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私のおほ声を聞け!  作者: 冷泉秋花
ASMR制作編
88/252

御園マリアと子供達

 夜 一ノ瀬家リビング

「母さん、少し話いい?」

 リビングで食事をとっている母さんに話しかける。

「どうしたの? もしかしてもう塾決めた?」

「そのことなんだけど、別に塾に行く必要はないんじゃないか?」

 母さんは何の反応も示さない。相変わらず食事をとっている。

「まだそんなこと言ってるの? 昨日も説明したでしょ。これからは学校だけじゃなく塾も必要だし、あなたが変なことに巻き込まれないようにするためにも必要でしょう」

「いやそうだけど、別にそんなに急ぐこともないんじゃ」

「行くなら早いほうがいいに決まってる。どんどん差がつくんだから」

「成績ならちゃんととってるし、これからもとる。だからせめて自習室の話はどうにかならないか」

 ここで初めて手を止めて俺の方を見る。と言うより睨むに近い。

「何か不都合があるの? 別に今まで図書館で勉強していたのが自習室になっただけでしょう。もしかして自習室に行けない理由があるの? あなた、本当に不良なんかと関わっているんじゃ」

「いや別にそんなことはない」

「付き合う相手は選びなさいよ。くだらない連中とつるんでも何のメリットもないんだから」

「大丈夫、()()()()()()()とはつるんでいないから」

 嘘はついていない。そして、交渉は諦めてリビングを出た。

 母さんの意思は変わらないらしい。何か他の方法が……あるのだろうか。あの状態になった母さんが意見を曲げるとは思えない。考えを改める必要があるのはあるいは俺の方なのかもしれない。

「兄ちゃん?」

「どうした? 律花」

 俺の部屋に向かう途中の廊下に律花が立っている。

「清乃ちゃんたちには言ったのか?」

「……言ってない」

 今回の風紀委員会での怪我を説明するために天宮がASMR同好会のことについて律花に全て話している。もちろん、成人向けASMRの存在などは伏せてあくまで環境音を録る健全な部活として話した。

「なんで話さないんだよ」

「話してどうする。余計な心配かけるだけだろ。律花も天宮たちには内密に頼む」

「それでもっ! それでも何も言わないのはなんか違うんじゃないか……」

 律花が項垂れる。最近は律花に心配をかけすぎているな。それに言い方も少しきつかった。

「ごめんな、律花」

「何で兄ちゃんが謝るんだよ」

 そう言って律花は部屋に戻っていってしまった。


 翌日の放課後 校門前

「それじゃあ行きましょうか」

「はい、お願いします」

 今日は御園先輩とデートだ。実際に何をするかは任せて欲しいと言われた。ちなみに他のみんなは部室で収録をするらしい。

「ところで今日はどこに行くんですか? 何も聞いていないですけど」

「教会に行くと言いたいところですが、今日は他に行きたい場所があります。ついてきてください」

 御園先輩の後についていく。いつもはシスター服の御園先輩だが今日は珍しく制服だ。デートだからだろうか?

