27
その夜、男は怒っていた。勇人が陰で生きた人間をここで死ぬまで労働させていた。とても許される事ではない。何とかしてあの子たちを返さないと。だけど、ここを出たら犬にされてしまうんだろう。その為にはどうすればいいんだろう。ここに連れ去られるのを何としても止めないと。これ以上の犠牲は許されない。その為には何が必要なんだろうか?
「くそっ、こんな事、許されるわけない!」
男は拳で机をたたいた。男は勇人が許せなかった。
「そうだそうだ!」
弘人と勝は疲れている。もう限界だ。どんなに疲れても、死ぬまで労働させられる。やっと休める時間にはなったものの、また仕事だ。この年齢でこれだけの仕事はとてもきついだろう。早く元の世界の、平和な家庭に戻りたいよな。
「大丈夫か?」
光は弘人の肩を叩いた。弘人は顔を上げた。こんなに光は優しかったかな? 弘人は驚いた。きっと、2人を心配しているから、こんなに優しくなれるんだろうな。
「なんとか・・・」
「早く元の世界に帰してやるから、心配すんな」
男は笑みを浮かべた。今さっきの気性の荒さがまるで嘘のようだ。
「ありがとうございます・・・」
弘人は弱々しそうだ。その様子を見て、男は思った。なんとしても早く救わないと。
「まさかこんな事をやってたとは・・・」
隣の若者も呆然としている。今まで気のいいオーナーだったのに、陰でこんな事をしていたとは。勇人のイメージが一気に変わった。
「どうしよう・・・」
と、男は思った。稲荷神社を焼いて、悪霊を退散させるしかないんだろうか? でもそうしたら、ここはどうなるんだろう。稲荷神社があるからこそ、ここはあるのに。でも、これ以上犠牲を増やすわけにはいかない。早く何とかしないと。
「稲荷神社を焼くしか・・・」
「そうだな・・・」
だが、弘人は思った。勇人は昔は普通のオーナーだったのに、どうしてこんな事をするようになったんだろうか? 何か理由があるんだろうか? ふと、弘人は考えた。自分たちを連れ去った伊藤大輔がその鍵を握っているんじゃないだろうか?
「でも、最初は普通の人だったんですよね。それが、伊藤大輔と出会って、僕たちを連れてきたんですよね」
佐藤も思った。やはりあの大輔が鍵を握っているに違いない。大輔と出会って、このような事を始めたに違いない。
「ああ。どうしてそうなってしまったのか」
「俺にもわからん・・・。でも、勇人さんの過去が影響してるのでは? 幾部でかなり嫌われてたから、気に入らない奴を傷つけたいと思ったのでは?」
確かにそうかもしれない。勇人は幾部では嫌われていた。だから、自分のように他人をいじめている奴をいたぶらせて、それを自分の楽しみにしているんじゃないだろうか? だが、だとすると30年前からやっていてもおかしくないだろう。行方不明事件は最近起こり始めた。だから、それが理由にはならないだろう。
「そうかもしれないな」
「とにかく、あれは許せない!」
男はそれでも許せないと思っていた。なんとしてもあの子たちを元に戻したい。自分たち以上に楽しい生活を送ってほしい。
「そうだそうだ!」
「何とかしないと」
ふと、武は思った。勇人にはこんな過去があったとは。大輔もそれつながりで子供たちをさらっているのでは?
「そうだな。それにしても、あいつにそんな過去があったとは」
「ひどいよね。嫌われるなんて」
光はその話を真剣に聞いていた。いじめの被害者である光には、勇人や大輔の気持ちがわかる。どうして人はいじめられなければならないんだろう。その答えが全くわからない。
「勇人さんは何も悪くないんでしょ?」
「ああ。情報によると、それで東京で落ちこぼれたそうだ」
それを聞いて、彼らは驚いた。勇人は北海道で生まれ、上京したものの、東京で落ちこぼれ、生部に帰ってきたそうだ。だが、幾部でいじめに遭い、湖に身を投げたそうだ。
だが、男たちはうらやましそうな目で見ている。大都会の東京がうらやましいと思っているようだ。
「そうなんだ。それにしても、東京っていい所だよな」
「うん」
だが、佐藤にはその理由がわからない。東京は物が高くて、大変だ。なのに、どうしてそこに憧れるんだろう。住んでみたらわかるさ。東京は大変だよ。
「憧れてる?」
「うん。でも、こんなに厳しい場所なんだね」
確かにそうだ。ここに比べたら、東京はとても平和な場所だ。仕事はそんなに来る少ない。好きなものが簡単に手に入る。多くの人がいて、にぎやかだ。たくさんの友達ができるし、恋もできる。
「勇人は過去のトラウマが原因でうまくいかなかっただけなんだよ。そんなに厳しい場所じゃないと思うよ」
「そっか・・・」
それを聞いて、弘人と勝は泣いてしまった。どうしてだろう。光は2人の肩を叩いた。だが泣き止まない。
「どうしたの?」
「東京帰りたいと思ってね。お父さん、お母さんに会いたいよ」
2人は東京の家族の事を思い出していた。今頃、家族は心配しているだろうな。もう帰ってこないだろうと思って、悲しんでいるだろうな。だが、生きている。絶対に帰ってみせる。だって、ここにいる人々が何とかしてくれるから。
「そうだな。絶対に帰らせてやるからね」
男は優しそうな表情だ。その笑顔を見ていると、2人は親近感を覚えた。血のつながりはないのに、まるで父親のようだ。この感覚は何だろう。自分たちにはわからない。
「ありがとう」
だが、男は考えた。どうすれば元の姿のままで戻れるんだろう。
「うーん・・・。それにしても、どうすれば帰れるんだろう」
「悪霊を取り除くしか」
若者の言う事に、男は反応した。やはりそうするしかないんだろうか? 一か八かでやってみるしかない。明日の早朝、勇人がいない時間帯に決行しよう。
「そうだな・・・」
だが、男は考えている。そうすると、この幾部も現実世界になってしまう。湖底に沈んでしまう。これから先は、どうなってしまうんだろう。全くわからない。
「どうしたの?」
「いや、何でもないよ・・・」
男は慌てている。不安な表情を見せてはダメだ。
「そう・・・」
若者はため息をついた。まさか、こんな事になるとは。どうして勇人はこんな事をしてしまったんだろう。全くわからない。
「まさかこんな事になるとは・・・」
「私もそう思うわ」
2人はまた泣いてしまった。自分が光をいじめてしまったために、ここに連れ去られてしまった。どうしよう。どんなに泣いても、ここから出られない。
「大丈夫大丈夫。泣かないで」
「うん・・・」
男はじっと2人を見つめている。悪いのは泣いている2人じゃない。ここに連れてきた大輔が悪いんだ。そんなサイトを運営している人も悪いんだ。




