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牢屋の中で  作者: 飴屋
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明るいわ…。


地下から出たアシュリーは、あまりの眩しさに思わず目を瞑った。

城の広い廊下にはたくさんの花が生けられていて鮮やかだ。

少し前までは、この世界がアシュリーの居場所だった。


「救護室はここだ」


カーティスに連れられ初めて入った救護室には、他にも重傷者と思われる人々が 寝かされていた。

その一番奥、薄い天幕のようなもので仕切られたところに、セシルは寝かされていた。


椅子に座るよう促されて、久しぶりに寝台以外の物に座ったと思う。

艶のない髪、やつれた頬に血の気のない唇。久しぶりに顔を見たセシルは、アシュリーよりもひどい顔色をしていた。


「セシル。…本当に愚かだわ」


その言葉に、カーティスの護衛が反応した。


「彼女はあなたのしでかしたことの責任を取るために…!」

「ダニエル、やめろ」


二人の護衛のやり取りを冷めた目で見てから、もう一度セシルを見る。


…わたくしだったら、わたくしにやらせているわ。


牢に元凶がいるのは分かっているのだ。

罪を償わせるためでも、減刑の材料でもなんでも理由をつけて、お前のせいだと責め立てて無理やり使ってやる。

きっと、その案も出たはずなのだ。

それを止めたのは、セシルで、再びその案が上る前に、戦いを終わらせたのだろう。


魔獣は、緑銀蛇よりも大きかったでしょうに…。


「…枷を外していただけます?」


牢を出るとき拘束用の手枷をはめられたが、それとは別にアシュリーの首と腕には魔力封じの枷が嵌められている。これを取らないことには、セシルに魔力を与えることはできない。

カーティスに言うと、小さく頷いた。


「わかった。…鍵を」


そばに控えていた看守が鍵を取り出す。


「こちらが、魔力封じの枷の鍵です」


恭しく上質な布の上に差し出された鍵を受け取りながら、カーティスは訊いた。


「もう一つの枷の鍵は。手枷の方だ」

「そちらははめたままでも、魔力を使う分には問題ないでしょう」


鉄の二つの輪を短い鎖で繋いだ罪人用の枷。

今までのアシュリーのしてきたアクセサリーの中で一番最悪なものだ。


「それはあんまりな仕打ちではないか。セシル嬢が倒れたのは、こちらの監督不行き届きでもある。彼女はここでは協力者だ」

「…規則ですので」

「わたくしは、このままでも構いません」


アシュリーがそう答えたのが、意外だったのだろう。

ダニエルと呼ばれた護衛が、怪訝な顔になった。


「早くセシルに魔力を分け与えさせてください?」


一刻も早くこの任務を終わらせたかった。


「すまない。そうしよう」


カーティスがアシュリーの首に手を掛け、枷を外した。続いて右手の枷、最後に左手。三つの外された枷が、看守に渡される。

ここから出るときまたはめるために。

両手の自由は罪人用の枷が邪魔をするが、久しぶりに魔力の流れを感じられるのは悪くない。


「それでは…」


アシュリーがセシルに向き合うと、背後で剣に手を掛ける音が聞こえた。


わたくしが少しでもおかしな動きをしたら切るつもりね。


今アシュリーがこの場でセシルを盾に逃げ出すつもりだと考えているようだ。


好きに疑ってなさい。


アシュリーは自分の魔力に集中した。


これは人命がかかっているのだから。



魔力を人に分け与える。

その方法はいくつかあるが、学校で実技練習があったわけではない。

そもそも、人に分け与えられるほど魔力がある人間は圧倒的に少ない。


「セシル、受けとりなさい」


初級編。両手をあわせて祈りを捧げるように魔力を与えようとしてみたが、上手くいかない。

よく考えてみたら、受けとる相手は意識がないのだ。

勝手に魔力を送りつける方法は習ってない。

思わずセシルの頬を叩いて起こしたくなったが、その前に背後のダニエルに切られてしまいそうだ。


少しでも意識が戻ればいいのに…。


セシルの手を掴む。

思えば、セシルの手を握ったのは初めてかもしれない。小さな切り傷が多く、爪もガタガタだ。公爵家の娘を名乗るには失格の手。それだけ、身を削って戦ったのだろう。

握った手から魔力を流し込む。

ほんの少しだけ、セシルに届いた気がしたが、まだ足りない。


「セシル! 起きなさい!」


思うようにいかず、アシュリーは焦っていた。


このままでは、助けられないじゃない!


「…あ、しゅりー…?」


ほんの少し、セシルが目を開けた。

しかし焦点が合っておらず、意識も混濁しているようだ。

このまま魔力を流し込むのは、時間がかかりすぎる。魔力をあげるから受けとれと説明しても、今の状態のセシルには聞こえないだろう。


早くしないとセシルがまた目を閉じる。

何かセシルの気を引くもの、好きなものはないの!


考えかけて、アシュリーは唇を噛んだ。

アシュリーは、セシルが好きなものなど知らない。セシルが持っていた物は、アシュリーが奪ったり壊したりしてきた。


あぁ、でも一度だけ。


セシルが手を延ばしたものがある。

あの時、何をしたのかは覚えていないけれど、いつものようにセシルを叱ったときのこと。その後、廊下の窓から外を眺めていると、セシルが裏庭で一人めそめそ泣いているのを見つけた。


わたくしの見えるところで泣いて、当て付けかしら?


アシュリーはセシルのところへ行って再び叱ろうかと迷っていると強い風が吹いた。

その風が裏庭の木の花を一斉に散らした。

驚いたようにセシルは顔を上げて、呆然と舞い散る青い花びらを眺めていた。

そして、手を延ばして花びらを一枚掴むと優しく微笑んだのだ。


あの時と同じ花びらを作ればもしかしたら…。


魔力だと認識できなくても、欲してくれさえすれば与えやすくなるはずだ。


「セシル、よく見てなさい」


アシュリーは、魔力をこめた青い花びらをつくり出した。


ヒラヒラと室内で青い花びらが舞っている。

それらは、すべて魔力の塊。

うっすらと目を開けていたセシルにも見えたのだろう。

セシルの青白い頬に触れた花びらが、溶けるように消えた。


一枚。二枚。何枚もそうやってセシルに溶け込んでいった花びらは、癒しを与えたようだ。

セシルの右腕がゆっくりと持ち上がり、花びらへと手を延ばす。


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