表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私のおほ声を聞け!  作者: 冷泉秋花
ASMR制作編
94/251

曇天の日曜日

 日曜の朝7時 一ノ瀬律の部屋

 起きて洗面台に向かう。洗顔と歯磨きをいつもより念入りに行う。

 せっかく日曜日だと言うのに朝から空は曇っている。鏡に映る顔が暗いのもそのせいかもしれない。陰りを払うようにもう一度、顔を洗った。

 平日の仕事の疲れからか日曜日は両親とも起きるのが遅い。無人のダイニングで朝食を適当に済ませる。

 自室に戻るとそこには律花がいた。

「どうしたんだ、こんな時間に」

 律花は俺のクローゼットを漁って服の組み合わせをいくつか作っている。

「どうしたもこうしたもないぜ兄ちゃん。どうせ昨日みたいに0コーデしていくつもりだろ?」

「兄ちゃんの安牌コーデをそんな風に呼ぶんじゃない」

「自分で安牌コーデって言ってるじゃん。清乃ちゃん、楽しみにしてたんだからちゃんとして行きなよ」

「……そうか」

 天宮が楽しみに、か。ただ単に映画を見たいだけじゃないか?

「だからそんな辛気臭い顔するなよ。何があったかはわかってるけどさ……」

 律花が服を俺に合わせながら言う。少し前までは俺が律花の心配をしていたのに今では全く逆だ。

「そうだな。ありがとう、律花」

「お礼を言われるようなことは何もできてないよ」

 それから律花は小さく頷いて服を決定した。

 青の上着に皺一つない真っ白なシャツ、ストレッチ素材の紺色のボトムを渡される。

「こんな服あったんだな」

「兄ちゃんがいっつも同じ服着るから気づいてないだけだろ」

 まあ確かに洗濯してタンスに入れた一番上にあるものを引っ張って着るからな。つい同じ服になってしまう。

「受験は上手くいきそうか?」

 支度を進めながら聞く。

「まぁ、今のところは大丈夫そうだな。清乃ちゃんも教えてくれるし。強いて言うなら論説系がまだ苦手かな」

 そういえばずっと前に天宮も言ってたな。しばらくすれば書けるようになるって言っていたが手こずってるのか。

「何か困ったことがあったらすぐに言えよ」

 律花は何か言いたげに小さく口を開いたが、そのまま言葉が発せられることはなかった。

 そして、出発の時間を迎えた。


 映画が始まるのは10時で、9時に駅前で待ち合わせしている。今は8時30分、まだ少し時間がある。

 時間があるとどうしても昨日のことを考えてしまう。今日は18時から塾に行かなければいけない。天宮に何て言って抜け出そうか。

 それだけではなく部活のことも言わないといけない。昨日の話し合いで分かったがこれはもうどうにもならない。あるのは退部か転校の選択肢ぐらいだ。


「律さーん!」

 向こうから馬鹿みたいに明るい声がする。天宮だ。おれは律花に言われたことを思い出して頭を切り替える。最後くらいちゃんと楽しもう。

「おはようございます! 大トリの登場ですよ! あれ?なんか元気ないです?」

 天宮は白いワンピースに革の紐がついたおしゃれなバスケットバッグを肩からかけている。

「こんな朝から元気なのはお前ぐらいだ。早く行くぞ」

 天宮と並んで歩き出す。

「そういえば、このまま映画館でいいのか? ずいぶん早く着くと思うが。ご飯とかは大丈夫か? 俺は食ってきたが」

「隣接してるゲームセンターで時間を潰しましょう。ご飯の方は私は軽く食べてきたので大丈夫です。それに映画館でポップコーンとホットドッグ食べますから」

 映画館でホットドッグ食べる人って本当にいるんだな。普通に映画見る時に邪魔じゃないかあれ。

「あれ? こいつ、めっちゃ食うなって思いましたよね今」

「別に思ってない。ただホットドッグは食べづらくて映画観る邪魔にならないかと思っただけだ」

「甘いですね、律さん。ケチャップより甘いですよ」

「無理やりホットドッグに絡めるな。ケチャップは甘いイメージないだろ」

「うるさっ! この人うるさいです! ちょっとお巡りさん! この人、ツッコミスピード違反です!」

「うるさいのはお前だ! 社会に迷惑かけるな!」

 エンジンがかかりきっている天宮の口を塞ぐ。にも関わらず天宮が口をもがもがさせるので手が唾液まみれになった。もうこいつの口を塞ぐのやめよ。

「律さん、ハンカチどうぞ」

 天宮が何事もなかったように爽やかな笑顔でハンカチを取り出す。半ば奪い取る形でそれを取って、手を拭いた。

「そういえば、『不感症の僕の妻がチャラ男に寝取られる夜 19』見ました? チャラ男に完全に堕ちちゃいましたね」

「ああ、あれな。きりがいいから20までいくかと思ったら急に19で終わったよな」

「ですねー。最後の豚コスは最高でしたけどね」

「もう俺はお前に何も言わないよ」

 天宮の性癖のイカれ具合はともかく、最後の豚コスが最高だったのは同意だ。

「そういえば『不感症の僕の妻がチャラ男に寝取られる夜』といえば菊門寺先輩だな。あの人、この作品のファンなんだよ」

「菊門寺先輩って風紀委員会副委員長の方ですよね? 真面目そうなのに意外……でもないですね。ザむっつりって感じです。今度、感想交換してみるのもいいかもしれません」

「やめとけよ。あの人、早苗が堕ちないのがいいって言ってたから多分話合わないぞお前」

「それは残念ですね。そもそも堕ちないNTRに何の価値があるんですか。なんなら堕ちた後の無様な姿がいいんじゃないですか。一番初期の澄ました姿と堕ちた後の姿、見比べるのが一番楽しいんですよ」

