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その頃、幾部に住む沢という男が雪道を走っていた。今日は隣町に用事があって、向かっていた。そこまでは敏別湖を通らなければならない。この辺りは無人の山林が続く。敏別湖にはかつて、炭鉱があったらしいが、その痕跡は全くない。沢はそこの様子が記憶にないが、とても賑わっていたという。とても信じられないが、本当の話だ。誰も信じられないだろう。そして、その記憶は徐々に失われていく。そして、敏別という名前は湖とダムでしか残らないだろう。だが、それらが忘れ去られれば、その名前ですら忘れ去られてしまうだろう。
しばらく走っていると、左に分かれていく轍を見つけた。この辺りに分かれ道はないはずなのに、どうして轍があるんだろう。ここを誰かが通ったんだろうか? この先には何もないはずなのに。
「ん? どうしてこんな所に轍が・・・」
沢はその轍をたどっていた。ここを走っていたのは誰だろう。この先には何があるのかは、沢は知らない。
しばらく走っていると、トンネルと白い車が見つかった。いったい誰のものだろう。沢は首をかしげた。
「あれ?」
沢は車から降りた。そして、その車を見渡した。その車はハイエースだ。雪のように白い。どうしてこんな所にあるんだろう。誰かがこの近くにいるんだろうか? だが、この辺りに誰かがいそうな気配は全く感じない。
ハイエースを見ているうちに、沢はある男を思い浮かべた。それは、伊藤大輔だ。まさか、伊藤大輔の車だろうか?
「このハイエース・・・」
大輔はここ最近、姿をくらましている。警察が捜索しているが、全く足取りがつかめないという。まさか、大輔がここに来ているんだろうか? でも、どこにいるんだろう。とりあえず、ここに来ているという事を、カズに報告しないと。
カズは1人で寂しそうにしていた。帰らない大輔は、今どこで何をしているんだろう。最近は行方をくらましているという。いったいどこに行ったんだろう。全く行方がつかめない。早く見つかってほしい。そして、また一緒に暮らしたい。何をしているのか、話してほしいな。
「はぁ・・・」
突然、インターホンが鳴った。誰だろう。カズは立ち上がり、玄関に向かった。
「はーい」
カズは玄関を開けた。そこには沢がいる。カズはがっかりした。大輔ではないからだ。
「カズさん?」
「どうしたんだい?」
カズは下を向いている。沢にはその気持ちがわかった。大輔ではないからだろう。
「大輔さんの車、見つけたぞ!」
それを聞いて、カズは顔を上げた。まさか、大輔の車が見つかったとは。という事は、大輔がここに来ているという事だろうか?
「えっ!?」
「敏別トンネルの前」
敏別トンネルと聞いて、カズは思い出した。そのトンネルは敏別ダムに続くトンネルで、行き止まりになっている。ここ最近は入ったら戻れないという事で誰も立ち入ろうとしない。どうしてそこで見つかったんだろうか? まさか、大輔は敏別トンネルに入ったんだろうか? だったら、もう戻ってこないじゃないか?
「本当かい?」
「うん。白いハイエースがあったし、ナンバープレートが一緒だ」
ナンバープレートも一緒だったら、確かに大輔だ。でも、どうして大輔がここにやって来たんだろうか? 二度と故郷に住みたくないと思っていた大輔が、どうして敏別湖の辺りにいるんだろうか?
「どうしてそこに・・・」
「わからない。今すぐ行こう」
「うん」
突然の事だが、2人は敏別トンネルの前に向かう事にした。何が何でも大輔に会いたい。その想いをかなえるためにも、そこに行かなければ。
2人は車に乗り込んだ。雪で危ないけれど、急がないと。2人は焦っていた。何としても大輔を見つけないと。そして、幾部に連れ戻さないと。
沢が敏別湖に向かっている間、カズは大輔の事を思い出していた。かわいい孫だったのに、何でも言う事を聞く孫だったのに、どうして行方不明になったのか、全く帰ろうとしないのか? そして、どうして姿をくらましているのか? ますます謎ばかりだ。その謎を解き明かすためにも、そこに行かないと。
「大輔・・・」
「どうしたの?」
沢はカズの様子が気になった。そんなに大輔を心配しているのか。本当に大輔は親不孝だな。帰ってほしい、一緒に暮らしてほしいというのに、ここに戻らないなんて。だけど、それなりの事情があるんだから、止めはしないけれど、大輔の想いを優先するしかないんだろうか?
沢には気になっている事がある。どうして敏別湖の近くにいるんだろうか? 何の意味があるんだろうか?
「どうしてこんな所にいるのかなと思いまして」
「・・・、私にもわからない・・・」
カズにもその理由がわからない。だが、何か理由あってここにいるんだろう。カズも感じていた。
「だよね。ここって、嫌な噂しかないもん」
と、沢は思った。敏別トンネルの先に行くと、二度と帰れないと言われている。ひょっとして、誰かにさらわれたのでは? 沢は不安になった。
「もしかして、それに巻き込まれたとか?」
「だったら嫌だね」
カズはまた大輔の事を思い出してしまった。もう何度目だろう。会いたい気持ちでいっぱいだ。
「大輔に会いたいわ」
「その気持ち、わかりますよ」
カズは思った。大輔がどんな悪い事をしても、一度でいいから会いたい。そして、抱きしめたいな。
「ありがとう・・・。どんな事をしてでも、また会いたいね」
「うん」
もうすぐ敏別トンネルの前に着く。カズは気持ちが高ぶってきた。もうすぐ大輔に会えるかもしれない。




