千春とパフェ
土曜日 朝9時
今日は朝から街の方へ出ている。ジーパンに白シャツ、淡いブルーの薄い上着というシンプルな格好。律花には可もなく不可もないと言われた。お兄ちゃんのデート服に何てことを言うんだ。ひどい。
今日の待ち合わせの相手は千春だ。俺が待ち合わせ場所に着くとすでに千春がきていて前髪を整えていた。
服装はいわゆるカジュアル系でクールな千春によく似合っている。白いスカートも夏らしくてかなり映えていた。
「すまない、待たせたな」
「ううん、今来たところ! 時間もないし早く行こ!」
千春に手を引かれて人の多い町通りを歩く。
「今日はどこに行くんだ?」
「今日はショッピング。色々と考えたとやけどこのあとは恵先輩とも遊ばないかんけんそんなに遠くにはいかんほうがいいやろ?」
そんなところまで気を遣わせていたのか。なんだか申し訳ないな。
「行きたいところがあるなら言ってくれ。また今度行こう」
「うん、楽しみやね!」
手を繋いで二人で歩く。今日の千春はとても機嫌が良さそうでさっきからずっとニコニコしている。
「何かあったか?」
「何かっていうか、今が楽しくて。だって律と知り合ってからこういうことなほとんどなかったやろ?」
「まあ、基本的に病院にいたからな」
高校一年生という貴重な時間を田中さんの解析と好感度アップに上げてたことは後悔しかない。もしもギャルゲーなら6週目くらいのプレイングスタイルだ。
「そういえば、今日の服の感想聞いてないかも」
千春が意地悪そうな表情で俺の方を見る。
「ああ、もちろん可愛いぞ」
千春はニンマリしてから頭を俺の腕につける。ふんわりといい香りがした。
「律花ちゃんに教わった?」
「……バレたか」
なぜか今日のことを知っているらしく出発前に律花にはいろいろなことを言われた。服は褒めろ、車道を側を歩け、余計なことは言うなとか。全く兄ちゃんのことをなんだと思っているのやら。
「じゃあまずはあそこのお店入ろう!」
千春に引かれて入ったのは都会の巨大なビル。主にファッションを扱っているようで普段滅多に入らないため、少し緊張する。
入ってすぐの店で千春が立ち止まって服を手に取った。
「ねえこれ似合う?」
クリーム色の薄いカーディガンを当てて千春が尋ねる。まだ暑さが残るから分かりづらいがもうすぐ秋か。あっという間だな。そう考えると夏に天宮や千春と会えて本当に良かった。本当は春にいや中学でも一緒だったらよかったんだがそれは欲張りというものだ。
「ちょっと律! 無視?」
「ああすまない。ちょっと考え事してたんだ」
「ふ〜ん、御園先輩や綾乃先輩のデートがそんなによかったんやね。それとも、もう恵先輩とのデートのこと考えとると?」
千春が口を尖らせていじけた素振りを見せる。
「いやそういうわけじゃなくて! ただ、千春と会えて今こうしていられるのが嬉しくてさ」
「はあ!? 急になんば言っとると!? もうっそんなこと言って誤魔化そうとしてもダメやからね」
「ごめんって、どうしたら許してくれる?」
千春が足を揺らしながら上目遣いで俺をみる。
「なら……私に似合う服を選んで。それで今度、その服着た私とデートして」
言うだけ言うと恥ずかしそうに千春がさっと目をそらす。その仕草がなんとも愛らしい。
「ああ、もちろんだ。じゃあ選ぶよ」
と言っても難しいな。こんなの律花に習ってないぞ。俺はしばらく悩んでから、白の長袖のニットにした。大きな黒いボタンと2本のグレーのラインが特徴的だ。
「へえ、律はこう言うのが好きなんやね。ちょっとき着てみて……いいや今度遊ぶときのお楽しみ!」
「そうか、気に入ってくれたならいいよ」
そうしてレジに向かった。値段は1万円近くして、互いに自分で払うと言って譲らなかったがさっきのお詫びということで俺が説得して支払わせてもらった。
「別に律に買ってもらおうと思って、言ったわけじゃなかけんね?」
「わかってるよ。俺が払いたかったんだし、値段も見ずに俺が選んじゃったのも悪いからな」
