恵先輩とパフェ
「ええっと、待ち合わせ場所は……」
少し先にある開けた広場だ。このまま行けば時間に間に合いそうだ。
「先輩、急いで!」
近くで聞き覚えのある声がする。
「待って美咲ちゃん! そんなに早く走ったら汗かいちゃうよ〜」
「私たちは別にいいんだよ! 今日はサポートとしてー
「美咲ちゃんに椿先輩じゃないですか。こんなところでどうしたんですか?」
「げっ一ノ瀬律!」
制服姿の美咲ちゃんがいた。その少し後ろから椿先輩がフラフラと走ってきている。
「はあ、はあ、美咲ちゃん! やっと追いついた……って一ノ瀬君!? ねえこれってまずいんじゃ」
「先輩はとにかく何も喋らないで!」
美咲ちゃんが椿先輩の口を塞いだ。
「二人ともどうしたんですか?」
「どうしたってお前こそどうしたんだ? 私は椿先輩と買い物に来ただけだ」
「ああ、偶然ですね。俺はこれから恵先輩とデートなんですよ。羨ましいでしょう?」
「浮かれやがって気持ち悪いな。そんなんで大丈夫なのか?」
「大丈夫ってどういう意味ですか?」
「デートはうまくいくのかって言う意味に決まってるだろ。まさか、私たちと会ったことを話のネタにしようなんて思ってないよな」
「えっダメなんですか?」
「せっかくこれからデートだって言うのにお前は他の女の話から始める気か? あの人、意外とそういうの気にするからな」
「なるほど。勉強になります」
これは危なかった。流石は先輩、実に役に立つアドバイスだ。
「わかったら早く行け。お前の脳みそフル回転させて委員長を楽しませてこい」
「はい!」
もう待ち合わせまで時間もないので二人のもとを後にする。
「おい。前に病院で言ったのは冗談だ。別にタメ口でいいぞ」
「あれ? もしかして寂しいんですか?」
「うるさい! さっさと行け!」
やっぱり美咲ちゃんはなんやかんや言って欲しがりだな。こんなことを言ったら殴られそうだから言わないけど。しかし二人と会うなんてすごい偶然だ。
そんなことを考えていると本当に時間がなくなっていた。そのまま俺は待ち合わせ場所まで走った。
「すみません、待ちました?」
「いや全然、今来たところだよ」
広場の噴水前、先輩の服を見る。白のルーズな5部袖シャツ、黒のワイドなズボンで可愛いらしい印象だ。黒いショルダーバックも似合っていて、可もない不可もないコーデの俺が少し恥ずかしくなる。
「じゃあ行こうか」
「はい」
先輩が歩き始め、そこに続く。人が多いため逸れないようにくっついて歩く。
「今日はどこに行くんですか?」
「内緒!」
「他のみんなも内緒にしてー
パキュン
「痛っ!!」
お尻に何かが勢いよく当たった。なんだ!? 周りを見るがそれらしいものはない。ただ地面に何かが粉々になった跡がある。なんだこれ。
「どうかしたの?」
「いや、お尻に何か当たって」
「お尻に? 大丈夫?」
「ああ、はい大丈夫です」
お尻をさすりながら答える。確かに痛かったけど虫刺されって感じでもないし後に引く感じでもないからいいだろう。本当になんだったんだ。
「そういえばさっきはなんて言おうとしたの?」
「いやいいんです」
よく考えてみればさっき美咲ちゃんに言われた通り、他の人の話をここでするのも微妙か。なんならさっきはお尻に痛みが入ってラッキーだったかもしれない。
それから二人でしばらく歩く。なんだか見覚えのある景色だ。
「あ〜、デートなら普通は手を繋ぐわよね。というかデートなのに手を繋がないとかありえないわ」
「ですね。デートなのに手を繋がないことが一度でもあると、一生童貞のままになる呪いがかかるらしいですよ」
人混みの中でそんな話し声が聞こえる。ふむ、確かによくないかもしれない。別に一生童貞の呪いなんか信じてないし怖くもないが一理ある。
