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牢屋の中で  作者: 飴屋
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小さな子どもがいる。

十歳かそこらの子どもだ。

華奢な体は頼りなく、着ている服も質素なもので、一目で貴族ではないと分かった。

それなのに、肩で揃えられた髪は太陽の光を受けたような金色で、周りを伺うおどおどとした瞳は知的な深緑。

こちらを見たその少女は、愛らしい声で頭を下げた。


「初めまして、アシュリー様。私はセシルと申します」


今日からお前の姉だと紹介された少女は、アシュリーのことを様付けで呼んだ。

だから、アシュリーはドレスの裾を摘まんで優雅な貴族の礼を見せて応えた。


「お会いできて嬉しいわ。セシル、わたくしのお姉さま。よろしくね?」





暗闇の中、アシュリーは目を覚ました。

今では、少し待てば目が慣れてきて多少は見えることが分かったが、最初の頃は怖くて仕方がなかった。

どんなに叫んで人を呼んでも、誰も来てくれないなど、あり得ない。

ここから出たら、今にみてなさい。

アシュリーは唇を噛んだ。

しかし、ここでふときのうのあの無礼な男の言葉が思い出された。


『鞭打ち水攻め拷問…全部すっ飛ばして処刑台』


アシュリーは小さく震える。

まさかとは思うが、このままずっと牢獄生活なのだろうか。その上、あの男の言ったような目に合う可能性もあると気づいてしまったのだ。


「まさか。わたくしは公爵家の娘なのよ? そんなことになるはずがないわ」


アシュリーがセシルにしたことは、ただ、自分の立場を分かっていないようだったので分からせてやっただけだ。

だから例えやりすぎだと責められようと、牢に入れるのは酷すぎだ。

きっと、セシルが大げさに言ったに違いない。

一人、断罪されたときのことを思い出していると、あまりの静けさが気になった。


「…?」


昨日話をした男の気配が全く感じられないのだ。


「そうよ。わたくしは一週間もここにいるのに…」


一週間、隣に人がいるなんて全く気づかなかった。食事のとき、呼吸、衣擦れの音、静かなこの牢では、小さな音でもよく響く。

看守の足音に耳を澄ませていたのに…。

更に言えば、アシュリーは何度も誰か来てと助けを呼んだ。ときには、泣きながら訴えた。

暗闇、食事、使用人がいない生活ではわからないことだらけだったからだが、それすら、あの男は一度も返事をしなかったことになる。


「…!」


一気に鳥肌が立った。

あり得ない。

あの男は本当に囚人なのだろうか。

本当に隣の牢にいる?

やっと慣れてきた目で、牢の壁を凝視した。耳を澄ませてもやはり、寝息も聞こえてこない。

そうすると、暗闇の恐怖と混ざりあって、どんどんと考えが悪い方へと向かった。

そう、例えばこの暗闇の中を這えずり獲物を探す魔物…。


「っ! ねぇ、ちょっといるんでしょ?」


自分の想像に耐えられなくなったアシュリーは、叫んだ。

しかし、返事はない。


「ねぇってば。返事をしなさい!」


あり得ない。

牢に入れられ、しかも、隣に得体のしれないものがいるなんて。

そんなことあっていいはずがないのだ。


「ちょっと、聞こえないの? 起きなさい!」

「…うるさいな」


昨日と同じ声だった。

またしても暴言を吐かれたが、怒ることも出来ないくらいアシュリーは安堵した。


「良かった。いるのね」

「そりゃあね。牢に入れられてるんだから」


呆れたように言うと、男は壁を叩いたようだった。コンコンという音がアシュリーにも聞こえた。


「だって、寝息も聞こえなかったから…」

「お行儀がいいもんで」

「一週間、わたくしはあなたに気づかなかったわ」

「それはあんたが、ずっとここから出せって騒いでたからだろ。看守が帰っても、セシルが悪いって呪文のように繰り返してたし。やっと静かになったと思ったら、ワーワー泣き出すし」

「泣いていると気付いてたのに無視したの?!」


それは身分など関係なく酷いではないか。


「女性が泣いているのに、無視するなんて…!」

「へー。あんた女なんだ?」


この男はいつもアシュリーの想像を越えた発言をする。


「わたくしのどこが男性だというの!」

「だって、牢で繋がれてちゃ、顔は見えないだろう」

「声で分かるでしょう!」


社交界では鈴を転がしたようなかわいい声だといつも言われてきたのに!!