 天宮と菊門寺先輩は合わせないほうが良さそうだな。そんなくだらない理由でまた風紀委員会と戦うなんてごめんだ。


 そんな話をしながら俺たちは映画館に着いた。

 今は発券しなくてもスマホのバーコードだけで入れるらしく、俺たちはそのままゲームセンターへと向かった。

「ゲームセンターなんて久しぶりにきたな。どうする? 何して時間潰す?」

「ゲーセンに来たらあれしかないですよ。ほらっ行きましょう」

 天宮が向かう先にはプリクラがある。プリクラか、実際に撮ったこと一回もないな。ゲーセンに来てプリクラを撮るなんて天宮も可愛いところがあるじゃないか。そう思いながらついていくと天宮はプリクラ、ではなく隣の釣りゲームの台にいた。

「これ、100円だけじゃなくてメダルも入れられる機体ですよ、ラッキーですね!」

「いや知らん。えっ今からこれやるの? プリクラは?」

「あープリクラですか。律さん、撮りたいんです?」

「いや別に」

 呆れつつも天宮が100円玉を入れてゲームを始めたので俺も隣に座ってゲームを始めた。


 10分後

「おい! もう一回電撃入れろって!」

「コインが足りません!」

「仕方ない!」

 天宮の横に入り、自分の財布から100円玉を入れる。

 その隣で天宮は大物を釣り上げようとリモコンのリールを全力で回している。俺の方はこの大物に何度も釣り糸を口ちぎられてしまったので釣れそうな天宮を自分の竿をほったらかしで全力で応援していた。

「釣れましたー!」

「よしっ!」

 ゲーム台では大きな龍みたいな魚が釣り上げられたエフェクトと200枚コインゲットの文字が出ていた。周りでプレイしていた子供達も歓声を上げている。

「やりましたね」

「ああ」

 隣の天宮はほんのり汗をかいている。激しい動きで乱れた白いワンピースの隙間から上気した肌がチラリと見える。慌てて目を逸らした。

「おい、天宮。とりあえずなおせ」

「えっ、あっはい! すみません」

 天宮が服をのしている間、時計に目をやる。

「っておい天宮、時間! ホットドッグ買うんだろ!」

「あっ本当です! 行きましょう! これどうします?」

 天宮が排出したメダルでいっぱいになったカップを持っている。

「これ、うまいこと使ってくれ」

 時間がないためそのカップを近くの小学生に渡して、俺たちは映画館へと駆けた。


「いやあ間に合いましたね」

「ああ、意外とすんなり買えてよかった」

 まだ予告も始まっておらず映画館の中は少し明るい。

 天宮はコーラ、ホットドッグを持って準備している。俺もコーラを買った。今、手元にある塩のポップコーンのXLは天宮の提案で割り勘して一緒に食べることになった。

「入場特典ってネタバレを含むって買いてあっても開けたくなっちゃいますよね」

「ああそうだなって、開けるなよ!」

 中身の見えない銀の袋を天宮が開けるのを制止する。それと同時に映画館が暗くなり予告映像が始まった。

 まだ予告にも関わらず、天宮がどんどんとポップコーンを消費し、3割程度食べ切ってしまった。ペース配分とか気にしないらしい。ちなみに俺はまだ一つも食べていない。俺はポップコーンの蓋を手で押さえた。

「っ!」

 手が触れてそのことに気付いた天宮が俺の手を避けてポップコーンを取ろうとする。しかし、俺も負けじと手を動かして防ぐ。本編が始まるまで無言の攻防が続いた。


『ゴ○ラの射精を確認! しかしまだサイズは大きいままです!』

『もっと射精させろ。エロ大国日本の力を見せてやれ!』

『しかしこれ以上射精させれば、下の街が精子で沈んでしまいます!』

『構わん!』


『文子! 捕まれ! 精子に流されるな!』

『あなた! もう離して』

『ダメだ! 諦めるな!』

『大丈夫よ。たとえこの精子の濁流に飲まれても必ずあなたと再会するわ。そう、それは1億2000個の精子の一つがたった一つの卵子と巡り合うように』

『文子――!』


『ゴ○ラの弱点はスク水ロリっ娘です! 急いで増産を!』


『ゴ○ラ、完全に無害化。短小包茎ち○こ並のサイズまで縮小! 人類の勝利です!』

『うおおおおおおお!!』


 スタッフロール&主題歌 梅津菅師『ペドフィリア』


 映画が終わった。隣で天宮が号泣している。俺もゴ○ラの精液に流された文子とその恋人のゴ○ラふたなり化作戦隊長がラストで再会したところは泣きそうになった。しかし、途中で見た天宮のホットドッグを一口で口の中に押し入れる技が脳裏に焼き付いて感動を半減させてしまった。なのでまた今度、じっくり見にこようと思う。ちなみに途中でポップコーンを取る手が何度も天宮の小さな手と触れたのは映画に集中できなかったことと全く関係ない。

「出ましょうか」

「だな、ちなみに映画の特典はなんだ?」

「確か、イラスト付きのコンドームらしいですよ。何種類かあるそうでネタバレになるから絵柄は開けるまでわからないんです。これからお昼ですし、そこで開けましょうか」

「お店の迷惑にならないようにこっそりな」

 俺と天宮は映画館をでて近くの喫茶店に向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