恵先輩の手を握る。
「! ちょっと律くん、恥ずかしいよ」
「嫌ですか?」
「嫌じゃないけどさ」
少し恥ずかしそうにしながら先輩が顔を背ける。
「律くんはお昼食べたよね? 今からどうしても食べに行きたいものがあるんだけど大丈夫?」
「もちろん大丈夫ですよ」
少し前に千春とパフェを食べたが二人で分けて食べたから少しだけ余裕がある。流石にそんなにガッツリは食べないだろうし大丈夫だろう。それに千春と食べたから無理なんて言ったらまたお尻に痛みが走りそうな予感がする。
「よかった! じゃあ行こう」
「はい」
先輩と手を繋いで歩く。非常に楽しいのだが、見覚えのある景色が次々と現れてとてつもない不安が襲う。まさか、そんなことあるわけないよな。
「あそこ! よかった、まだやってた」
先輩が指差す方向を見るとカフェ、それもさっき千春と一緒に来たお店があった。
「先輩、ここに来た目的はアレですよね。普通にケーキとかー
「ううん、パフェを食べに来たんだ。あれ?もしかして嫌いだった?」
「いや全然そんなことはないですよ」
パフェ……まあ胃が少しきついそれは問題ない。問題はそのパフェが
「ここのカップル限定のが食べたかったんだ」
だよな。
「でもやっぱり僕だと断られちゃうかな」
「絶対そんなことはないですよ。ああいうのってよっぽどのことがない限り断ったりしないでしょうし」
そう言うと恵先輩は少し笑って「ありがとう」と言った。そう、別に恵先輩は問題ないのだ。ただ、俺が問題だ。
「は〜い、次の方、注文どうぞ」
「このカップル限定のパフェください。律くんは飲み物コーヒーでいい?」
「ああ、それで大丈夫です。お金は俺が出しますね」
「あれ? ここって前払いなんだ。っていうかそうだお金! 僕が連れてきたんだから僕が払うよ!」
「それだけは絶対にダメです。俺が払います」
先輩の目を見て、力強く言う。さっきは成り行きで千春に払ってもらった。もしもさっきの店員がいたら違う子をカップルとして連れてきてお金を払わせているヤバいやつになってしまう。
結局、俺のゴリ押しでお金を支払うことになった。人気で今日はさばく客の数も多いらしく俺が再びきていることに気付かれてはいないみたいだ。会計は無事に終わった。
そして千春の時と同様に撮影が始まる。
「は〜い、カップル証明写真撮りますね……あれ?」
カメラのお姉さんが手を止める。そしてレンズから目を離して俺の方を見る。俺は目を逸らすがすでに遅くお姉さんの視線が痛い。
「君……そういう感じ?」
「本当にすみません。事情があるんです」
隣で恵先輩が不思議そうな顔をしている。お姉さんは非難するような目で俺を見たが、後が使えているのですぐに撮影に戻った。
「いやあ来れてよかった。写真も撮れたし!」
そう言いながら先輩がスマホケースの中に写真を入れる。千春と打ち合わせでもしたのかという一致ぶりだ。そして例の如く、先輩が俺の手元を見ている。ここでスマホを取り出すのはまずい。ということで俺は財布を取り出して一番目立つところに写真を入れた。
「財布か……まあいいや。それよりパフェ来たよ。食べよ!」
「ですね」
さっきと全く同じパフェが来る。正直見るだけでもきつい。
「美味しい!」
先輩が美味しそうにパフェを食べる。俺は食べていないことを悟られないように様子を見ながら少しずつ食べた。意外と先輩が食べてくれたおかげでしっかり完食できた。
「この後はどうします?」
「ふふっ行きたいところあるから、まだまだ付き合ってもらうよ」
「もちろんです」
コーヒーを飲み終わり席を立つ。立ち上がる時に他にも不自然に慌てて席を立つような音が聞こえたような気がしたが今は先輩とのデートに集中することにした。
そうして先輩と再び手を繋いで歩き始めた。