「いや~? 声色を変えたオトコカモシレマセンワ?」


ここでわざと声色を変え高音でしゃべる必要があるのだろうか。

この男に話しかけた自分が愚かだったのだ。

深呼吸をして壁を睨む。見えていないと分かっていても、そこは気分だ。


「わたくしはアシュリー・ラウドルップ。公爵家の娘と名乗ったはずよ」

「壁があっちゃ、確かめようはないなぁ。それに何度も言うが、コウシャクとか俺分かんないし」

「分からなくてもせめて女性であるとは分かるでしょう」

「いいや? 前に旅芸人が来たことがあってさ、その中で九官鳥って呼ばれてるおじいさんがいてな」

「九官鳥…」


あの、人の言葉を真似て喋る黒い鳥のことだろうか。確か、親戚の誰かが飼っていて見せてもらったことがある。

アシュリーを見て、美しい!美しい!と、羽をバタつかせていた。


「そのおじいさんは声真似が得意で、子どもでも女でもそっくりに再現出来るんだ。目を瞑って聞くと、絶世の美女って感じの艶っぽい声なんどけど、目をあけると禿げたおじいさんってところが受けて、なかなかの小銭を稼いでたよ」


だから、声だけじゃ判断出来ないな、と男は言う。


「その理屈で言えば、顔を見ても、化粧をした男かもしれないとか言うのでしょう。そういった手合いの詐欺師に気を付けなさいと言われてますわ」

「おぉ、これは手厳しい」

「もういいわ。あなたと話していると疲れる」

「あははっ。そう思ってくれて何よりだ。一応ここでの先輩としてあんたのお喋りに付き合ってやったが、そろそろ本気で飽きてきた。これ以上は対価を要求したいところだね」

「…減らない口だこと」


最初は、アシュリーのことをいい暇潰しだとか言ってなかっただろうか。


「そろそろ看守が来るんじゃないか? そうだな、隣り合ったよしみだ。一つアドバイスしてやろう」

「アドバイス…?」

「この牢の出入口部分に隙間があるだろう」


言われてみると、確かに細長い隙間があった。とは言え、それがなんだと言うのだろう。


「次看守が来たら、そこからメシを受けとんな」

「は?」

「あんた、いつも自分のことを話すのに精一杯で気付いてないようだが、本来、そこからメシを受けとるもんだぞ」


食事を持ってくるとき一度だけ、看守はこちらを見る。そしてほとんど無表情で屈むと、檻の隙間からスープとパンと水を置き、前の食事の空の容器を持っていっていたが…。


「わたくしに食事を受けとれと…?」


今まで、そんなことしたことがない。

お茶会で紅茶を淹れるときだって、茶器の準備は他の者に用意させた。

汚れた床に置かれたスープを持ち上げるだけでも、嫌だというのに。


「いいか。ちゃんと両手で受け取れよ。バランスを崩して服を濡らしても、替えはないんだからな。以上」


まるで子どもに言い聞かせるかのような口調に、アシュリーが言い返そうとしたとき、足音が聞こえた。


この一週間ずっと聞いてきた看守の足音だ。

いつもだったら、この音が聞こえたと同時にアシュリーの無実とセシルの罪を看守にはなしかけていたが、男に怒っていたため咄嗟に言葉が出てこなかった。

しかも、思い出したくないことが頭の中で駆け巡る。


『鞭打ち、水攻め、拷問…』


「…っ」


この無表情の看守の気分次第では、酷い目に合うのかもしれない。

そう思うと、更に体が強ばる。

昨日までと打ってかわって静かなアシュリーを特に心配する様子もなく、看守は淡々と食事の乗せたトレーをあの隙間から出してきた。

今までも、ずっとそうしてきたのに、アシュリーが気づかなかっただけなのだ。

一瞬迷ってから、おずおずと手を出しトレーを受け取る。


両手でしっかり、落とさないように。


アシュリーがキチンとトレーを受け取ったのを確認すると、看守は手を離す。そして、昨夜の空の食器を回収すると隣に移った。


アシュリーの手には簡素すぎるいつもの食事がある。

なぜ自分が受け取らなければならないのかと思ったが、これなら汚れた床の上に食事を置かれることはない。

さらにはトレーもあるので、備え付けの寝台に座って、膝の上にトレーを乗せて食事が出来るのだ。

たったトレー一枚。だが、あるのとないのでは大違いだ。


埃が入っていない食事を終えると、珍しく隣りからガサゴソと音がした。隣りなので良くは見えないが、どうやら檻の外にトレーを出してその上に空の食器を乗せているようだ。

良くは分からないが、それがここでのマナーなのだろう。アシュリーも真似して置いてみた。

そうして食事が終わると、夕食まで何もやることはない。

新しく灯された蝋燭の灯りを見ていたくなくて、アシュリーは目を閉じた。



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