み込んだからとされている。が、これも数ある学説の中で有力視されているものに過ぎず、歴史の専門家の間でも「そんな政府が直接管理する必要が生じるほどの規模の暴動が起こった形跡など確認できない」などと主張する者もおり、実際の所はよくわからないというのが正解らしい。

 それはともかく、この巴川村は最寄りの市街地から車で一時間程度の場所にあり、中心となる集落とその周辺に点在するいくつかの限界集落で構成されていて、中心となる集落を北から南へ村名の由来となった『巴川』という河川が貫く立地となっている。と言っても、巴川は盆地の中心ではなくやや東寄りの部分を流れており、村の家屋などは巴川の西側に集中している。より正確に言えば、巴川と並行するように川の西側を一本の県道が走っており、この県道と巴川の間に村が形成されている形だ。

 この道自体は「県道」である事からもわかるように、埼玉県下を走る県道の一部が村の中を通過しているという形になっており、「東京都の敷地内を走る埼玉県の県道」として一部の雑学本などでも取り上げられる存在になっている。過疎化が進む山間部の小村とはいえ県道である事もあってか交通量はそれなりにあり、現在は東京都と埼玉県の行政の間に結ばれた特殊な取り決めによって、巴川村内にある県道については名目上県道を管理する埼玉県側を管理者としつつ、実際の補修管理などは埼玉県側が委託する形で東京都側が行うという何とも複雑な事になっているとの事だった。

 さて、先程巴川の西側に村の建物が集中していると書いたわけであるが、では巴川の東側はどうなっているかといえば、その大半が森林地帯となっている。が、それでもその川岸の一角に開けた場所が存在し、そのわずかに開けた場所にある建物が存在していた。その建物こそが、今回の事件の舞台となる『警視庁巴川警察署』である。何でも建設が決まった時点で新たな建物を建てられる場所が村内でここくらいしかなかったという事情によるものらしいが、いずれにせよ村の中では巴川の東側にある唯一の建造物であり、村とは巴川にかかる『巴川橋』というシンプルな名前の橋でのみつながっているという、なんとも不便な立地にあった。

 建物は地上二階地下一階で、警察署としてはかなり小規模な建物であり、見た感じは地方の公民館、あるいは地方の小学校に見えない事もない。一応、巴川村の中心側にも村の入口近くと村役場の近くの二ヶ所にこの警察署が管轄する小さな駐在所が存在してはいるが、場所が場所だけに事件など滅多に起こらない場所であり、せいぜい例の県道で起こる交通事故や近隣の山中で起こる遭難事故の処理をするのが仕事の大半と言ってもいいほどであった。

 普通ならこんな場所に駐在所だけではなくわざわざ警察署を設置する事などないはずであるが、先程から何度も述べているようにこの村は都内から距離の離れた東京都の飛地であり、埼玉県の内部にありながら管轄するのは埼玉県警ではなく東京の警視庁であった。結果、その特殊な立地性と距離の遠さから東京都内にある他の所轄署の管轄にするわけにもいかず、この飛地だけを管轄する独立した警察署を設立する必要性が出てしまったという経緯がある。

 とにかくそんな警察署なので、ここは駐在所の人間を含めても署員数が二十人にも満たないという僻地の小規模警察署に分類されており、同時にその立地の悪さから色々と訳ありの警察官ばかりが配属される、事実上の左遷先として警察界隈では有名な場所だった。当然のように警視庁所属の警察官の間では同じく僻地にある小笠原署などと共に配属されたくない警察署として知られており、左遷同然のその扱いから常日頃から署員の士気は低い状態だった。

 いずれにせよ、本来ならば話題になる事はおろか、その存在さえ知られる事がないような警察署である。だが、二〇〇八年の秋、この警察署はある大事件の舞台となり、その名を全国に知らしめる事となった。ただしそれは、この警察署の管内で大きな事件が起きて捜査本部が設置されたとか、そういう話ではない。

 あろう事か、この名も知られない小規模警察署は、日本犯罪史上まれに見る残虐な殺人事件の直接的な舞台となってしまったのである……。

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