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「アシュリー・ラウドルップ。あなたに国家転覆を図った容疑がかけられています。少々お話を伺えますか?」
それは、卒業パーティーの途中の出来事だった。
「何ですって? あぁ、もしかして、何かの余興かしら」
アシュリーが笑うと、周囲の者もみんな笑った。
笑っていないのは、アシュリーを呼び捨てにした城の役人の制服を着た男とその背後にいる騎士数名、そして少し離れたところからこちらを見ていたカーティスだった。
「先日、魔獣が封印されていた岩が破壊されるという事件が起こりました」
「えぇ、聞いてますわ。とても怖いお話ね?」
アシュリーの先祖セシリアは魔獣を倒してこの国を守ったが、全ての魔獣がいなくなったわけではない。
国の外から入り込むこともあれば、人里離れた森の中からやって来ることもある。
そして、手に負えないほど強い魔獣は、各地で封印していた。
その封印がひび割れているといったうわさが流れたのが数日前だったが、ついに壊れてしまったらしい。
「でも、誉れ高き騎士団の方々ですもの。すぐに倒して下さったのでしょう?」
「えぇ、魔獣は倒されました。ですから、私はここに」
「あら、なぜかしら?」
「あなたがその封印を破壊したのではないか、という疑いが浮上したからです」
その言葉に反応したのは、周りの貴族だけだった。ざわざわと、口々に何かを言っている。
「あなたはご存知ないかもしれませんが、わたくし公爵家の娘ですの」
「存じ上げておりますよ。申し遅れました。私はこの件の犯人を捕まえるよう王より仰せつかった、マクミランと申します」
「まぁ、こんなところまでいらっしゃるなんて、随分この件に力をいれていらっしゃるのね?」
「はい、それはもう。公爵家の権力でもって揉み消されてしまってはかないませんからね。無関係の学生の方々におかれましては、せっかくのパーティーに申し訳なく思いますが、すぐに済むよう努力いたします」
アシュリーは飲みかけのグラスをテーブルに置くと微笑みを浮かべた。
それだけで、周りの人々はお喋りをピタリと止め、アシュリーは無実だと確信したように頷くのだ。
「わたくしには、何のことだかさっぱり分かりませんわ」
「そうですか。…では…」
「ですが」
ここではあえて少し強い口調で、悲しげな表情を作る。
「ラウドルップ家にはもう一人、娘がおりますの」
アシュリーが視線を向けた瞬間、会場にいたほとんどの人間がその視線を辿った。
そこにいたのは、蒼白な顔をしたセシルだった。
「ラウドルップ家の長女。セシル。もしかして、あなた方が探しているのは、お姉様ではありません?」
看守の足音でアシュリーは目を覚ました。
ぼんやりとした頭で、さっき見た夢の続きを思い出す。
結局、マクミランとか言う男にはアシュリーは、なにひとつかなわなかった。
ドレス姿のままパーティー会場から城へと連れていかれ、取り調べのようなことを受けさせられた。
もちろんアシュリーは否定したが、何も信じてもらえず、家にも連絡できず、着替えさせられたあと、この地下牢に入れられた。卒業パーティーから五日後のことだった。
セシルが困ればいいと思ってやったことなのに…。
しかも、封印にほんの少し手をいれただけだ。それが、なぜ国家転覆を目論んだことになるのか。
早くここから出たいわ。
その願いはアシュリーが思っていたより早く叶えられた。
朝食を終え、隣に何て話しかけようかと考えているときだった。
「…足音?」
いつもの看守の足音が聞こえてきた。
この牢に入れられてから、食事以外に看守がやってくるなど一度もなかったのに。
「…何があっても取り乱すなよ」
低く小さな声で言われた忠告はなんだか不穏なもので、アシュリーはごくりと唾を飲み込んだ。
ほどなくして現れたのは、鍵を持った看守だった。アシュリーの牢の鍵を外すと扉を開けた。
「出ろ」
短い命令は、ずっとアシュリーが待っていた言葉。しかし、体が強ばって動けない。ここから出されても、解放されるとは限らないのだ。
そんなアシュリーの考えに気づいたのだろう、看守は無表情のまま続けて言った。
「面会だ。拒否権はない」
面会。
それは、待ち望んでいたことだ。
それなのに、何故か恐ろしいことのように思えて体が震える。
その態度が、反抗的に見えたのだろうか。
看守が、牢に入ってこようと一歩踏み出した。
その時、隣の牢からコツンと食器がぶつかる音がして、アシュリーは我に返った。
「わかったわ。行けばいいのね」
ゆっくりと立ち上がると看守も立ち止まる。
取り乱すなよ。
おそらく、今の食器の音もわざとだろう。感謝を伝えるため、看守がアシュリーに逃亡を防止するための手枷をつけている隙に、隣の牢をそっと見た。
どんな人かしら?
声は若そうだったが、どんな顔をしているのだろう。きっと、目付きの悪い意地悪そうな顔に違いない。
「!」
明かりの届かない暗い牢の中。そこには、青白い顔で力なく壁に寄りかかる男の姿があった。
鎖に繋がれた手には、赤い点が並んで二つ。暗い中、やけにそこだけが鮮やかに見える。
アシュリーが見ていることには気付いていないようだ。
男は苦しそうに眉間にシワを寄せて、目を瞑っていた。
「…来い」
看守がアシュリーに言う。
ほとんどなにも考えられないまま、看守の後ろをついて歩いた。
牢に連れてこられたのとは違う道を歩かされた。
王城は何度も来たことがあるが、地下を歩いたことはない。
さっき見た光景が忘れられないまま、いつの間にか目的地に着いたようだ。
看守は扉を叩き、入室の許可を得るとアシュリーになかに入るように促した。
「…今日はそなたに用があって来てもらった」
挨拶もなくそう言ったのは、ずっとアシュリーが会いたかった人。
「カーティス様…」
アシュリーの婚約者で、この国の第一王子。
この方ならば、アシュリーを救いだしてくれる、と信じていた。
『よくぞ耐えた。遅くなってすまない』
そう言って、優しく手を取ってくれると…。
「ことは急を要する。手短に話す。まずは私の話を聞くように」
カーティスはアシュリーの手枷をちらりと見て顔をしかめてから、目の前のテーブルに書類を並べた。
それは、アシュリーを救いだしに来てくれた王子様の態度ではなかった。
「そなたがいたずらに手を加えた結果、封印が解かれ魔獣が現れた。その魔獣は王都の騎士団が討伐したのだか、その時の戦闘で、他の封印に傷がつき、新たに三頭の魔獣が現れた」
「三頭…」
人の手に負えないから封印したと言うのに、そんな魔獣が三頭も現れたのなら、相当過酷な戦いになるだろう。