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私のおほ声を聞け!  作者: 冷泉秋花
同好会設立編
9/228

一ノ瀬律にとって大事な水曜日

 俺はここ数日、昼食を天宮と食べ放課後を千春と過ごす日々を送っていた。

 そして、今日は水曜日。

 天宮と一緒に妹である律花の勉強を見る約束をしていた日だ。

 勉強を見るといっても今日は過去問を実際に解くらしく、それを見ていてほしいということだった。

 今は二人で歩いて俺の家に向かっている。

「過去問って実際の入試問題のやつか?」

「いえ、去年と同じ外部模試の問題が私の家にあったのでそちらを解いてもらいます」

 うちは家の方針で塾には通わない。両親曰く学校の勉強を完璧にこなしていれば塾なんて行く必要がないということらしい。

 ただし、今回のような塾生以外にも開かれる模試には積極的に参加させてくる。

 周りとの差を確認することがどうのこうの言っていた。

「天宮も去年、受けてたんだな」

「まあ、何となく。他にすることもなかったですし」

「部活とか入ってなかったのか」

 6月7月ならギリギリ部活もあっているだろう。

「いえ、私は部活には入っていなくて。だから、同好会ができたら初めての部活動なんです」

 天宮が嬉しそうに笑う。

 ここ最近、山の中での時間に心奪われていたことに少し罪悪感を覚える。

 そういえば、最近の昼休みは天宮のおほ声指導ばかりで千春の話をしていなかった。

「千春のことなんだが、同好会のことはまだ決めかねているみたいだが関係は良好だ。もうしばらくすれば、入ってくれるかもしれない」

「千春?」

 天宮の足が止まる。

「ん?ああ、村上さんのことだよ」

「それは知っています。どうしてファーストネームで呼んでいるんですか!」

「なんか、呼んでいいって言われたからな」

「わかりました。じゃあ私のことも清乃って呼んでいいですよ」

「もう着くぞ」

無視する。

「ひどい!」

 天宮の文句を聞きつつ、俺たちは家に到着した。


 部屋に入ると、妹が机の上で勉強していた。様子から見るに帰ってから真っ直ぐ机に向かったようだ。

 外は暑く学校から帰るだけでも汗をかくだろうに、制服のまま着替えもせずに一心不乱に手を動かしている。

 今日の問題のための追い込みをしているようだ。

「律花さん、よろしいでしょうか」

「あ!清乃ちゃんに兄ちゃんも!」

 律花は俺らが入ったことに気づいていなかったらしい。すごい集中だ。

「それでは始めますよ。机の上の教材をしまってください」

 天宮が先生の真似をするようにわざとらしく言う。

 こうしてみると、普通に優しいお姉さんって感じだ。

「うわあ、なんか緊張するなあ」

「本番はこれよりもずっと緊張しますから慣れておかないと」

 そう言いながら問題と解答用紙を机の上に置く。

 そして天宮がタイマーをセットする。

「では始めてください」

 合図と同時に律花が問題をめくる。妙な迫力があり、こちらまで緊張してくる。

 国語・数学・社会・理科・英語の語科目をそれぞれ50分、この順番で解く。休憩は10分だ。今が16時だから終わるのは21時ごろになる。うちの両親と天宮の両親にはあらかじめ了承を得ており、帰りは俺が天宮を送ることになっている。

 ―どうして天宮はわざわざ俺を呼んだのだろうかー

 今日の約束をしてから今までずっとその疑問が胸の中にあった。そして、まだその疑問は解消されていない。

 今日は7月10日で本番の模試は13日の土曜日。

 俺らの学校は水曜日だけ短縮授業で少しだけ早く帰ることができるので、今日を選んだのだろう。

 もしかして、模試で判定を上げることを無理だと考えた天宮が何か一計を講じたのだろうか。例えば、わざと簡単な問題を用意したとか。本番はたまたま調子が悪かったことにすればいい。

「天宮、他の科目の問題見てもいいか」

 律花さんの集中を乱さないように小声で聞く。

 俺は今律花が解いている国語の問題以外をペラペラとめくる。しかし、どれも特におかしなところはない。

 そんなことせずともあらかじめ答えを渡してそれを暗記させればいい話だが……

 などと考えてはみたものの、どれもしっくりこない。短い期間ではあるが天宮と接して、そんなことをする人物ではないことはわかっている。

 それにそんなことしても律花には何のメリットもない。何回か模試を重ねれば、いずればれる話でもある。


 いつの間にか1時間が経ち終了のアラームが鳴る。

 ここで10分の休憩だ。

 驚いたことに律花は水分補給だけ済ませて、次の数学に備えて勉強をしている。

 俺はさっきまで邪推していたことを恥ずかしく思った。

「律さん、採点をお願いしてもいいですか」

「ああ、構わないが」

 俺は答案と模範解答を受け取る。それを膝の上に乗せて採点を始めた。

 採点を始めてから10分、採点は終盤を迎えていた。

 ―あってる

 俺は衝撃を受けていた。格別に点数が高いわけではない。正答率はおよそ6割ぐらいだ。だが、受験期のこの時期、苦手科目の国語でこれなら十分に望みはある。論述が少し低いが、これからやれば余裕で間に合う。

