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私のおほ声を聞け!  作者: 冷泉秋花
ASMR制作編
95/251

君に雨が降る

 丸いテーブルに二人で向かい合って座る。店内は涼しく、目立たない角の席をとった。暖色の照明と木を基調とした喫茶店で知らないクラシックが流れている。隠れ家的な雰囲気のあるこの店はお昼時だがそこまで混雑していない。満席ではあるが人が並んでいるわけでもなく慌てて出ることもない。

「よくこんな店知ってたな」

「ふふっ、この辺りの穴場は大体知ってますよ。私の開拓精神を舐めないでください」

「そうか。そのエネルギーが性癖の開拓に向かったのが残念だよ」

 メニューを見るとホットコーヒーだけでも4種類あった。ランチメニューやスイーツも魅力的なものが充実しており、非常に悩ましい。オムレツ、オムライス、カルボラーナ、カレー、本当に選べない。

「お前、こんないい店知ってるなら早く教えろよな」

「ここは私の知っている場所でも特にお気に入りなので、本当に信頼できる人にしか教えていないんです。律さんは記念すべきその一人ですからありがたく思ってください」

「……そうか。なんかありがとな」

 なんだかむず痒いので再びメニューに集中する。

「天宮は何にするんだ?」

「私はカルボナーラとブレンドのホットコーヒー、食後にチーズケーキですね。律さんは?」

 こいつ、なかなかやるな。実に羨ましいチョイスだ。真似したいところだがそれは俺のプライドが許さない。

「オムレツとブレンドコーヒー、デザートは4種のタルトで」

「へえ」

 天宮が俺の目を見る。どういう意味の視線だろうか。

 すぐに天宮が目を逸らし、静かに手を挙げて店員さんを呼んで注文をした。

「律さん、コーヒーは食後にしますか?」

「いや、祝辞と一緒に飲みたいから料理と一緒でいいよ」

「若いました」

 俺の注文までまとめて天宮がしてくれた。さっきから少しこなれていうる感じがしてかっこいい。

 

「特典、開けていいですか?」

 注文が終わり料理が届くまでの間、天宮がソワソワしながら映画館でもらった特典の袋を握っている。

「こっそりな」

「はい!」

 テーブルの下で隠れるようにして特典の袋を開ける。

「おっ、これは当たりだな」

 文子と隊長がラストで再会したシーンのシルエットが描かれたコンドームだ。なかなかおしゃれなデザインになっている。こうなってくると他のイラストは何があるのか気になるな。

「私もこれは当たりですね。せーので見せましょうか」

「わかった」

 互いに袋に手を突っ込んだまま見つめ合う。

「せーの!」

 天宮の手には俺と同じ文子と隊長のイラストが描かれたコンドームが描かれている。

「え~! 被りじゃないですか。他のデザインも見たかったのに」

 文句を言いながら天宮はコンドームを財布の中に入れて、袋をバッグに入れた。俺も真似をして財布にコンドームを入れる。入れる場所が恵先輩の写真を入れている場所しかないのでそこに入れた。