「う〜、じゃあお昼は私が払う! いい?」
「そうか? じゃあお言葉に甘えようかな」
そして他にも服や小物を見て回った後に建物を出た。
「えっもうこんな時間! あそこもあの店もまだ行けてないのに!」
「まあでもここ一つでも十分楽しかったからいいんじゃないか」
普段はこういうオシャレなお店なんか興味がないし、律花に付き合わされたりしても暇を持て余すことが多いのだが、今日は普通に楽しかった。ノリでお揃いの靴下を買う浮かれぶりだ。うっかり天宮にばれようものなら揶揄われること間違いなしだろう。
「お昼はあそこのカフェに入ろ!」
賑わっているカフェ、若い客が多い。というかカップル客ばかりだ。
「なんかそのカップルが多くないか?」
「そう? 気のせいじゃなか?」
そんなことはないと思うけど、千春が言うなら違うのだろう。まあ実際に俺たちもカップルではないしな。
店について列に並ぶ。
「ええっと、メニューはっと。俺は普通にコーヒーとパンでいいんだけど」
「律、私はこれが食べたいなあ」
千春がメニューに大々的に書かれているカップル限定パフェを指差す。やたらと色が多いし、ヤケクソと言わんばかりにハートが散りばめられている。なるほど、やたらと多いカップル客たちはこれが目当てなのか。
「別に普通のでいいんじゃないか? それに俺たちカップルじゃないし」
「これが食べたいなあ」
「わかった、わかった。でもこれ高いけど大丈夫か? 4800円ってー」
ぼっったくりと言おうと思ったが、律花の顔が脳裏をよぎり口を閉じた。余計なことは言わないでおこう。
「ねっお願い♡」
わざとらしく千春が舌を出す。まあ量的に二人分あるしこんなもんか。しかも千春がお金を出すって言っているんだし従うのが無難だろう。
「飲み物は何がよか?」
「あっじゃあコーヒーで」
そして千春が注文と会計を済ませる。へえ、前払いなのか。
「はーい、彼氏さん! カップル証明お願いしま〜す」
「は? なんだそれ」
そんな証明は聞いたことがない。もしかしたら数Ⅲの内容かもな、まだ習ってないし仕方ない。
「ほらっこっちに来て律!」
千春に引っ張られると目の前で店員さんがカメラを構えていた。
「ハート作って、こう!」
千春と俺で手を合わせてハートの形を作る。
「は〜い、カップル証明写真撮りますね」
周りからすごく見られていて恥ずかしいがまあ千春が非常に楽しそうに笑っているのでよしとするか。
撮影が終わると写真をそれぞれ渡された。これもパフェの代金に入っているらしくだから前払いなのだろう。千春がスマホケースに写真を挟んでいる。
「それはちょっと恥ずかしくないか?」
「律は嫌?」
「いや別に嫌ってことはないけど」
しかし、流石に男の俺がこれをスマホに入れるのはなあ。でも千春が俺の手をさっきからチラチラと伺っている。おそらく俺がこれをどうするつもりなのか気になっているのだろう。諦めてスマホに写真を入れると千春は満足そうに頷いた。
「おっ意外と美味しいなこれ」
「そうやね、律、はいあーん」
千春が促されるままに食べる。うん、美味しい。かなり甘ったるいがコーヒーと一緒に食べれば割と大丈夫だ。
そして、俺と千春はパフェを食べ終えた。
ピピピッ
「え〜もう終わり!?」
終了のアラームが鳴る。このあとは恵先輩と約束だ。なんだかやっていることがくず男みたいですごく嫌だな。次に遊ぶときはやっぱりみんな一緒かせめて日にちはバラすようにしよう。
「ごめんな、送ってあげられなくて」
「よかよ! 実はこの清乃ちゃんとこのまま遊ぶ約束しとるけん」
「そうか。ならいくぶんか罪悪感が紛れる気がするよ」
「私たちが勝手に付き合わせとるとやけん、そんなの感じんでいいとに」
千春が呆れたように笑う。
そして、食事を終えた千春と俺はそこで別れた。
「この服で遊ぶ約束、絶対やけんね!」
「ああ、近いうちに」
ここ数日間ずっと感じていたあの罪悪感を胸に抱きつつ、俺は恵先輩との待ち合わせ場所に向かった。