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「先の戦闘で、王都の騎士団は疲弊していたが、他の領地の助けを待つ猶予がない。再び封印するにも、三頭相手では弱らせないことには不可能だったが、前述通り、人手が足りなかった」
あぁ、だからか。
アシュリーは心の中で納得した。
あのマクミランとか言う男は、アシュリーを起訴すると言って、取り調べもした。
それなのに、罪状も刑の言い渡しもなく牢に入れられていたのは、少し疑問に思っていたのだ。
裁判もせずに牢に入れて、わたくしの弁明の機会はいつなの?
きっと、三頭の魔獣の討伐にかかりきりで、アシュリーのことは後回しにされていたのだろう。
「学園の者も、魔力のある者、戦術の授業を受けた者は戦闘に加わった」
だから、どうしたのだろう。
カーティスがここにいると言うことは、その三頭の魔獣はもう討伐されたのは間違いない。
裁判が遅くなったことへの謝罪でもないのは、その冷たい表情からわかる。
お前のしたことはたとえ軽い気持ちだったとしてもこれだけの大事となったとでも、言いたいのだろうか。
「討伐作戦の参加者を募ったとき、真っ先に立候補したのが、セシル・ラウドルップ。そなたの姉だ」
「セシルが?」
確かにセシルは魔力量も多く、魔術の扱いにも長けていた。
「セシルは戦闘経験はないはずですが…」
「あぁ。だから、後方のサポート部隊に入るように促したのだが」
『妹が起こしたことがきっかけの事件です。姉のわたしに、償わせて下さい!』
「…まぁ」
アシュリーのその反応は冷淡に映ったようだ。
カーティスは無反応だったが、カーティスの後ろに立っている二人の護衛は明らかにアシュリーを睨んでいる。
彼らも同じ学園の方ね。
よくセシルと一緒にいるところを見たわ。
同じ貴族同士、アシュリーも彼らとは顔見知りではあったが、それほど話すような仲でもなかった。
「戦闘経験のない者を前線には立たせられないが、それでもそなたの姉は前線に近いところで騎士や騎士候補生のサポートをした」
魔獣に効くのは、魔力を込めた攻撃のみ。
魔術に長けたものは魔術で、武器が得意な者は武器に魔力を通して。
サポート役はひたすら武器に魔力を通し続けたと言う。
「お陰で想定よりも早く魔獣を討伐できたのだが、そなたの姉は魔力が尽きて倒れてしまった」
そう言ったときのカーティスの顔はひどく悔やんでいるような表情だった。
「今は城の救護室にいるが、ずっと眠ったまま目を覚まさない。医師が言うには、魔力の使いすぎが原因だと。このままでは衰弱してしまう」
通常ならば、休めば魔力は回復する。
しかし、セシルは初めて魔力が空になるまで使用した弊害か、回復が遅いと言う。
昏睡状態が続けば、食事も取れず体が弱っていくのみ。魔力が回復し目を覚ますよりも、セシルの体力が持たないだろう、と医師は診断したらしい。
「誰もが、魔獣討伐で傷を負った。この城内で、セシルを目覚めさせるほどの魔力が残っているのは、そなたのみ」
やっとカーティスの言いたいことがわかり、アシュリーは息を飲んだ。
「わたくしの魔力をセシルに分け与えろと…」
アシュリーがセシルのことをどう思っているかなど、カーティスはもちろん城内のものはみんな知っている。
アシュリーはずっと封印を解いたのは、セシルだと言い続けてきたのだから。
「協力してもらえるのならば、今後の裁判で私も口添えすると約束しよう」
「口添え…」
以前のアシュリーならなんと答えただろうか。
セシルに自分のものを一欠片でも与えるのは嫌だ。
裁判もなにもわたくしは無罪です。
そこまでカーティス様がわたくしの力を必要としてくださるのならば、喜んで。
じっと、アシュリーの返事を待つ紫色の瞳を見つめ返す。
「…カーティス様、一つ聞きたいことがあります」
「何だ?」
「緑銀蛇は、本当に毒はないのでしょうか」
目の前にずっと会いたかった人がいて、交渉出来る場がやっと訪れたと言うのに、アシュリーの頭はさっき見た光景で一杯だった。
あの赤い二つの点は、蛇に噛まれた跡だとしたら…。
今までの会話と脈絡のないことをアシュリーが言い出しても、元々真面目な性格のカーティスは嫌な顔をせずに教えてくれた。
「緑銀蛇は比較的大人しい性格で、毒はない。しかし、大きな音が苦手で一度興奮すると攻撃性が増すと言われている」
あの時、興奮しているから待ったほうがいい言われたのに、アシュリーは蛇に毛布をかけてしまった。その音でさらに攻撃性が増したと言うことか。
「で、では、その蛇に噛まれても少し休めば治ります?」
「…噛まれたのか?」
「いいえ、わたくしは噛まれておりません」
アシュリーは噛まれずに済んだのだ。
「…野生の生き物に噛まれたら破傷風や感染症などの恐れはあるが、綺麗な水で洗い流すか消毒して手当てをすれば、まず問題ないだろう。もし、症状がでるようであれば投薬や治療が必要となるが、緑銀蛇で重症化した事例は聞いたことはないな」
不衛生な牢の中、消毒液も手当てもなく、綺麗な水もあの時の彼にはなかった。
彼が水を手に入れられたのは、半日後。
「この答えでいいだろうか?」
「はい、十分です。カーティス様。…セシルのところへ連れていって下さい」
何があっても取り乱すなよ。
あの時の忠告は囁くような小さな声だった。
看守に聞こえないように小さな声を出したのだと思っていたが、本当はそれ以上声が出せなかったのだろうか。