 驚いて天宮の方をみる。

 天宮は真面目な顔をしていた。特に驚くわけでも喜ぶわけでもなく、それが当然とばかりの表情だ。

 天宮は一体どんな手を使ったんだ。だって、俺が最後に見た律花の模試は3割かそこら……。

 胸がざわつく。何かに気づきそうな自分がいる。そして、それをどこかで恐れている。


 しばらくして、数学の答案が俺の元にくる。

 今度は高得点だ。8割近い点数を取っている。これなら学年でもトップクラスの成績だ。

 以前、天宮は表情を変えない。いや、少しだけ表情が暗いような気もする。

「律花さん、始めてください」

 淡々と模試が進んでいく。その度に俺の元には高得点の答案が俺の元にやってくる。

「……」

 英語の最初にあるリスニングが終わった時に、俺は天宮を部屋の外に連れ出した。


「どういうつもりだ」

「それはどういう意味ですか?」

 いつものふざけた天宮はいない。

「わかるだろ。その……なんだ、何か仕掛けがあるんだろ。点数がこんなに一気に伸びるわけがない」

 疑うようで悪いが、そうとしか言いようがない。

「先に私から聞いていいでしょうか」

「何だ」

 胸騒ぎがする。これ以上、ここに居たくないとさえ思う。

「律さんが勉強を頑張り始めたのは、つまり律花さんの分まで勉強を頑張り始めたのはいつからですか?」

「それは……律花が中2に上がってすぐの模試で悪い点数を取ってきて」

 あの時は理系科目で4割、文系科目は3割程度だった。両親の設定した偏差値70以上の高校という条件を満たすのは到底不可能だ。

「俺が両親に掛け合って…俺は3年生だったから自分の受験勉強も拍車をかけて何とかしなきゃって」

 空気が薄く感じる。もう答えはほとんどでている。

 天宮の顔が微かにに歪む。天宮は何かを言おうとして、迷っているように見える。

「律さん……律花さんはずっと」

「いや、だって別に仲が悪かったわけじゃないし、何なら普段からよく話してたんだ。高校に入ってからも勉強の合間に会話もよくしてたし」

 『今日学校に来て、同じクラスであったことに初めて気づいた。自分の視野の狭さに驚くばかりだ』

 先週、俺は千春と山の中で会い、その場でクラスメイトということにさえ気づかなかった。

「律さん、別に私は律さんを責めたいわけではないんです。ただ……」

 天宮は必死に直接的な言葉を避けている。だが、俺にはもうわかっている。


「律花の成績、もともと悪くないんだろ」

 天宮が黙る。

「俺が知らないだけで、いや気づこうともしなかっただけで、あの模試の後に律花は一人でずっと勉強頑張ってたんだな」

 自分の視野の狭さには驚くばかりだ。いや、失望するばかりだ。律花はずっと勉強を頑張って成績を上げていた。この前俺が天宮と出会った日の夜も、遅くまで勉強していたから起きていたのだろう。

 思い返してみれば、律花はよく私は大丈夫って言っていた気がする。てっきり俺に迷惑をかけないために無理して言ってるのかと思っていた。

 成績だって、いつからか俺が意図的に話題を避けていた。

 ちゃんと話せばすぐにわかることだったのに。

「俺の独りよがりだったのか……」

 天宮が俺の手をとり強く握る。その目には少しだけ涙で潤んでいた。

「違います。律さんはそれほど追い込まれていたんです。自分の成績で兄弟の人生が決まるなんて状況であれば誰でもそうなります」

 今日、天宮がわざわざこのような場を設けたのは俺に事実を認めさせるためだろう。

 こいつにはいつも教えられてばかりな気がする。

 大きく息を吸いて吐く。

「そっかあ、ならよかった」

 俺はその場にへたり込んだ。

 重荷が降りた気がして、一気に全身の力が抜ける。

「大丈ですか?律さん」

 天宮が手を伸ばす。

「何とかなりそうなんだな。律花の受験」

「はい、このままの調子でいけば何の問題もないかと。強いて言うなら、論述ぐらいですかね」

「まあ、大丈夫だろ。うん。大丈夫だよ律花なら」

 少しだけ気の抜けた笑いがでる。

 つられたように天宮も少し笑う。

 まず、律花に謝らなくちゃいけない。あいつはずっと一人で勉強頑張って、なのに俺はその努力も成果も見て無視してほったらかしにしてたんだから。

 俺は天宮の手を取った。

 そして、律花のいる部屋へと戻っていった。

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