 なんかちょっと背徳感がある。

 写真の中の笑顔の恵先輩の隣にコンドーム、見つかったら絶対になんか言われるな。そう思いながら外袋をポケットに突っ込もうとすると袋にQRがついていることに気づく。

「これ、袋にあるQRから他のデザイン、見れるらしいぞ」

 QRを読み込んだスマホをテーブルの上に置いて二人で覗き込む。

「ふたなり化したゴ○ラのやつがいいですね」

「いや、最後に出てきたスク水メスガキイラストのやつだろ。このイラスト好きなんだよな、グッズ出ないかな」

「ホットコーヒーになります」

「わっすみません!」

 俺と天宮は慌ててスマホをしまう。それから続けてカルボナーラとオムレツがきた。

「食べましょうか」

「だな」

 お互いに料理に手をつける。オムレツとホットコーヒーの味は控えめに言って最高だった。もっと早く知っていれば毎日でも通いたい。

「オムレツ、美味しいですか?」

「ああ、美味しいぞ」

「へえ」

 天宮がまた黙って俺の目を見ている。

「食うか?」

「はい!」

 天宮がその場で口を開ける。これは俺に運べということらしい。

「あーん」

 オムレツを食べさせると天宮が恥ずかしそうにもじもじしながらこっちを見てくる。

「なんだか恋人みたいですね」

 そういえば、こいつはモラル0なのにこういうのは不慣れだったな。

「俺にもカルボナーラくれよ」

「えっ、あっはいどうぞ」

 天宮が照れながらカルボラーナを口に運んでくれる。うん、普通に美味い。

「律さん、少しは恥ずかしがってくださいよ。こっちだけ変じゃないですか」

「いつも振り回されてばかりだからな。たまにはいいだろ」

「別に振り回してませんよ!」

 天宮の戯言はスルーして食事を進める。

 その後に来たデザートのタルトやチーズケーキもシェアした。デザートを食べ終わったタイミングで天宮がバッグから小さな箱を取り出した。

「律さん、これどうぞ」

「これは?」

 天宮がニコニコして何も言わないので受け取って中身を開く。そこには一本の USBが入っていた。

「前に部室で録ったものです。編集が終わったので律さんに」

「わざわざUSBで……データだけでも良かったのに」

「記念すべき1本目なので形に残したいと思って」

「そうか。これみんなにも?」

「いえ、これは律さんだけです」

「そうか、なんだか悪いな。USB代は払うよ」

「いえ、要りません。今日聞いて明日にでも感想をくれればそれでいいです」

「そうか、わかった」

 俺はポケットに大事にそれをしまった。

 それから二人でデザートの残りを食べてから店を出た。

 その時にまた来ようと言う天宮の言葉に曖昧な返事をした。


 店を出ると空はどんよりと曇って今にも雨が降り出しそうだった。

「次はどこに行くんだ?」

「ちょっと天気が悪いですけど、行きたい場所があるんです。付いてきてください」

 天宮の横を歩く。

「ゲームセンター、映画館、喫茶店、どれもあんまり縁がなかったな。まぁ、俺が籠って勉強ばかりしてたからだが」

 なんとなく天宮も似たようなものかと思ったが意外と精通しているらしい。付き合いで行ったりしたのだろうか。

「次にどこ行くのか楽しみで仕方がないって顔ですね」

「まぁ、今日は楽しかったからな。期待も高まる」

「ふふっ、それはありがとうございます。でも次行く場所は別に楽しい場所じゃないですよ」

「どんなところだそれ」

 天宮は俺の方をチラッと見た後、何も言わずに黙って歩く。どうやら徐々に街から離れているようだった。高い建物がの数が少しずつ減り、住宅街がちらほら見える。

 かれこれ10分程度道を進むと、少し先を歩いていたら天宮が足を止めた。

「着きましたよ」

 そこには少し広い公園があった。緑に溢れており、公園内の石畳の道を覆っている。地面に少し大きい石が等間隔で埋めてあったり、人工的な小川もあり規模は小さくない。ただ石には苔が生え、小川には水が流れておらず少し濡れた跡だけが残っている。

 今は天気が悪いせいか人は誰もいない。

「昔はここでよく子供達が遊んでいたみたいですよ」

「まぁわりと大きい公園だしな。ただその言い方だと、もしかして人がいないのは天気のせいじゃないのか?」

 等間隔に並んだ石の上を歩いて渡りながら天宮は話す。

「開発が進んで住宅地が増えたことで騒音トラブルになったそうです。怪我防止で遊具も減ったみたいで今はあそこのベンチだけ。今はゲームなんかもありますし、わざわざ近隣住人と揉めてまで公園で遊ばないんでしょうね」

 俺はそのベンチに座った。

「そうか。じゃあ天宮はなんでここに?」

「こうやって公園が廃れるのは残念ですが、1人になりたい時はちょうどいいんです」

 石の上からこちらを見ている。

「なら俺がいたら意味ないだろ」

「別に今は1人になりたいわけじゃないからいいんです」

「そうか」

それだとどうしてここにきたかの答えがわからなくなるがなんとなく言及するのはやめることにした。

「しんみりしちゃいましたね。次の場所に行きましょうか。カラオケなんてどうですか? なんだかんだで一緒に行ったことないですし」

 天宮が誤魔化すように笑う。その時、雨が降り始めた。

「雨ですね、早く行きましょうか」

 ポツポツと降るその雨は堪えていたものが溢れるように少しずつ力を強める。

 俺は時計を見る。ここから家に帰って支度をし塾に向かうならこれ以上は遊べない。それに雨も降ってきた。ここらが潮時だろう。

「天宮、今日はもう帰らないといけないんだ」

 地面を眺めて話す俺に天宮の表情はわからない。

「何か用事が? 」

 天宮の声が心なしかいつもより静かに聞こえる。

「……塾があるんだ。今日から行かなくちゃいけなくて」

「……そうですか。じゃあ残念ですけど今日はお開きですね」

 天宮が石から地面に飛ぶ音がした。俺はベンチから動かない。

「どうしたんですか?」

 天宮のそう聞かれて、どことなくここできちんとここで話さないといけないような気がした。息を吸い、手を祈るように握り込む。そして覚悟を決めて話すことにした。

「それで……部活辞めるんだ」

「……」

 何も聞こえない。雨が服を少しずつ重くする感触だけがする。

「親が学校終わったらすぐに塾の自習室に行けって言ってるんだ。部活のことも話したけど、認めないって言われた。もしこのまま部活を辞めないなら転校させるって」

 雨が本格的に降り始めた。流石にこれ以上濡れるのは良くない。移動するためにベンチから立ち上がると天宮が目の前に立っていた。

「だからもう部活には行けない」

 念を押すように言う。

「その話、昨日突然言われたわけじゃないですよね」

「……」

 天宮から目をそらす。俺がずっと感じていた罪悪感がだんだんと形になるのを感じる。わかっている。俺がずっと感じていた罪悪感は部を辞めることじゃない。

「結局、律さんはいざって時に私たちを頼ってはくれないんですね」

 何も言い返せない。そうだ、風紀委員会との戦いで偉そうに恵先輩には言っておいて自分はこのざまだ。人に自分の個人的な悩みを打ち明けるのはとても怖い。ずっと一人でなんとかしてきた、なんとかしようとしてきた人間には特に怖い。

 自分の悩みを知られることも話した結果、誰にも助けることができなくて結局は一人で戦わないとならない現実を突きつけられるのが怖い。だから自分一人で解決するという楽な方向に逃げる。結局のところ、俺は何も変わっていなかったのかもしれない。

「天宮、風邪ひくから」

 俯いたまま雨にぬれてじっとしている天宮を動かそうとするとふいっと避けられてしまう。そのまま天宮は公園の出口へと一人で向かった。

「……今日は帰ります」

 雨に濡れながら帰る天宮を引き止めることは俺にはできなかった。

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