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私のおほ声を聞け!  作者: 冷泉秋花
ASMR制作編
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USBメモリ

学校から直接、塾に行こうと思っていたが昨日もらった塾の教材を家に忘れていることに気づいた。そのため、一度家に寄ってから向かうことにした。

「あっ兄ちゃん、おかえり。その……大丈夫か? 昨日よりは元気そうだけど」

「なんのことだ?」

家に帰るなり、律花が部屋から出て来て心配そうにしている。

「なんのことって昨日のこと、覚えてないのかよ。ずぶ濡れで帰って来たと思ったら私の声も聞かずに塾に行って。清乃ちゃんと何かあったのか?」

ほとんど記憶が無かったが昨日の俺はそんな状態だったのか。いや、あるいは環先輩とぶつかるまでそうだったのかもしれない。そう考えると、図書室でゆっくり人と話せたのはやはりよかった。

「……まぁ昨日は天宮とちょっと、喧嘩した」

律花は困惑したような顔をしているが驚いてはいない。なんとなく察していたのだろう。

「喧嘩したって、もしかして部活辞める話で揉めたのか? 今日、清乃ちゃん、家庭教師に来る日だから私が取り持つこともできるけど……部活辞めるからって別に友達までやめることはないだろうし」

「……いや、大丈夫だ。これは俺がちゃんと自分で話すよ。それがいいと思う」

「そっか、ならいいけど。早く仲直りしろよ、兄ちゃんはなんとなく清乃ちゃんといるべきだと思うんだ」

「そっか、ありがとな」

話を終えて、自分の部屋に向かう。そこで後ろから律花に呼び止められた。

「そうだ! 兄ちゃんこれ!」

律花がポケットから取り出したのは見覚えのある小さな箱だった。

「! 律花、どうしてそれを!?」

「どうしてって、帰って来たびしょ濡れの兄ちゃんを着替えさせて風呂に入れたの私だぜ。ポケットに物が入ってないかぐらい確認する」

玄関にいる律花に駆け寄って思い切り抱きつく。

「ちょっ!? どうしたんだよ、兄ちゃん!」

「本当にありがとう、律花!」

そんな大事な物を洗濯機に突っ込んでいたら、本当に天宮に合わす顔がなかった。これだけは絶対に失くすべきじゃないし、失くしてはいけない。

律花から箱を受け取り、中身のUSBを確認する。問題ない。外箱に守られて雨にも濡れていなかった。俺は労うように箱を撫でた。

「はぁ、よかった。本当に」

律花の怪訝な目も気にせずにその場でUSBをじっと見つめる。

「大事な物なら中身を確かめてから行けばいいんじゃないか?」

「でももう塾に行かないと」

「そのぐらいの遅刻なら、私からうまいこと言っておくから」

「……そうか、何から何まで本当にありがとな」

そうして玄関を後にした。


自室のパソコンを起動する。

そうして天宮からもらったUSBを差し込みヘッドホンをつける。また、轟音で耳を潰されはしないか不安がよぎったが千春が編集してくれているらしいからきっと大丈夫だろう。

それにここで耳を潰されてもそれはそれで俺への罰としてちょうどいい。

「ん? 思ったよりもファイルの容量が小さいな」

USBから読み込んだファイルを見ると、サイズが1GBないくらいだった。

俺と天宮で共同で作った台本を音声にしたらもっと大きいファイルになるはずだ。何かの都合で大幅にカットしたのだろうか。

少し引っかかりつつも音声を再生した。

『これってもう始まってます? 始まってるみたいですね。よしっ、えーごほんっ』

天宮の声がする。おいおい、こういう部分はカットしとけよな。このあと、どんな気持ちでおほ声を聞けばいいんだよ。

『これから私こと天宮清乃によるエッチな音声が流れると思って全裸待機している律さん、残念ながらそれはまた今度です。風邪を引く前に服を着て、ち◯こはしまってください』

なんだこれ。俺と天宮の共同台本の成人向けASMRじゃないのか? というか、俺はみんなが部活で録った音声でしこると思われていたのか。そんなことはしない、と思う。

『色々と考えたんですが、まずは律さんへメッセージを残しておこうと思ったんです。個人的な話になるんですけど、私の母は普通の録音とか録画があんまり無くてなぜかハメ撮り音声ばかり残していたんです。私はそうはなりたくないので最初の一本はちゃんとしたものを残します!』

天宮の母親の話は前に聞いたから知っているが、まさか普通のものはほとんど残していないとは思わなかった。とんでもないな。

『ええっと、というわけで律さん。まずは色々とありがとうございます。怪我もいっぱいさせましたし、心労もかけてごめんなさい。

その後に言うのもおかしな話ですが、私は律さんと会えてよかったと思っています。そして、ASMR部のみんなとも。あの日、律さんと出会わなかったらどうなっていたかと今でも時々怖くなります。

……律さんはどうですか? 律さんは私と、ASMR部と出会えてよかったと思ってくれていますか? 部設立のお祝いの時に律さんはよかったって言ってくれましたけど、私からしたら何もしてあげられてないような気がするんです』

とんでもない。律花のことをはじめとして天宮には本当にたくさん助けられた。1人ですぐに駄目になる俺がここまで来れたのは隣に天宮がいてくれたからだ。

『きっと律さんは1人でも生きていける人です。私と違ってそういう強さを持っています。そんな律さんの人生に私たちは必要ないのかもしれません。

だから、そんな律さんが1人で苦しそうにしている時、本当に心が痛いんです。一緒にいるのに何もできない自分が嫌になります。

きっと律さんが解決出来ないことは私達にはどうにも出来ないんでしょう。だけど、いつも律さんの隣にいますから。それだけはどうか忘れないでください。

頼りにならない私たちをどうか頼って、寄りかかって欲しいです。何の役にも立たない肩を貸させてください。じゃないと私は律さんの隣にいられないから。』

そこで音声が終わる。

まったく何を高いマイク使って何を録っているんだ。こんなこと言われなくても知っている。知っていた。千春を助ける時も風紀委員会と戦う時も天宮が何も出来ないことに心を痛めていたことぐらいわかっていた。

なのに今回の件、俺が困っていることを話すらしないことが天宮をどんな気持ちにするかぐらいわかっていたはずだ。

明日、天宮にちゃんと謝ろう。退部の件とかがどうなるかはわからないけどとにかくそれだけはする必要がある。

「兄ちゃん! 確認終わったか? 今日はママ早いからそろそろ帰って来るぞ」

「ああ、わかってる。ありがとう」

律花に言われて部屋を出る。

「えっ泣いてる」

すれ違いざまに律花がぎょっとしていた。


夜10時

塾の自習室での勉強と体験授業が終わって、帰宅した。家の玄関前で鞄から鍵を探す、と同時にあることに気づく。

リビングに母さんと向き合って誰か座っている。椅子と布の擦れる音の具合から着ているのは制服だ。しかもスカート……

「律さんと部活の件ですがー

天宮の声がした。

俺は家の中へと鉄砲玉のように駆け出していた。

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