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私のおほ声を聞け!  作者: 冷泉秋花
ASMR制作編
92/252

恵先輩とボート

 恵先輩に連れられてやってきたのは大きな池のある公園だった。バスを乗り継ぎ移動した街から少し外れた場所にあるこの場所は土曜日にも関わらず静閑としている。

「静かでいい場所でしょ? 疲れた時にたまに来るんだ」

「へえ、こんな場所が」

 先輩と手を繋ぎながら池の周りをゆっくり歩く。

「あっあった。あそこのボート。一緒に乗ろうか」

 見ると白鳥のボートがひっそりと池の上に浮かんでいる。近くにある無人の集金所にお金を入れてボートに乗り込んだ。

「これ、お金払わなくても乗れそうですよね」

「ふふっそうだね」

 ペダルをゆっくり漕ぎながらぼんやりと話す。

「こうして二人でゆっくり話せるなんて少し前では考えられないね」

「そうですね、すごく激しい戦いでしたから」

 再び静寂。風とそれに揺られる草木の音が心地いい。

「これからもこのぐらい平和だといいんだけどね」

「まあ確かに、もう怪我はしたくないですね」

「それはそうだ。まあ学校であんな怪我する機会なんてそうないし普通にしておけば大丈夫だよ」

「普通に……過ごせますかね?」

「さあね、律くん次第じゃない? 君って平穏よりドタバタしている方が実は好きでしょ?」

「そんなことないですよ。俺は静かに暮らしたいと思ってます。ただ天宮とか綾乃先輩が問題を起こすのに巻き込まれているだけです」

「本当にそうかな」

 恵先輩が笑う。

「そういえば、なんか夜の大運動会?みたいなことを聞いたんですけど知ってますか?」

「ああ、もちろん知ってるよ。部費をめぐって戦うんだ。風紀委員会も今年は参加するみたいだよ。まあこの間の件で大幅に予算を削られてしまったからね」

「へえ、恵先輩も出るんですか?」

「どうだろう、そこまで話は進んでいないみたい。昼にある普通の運動会の準備で風紀委員会も忙しいからね」

「なるほど。他人事みたいな言い方ですけど、先輩あ忙しくないんですか?」

「僕はもうお飾りだからね。美咲ちゃんたちに任せてるよ」

 やっぱり美咲ちゃんはすごいんだな。

「律くんは昼の運動会は見学なんだってね」

「はい。出ても足手纏いですし、病院から安静にて言われてますから」

「そっか。そういえばASMR部は夜の運動会出ないの? もし出るなら風紀委員会の方には出れないって言っておく必要があるんだけど」

「どうなんでしょう。部長は天宮ですからあいつの判断次第です。ただ、あいつからまだその話を聞いていないので夜の大運動会の存在を知らない可能性もありますね」

「教えなくていいの?」

「教えたら絶対に出るって言うじゃないですか。あいつ」

「たしかにね。お祭りとか好きそうだし」

 この間のニーソ先輩曰く夜の大運動会は内が苛烈らしいから俺としては出たくない。

「そろそろ一周し終わっちゃうね」

「本当ですね。ゆっくり漕いでいたからもう少しかかると思ったんですけど」

「ねえ、律くん」

 先輩が俺の足に手を置く。俺はなんとなく漕ぐ足を止めた。

「僕といて楽しい?」

「それはもちろん」

「それは綾乃ちゃんや天宮ちゃん、千春ちゃんと比べても?」

 先輩は俺の足元を見つめている。

「ごめんね、答えづらいよね。でもやっぱり考えちゃうんだよ、そういうこと。こういうものの考え方がいろんなことを台無しにしちゃうこともわかってはいるんだけどね」

 前の戦いの時に何か一つの価値基準で全てを捉えてしまうのは悲しいことだと先輩に言った。そのことを先輩も生活の中で少しずつではあるが噛み砕いていっていて、今はその最中なんだと思う。

「大丈夫ですよ、先輩。みんなといる時も恵先輩といる時も同じくらい楽しいですから。だからこれからもずっとみんなで楽しいことやっていきましょう。そうしているうちに何か答えが出るかもしれません」

「そうだね……この前の一件のことも含めていつも本当にありがとう。何か恩返しができるといいんだけど」

「いいですよ、そんなこと。俺のほうこそいつも部活に来てもらえたり今日も遊んでくれたり、楽しいですし感謝してますから」

「それを言うなら僕もだよ。だからね、困った時は頼ってほしい。こんな僕だけど先輩だからさ」

「恵先輩……」

 ずっと心に引っかかっていた親と塾の話。もしも俺がこのまま親の言うことに従ったら、そして従って部活に行けないあるいは辞めることになったら先輩は悲しむだろうか。先輩だけじゃなくて他のみんなも。

 仮にどうしても辞めることになっても、ここで黙っておくのは物凄い裏切りになるのではないだろうか。

「あの先輩、実はー

 ガコンッ

 気づけばボートが船着場に到着しボートが橋にぶつかった。衝撃で互いに前のめりになる。

「いたたっ」

「大丈夫ですか!? すみません、俺が気づかなかったせいで」

「ううん、平気。それよりもさっき、何か言いかけてなかった?」

「ええっと、それは大丈夫です。大したことじゃないので」

「そう? ならいいけど」

 それから二人でボートをおりた。

「ここからはどうしますか?」

「う〜ん、本当はもっと遊びたいけどいい時間だしね」

「そうですか? 夜まで遊べばもっと行けそうですけで」

「うん、そうなんだけど遠慮しておこうかな。今から待ちに戻るくらいでちょうど千春ちゃんと同じくらいの持ち時間になるんだ。そこは平等にしたくて」

「そうですか」

「もっと一緒にいたかった?」

 先輩が意地悪な笑顔を浮かべている。

「はい、もっといたかったです」

「もう! そんな度直球でこないでよ……それは僕ももっと一緒にいたいんだからさ」

 先輩が恥ずかしそうに顔を隠す。

「帰りましょうか」

「うん」

 再び手を繋いで二人でゆっくりと歩き始めた。

 パキュン

「痛っ!」

「また? どうしたの?」

「いえ、なんでもないです」

 また、お尻に痛みが走った。というかさっきと違って静かな公園だからわかる。近くに何人かこちらのようすぉ伺っている人間がいる。耳を澄ますと小さな声が聞こえる。

「ターゲット、未だミッションを達成していません。撃ちますか?」

「よし、撃て」

 パキュン

「痛っ!」

 美咲ちゃんと椿先輩だ。集中すると二人以外にも風紀委員会の奴らがいるのがわかる。振り返って考えてみるとパフェの店で手を繋がないとどうのって言ってたの水野さんと菊門寺先輩の声だった。

 というかミッションってなんだ。

「本当に大丈夫? かなり痛そうだけど」

「大丈夫です」

 ミッション、ミッション、ええっと何かやってないこと。

「セット」

 まずい、次弾が来る。ええっとなんだ!? 先輩を見る。やってないことは

「先輩、今日の服すごく似合ってます!」

「えっ!? ああ、ありがとう!」

 先輩が笑顔になる。そして、次弾はこなかった。

「よかった。帰りましょうか」

「? そうだね」

 こうして恵先輩とのデートが終了した。風紀委員会には絶対に苦情を入れよう。

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