 そんなことを考えながら目的地に向かう。特に会話はなくしばらく進むと、ビル前で御園先輩が立ち止まった。

「ここです」

「えっここに何かあるんですか? 隠れ家的なお店とかですかね」

「いえ、そうではありません。とにかく行きますよ」

 促されるままビルの中に入ると中には折り紙で可愛く飾り付けられたドアがあった。

「託児所?」

「はい。ここによくボランティアに来るんです。あらかじめ一ノ瀬さんのことも話しているので遠慮はいりませんよ」

「遠慮というか、どうしてぎりぎりまで教えてくれなかったんですか?」

 教えてくれれば何か買っていったんだけどな。急に来て手ぶらなのもなんだか申し訳ない。

「それはそのデートっていうのに託児所にボランティアに行くって言うと引かれないかと思いまして」

 御園先輩が頬に手を当てて恥ずかしがっている。

「別にそんなこと思わないですよ。それに流れでそうなっているだけで実際はデートってわけでもないですから」

「ふふっ言われてみればたしかにそうですね」

 御園先輩が優しく笑った。それから俺は扉を開けた。

「ぐほっ」

 瞬間、子供が腹に突撃して来た。

「マリア様ー!」

「こらっその呼び方はいけませんよ。マリアお姉さんと言いなさい」

「これ、彼氏ー?」

 俺に頭突きをかました男の子が床にうずくまる"これ"こと俺を指差して尋ねる。

「こらっ! 暴力はいけません。ちゃんと謝りなさい!」

 御園先輩が俺の腹に頭突きをかましたら男の子を諭している。

「そのぉ、お兄さんごめんなさい」

 子供が怒られてしゅんとしたまま謝る。

「いや許さない」

「一ノ瀬さん?」

 御園先輩の目が怖い。怒られた男の子の気持ちが少しわかった気がする。

「すみませんね、子供達が」

 話しかけて来たのは初老の女性だった。おそらくここの管理者だろう。

「いえ、こちらこそ急にすみません」

「いえいえ、若い人がいてくれると子供達も退屈しなくて助かりますから。マリアちゃんにはいつもお世話になっいますよ」

 凄く丁寧な話し方や立ち振る舞いをされた女性で、姿勢なんかも俺よりいいんじゃないかと思えるほどだ。

「お兄ちゃん、遊んでー」

「ん? ああ今ちょっと話してるから待ってくれな」

「いえ構いませんよ。マリアちゃんが連れてくるというからどんな子かと気になっただけです。他のことは私たちがやりますからどうか子供達の遊び相手をしてあげてください」

 奥を見ると他にもスタッフがいるようだった。30代〜40代くらい人たちが数人で作業している。

「お兄ちゃん、犬役やって!」

 近づいて来た幼稚園児くらいの女の子からせがまれた。

「あやめねっ、お父さん役やるからお兄ちゃんは犬でね、あやめと遊ぶの」

「おういいぞあやめちゃん。こう見えてママごとは上手いんだ。特に犬役はプロだからな」

 懐かしい。幼稚園では律花とよく遊んであげた記憶がある。律花ともう1人女の子がいて役を取り合うから俺が譲っていつも犬役をしていた。女の子の名前、何だっけな、思い出せないや。

「ほら犬っ、餌だよ。食べたかったらおねだりしなさい!」

「わんっ餌欲しいわんっ!」

「いい子だね犬、はいあげる!」

 手にキャベツのおもちゃを渡されそれを食べる仕草をするとあやめちゃんは大喜びだった。それからも犬の演技をしてなかなかうけたが、御園先輩は微妙な顔していた。後輩の全力の犬をそんな目で見なくても。

「お兄ちゃん! 俺とも遊んでー!」

「あやめと遊んでるのに取らないで!」

「なんでずるい!」

 他の子供たちが群がり始め、喧嘩になってきた。俺は犬マネでお腹を上に向けたまま困惑する。どうしたものか。

「ほらっゆうくん、じゃあみんなで遊びましょうね。あやめちゃんもそれでいい?」

「いやっ」

「あやめちゃん?」

「ごめんなさい」

「うん、ちゃんと謝れたらいいんですよ」

 そんなこんなで子供達みんなと仲良く遊んだのだった。


「今日はありがとうございました」

「こちらのセリフです。子供達も楽しそうでした」

「お兄ちゃん、次いつ来るのー?」

「また時間ある時にすぐ来るよ」

 塾の件がちらっと頭をよぎる。

「俺も久しぶりに子供と遊んで楽しかったです」

「いつでも歓迎しますから、どうぞまた遊びにいらっしゃってください」

「はい! ありがとうございます」

「じゃあねー、また来てねー!」

 子供達が手を振ってくれる。ドアが閉まるぎりぎりまで手を振り返しながら帰った。


 帰り道、途中まで御園先輩を送る。遊びに夢中になっていたらすっかり夜だ。

「御園先輩、こんなことしてたんですね」

「はい、色々縁がありまして。一ノ瀬さんは今日はどうでしたか?」

「凄く楽しかったです。ぜひまた行かせてください」

「まあ子供達に大人気でしたからね。あんなに子供達がはしゃいでいるのも珍しいです。少し妬いてしまいますね」

 そう言って御園先輩は頬を膨らませた。

「まあ妹の面倒を見ていましたからね」

「私なんて最初来た時は子供達が逃げてしまって大変でした」

「でも今は随分慕われていましたよ。それに御園先輩は素行が時々アレですけど別に初対面で逃げられるってことはないでしょう」

「……いえ、そうでもありません。今と昔では見た目も随分違いますから」

「それってどういう」

 芽吹先生が話していたことを思い出す。確か高校デビューがどうのって話だった。そのことだろうか。

「私、元ヤンなんです」

「えっ今なんて?」

 御園先輩が元ヤン? 何かの聞き間違いだろう。

「ですから私、元ヤンなんです」

 聞き間違いではなかった。御園先輩が元ヤン? 確かに時々おっかないこともあるし、考えてみれば風紀委員会と戦った時もそれらしい点はあったけど。

「ええっとそれじゃあ今はなんで」

「私、喧嘩が強いことだけが取り柄で、ことあるごとに暴力で解決していたらそのうち周りがそいう方ばかりになってしまって気が付けば私も」

「じゃあ成り行きでなったけど嫌気がさして?」

「いいえ、それはそれで楽しかったんです。ただ、喧嘩をふっかけてくる相手を倒しては引き入れを繰り返すうちに大きな組織になってしまいまして。まあ確かに嫌気がさしたのかもしれませんね。みんなが私の言うことを聞いてくれるあの場所に」

「……」

 俺は言葉が見つからず黙って歩く。御園先輩が気を使うようにこちらを見る。

「そんな時に先ほどの園長とたまたま会いまして。いきなり託児所に連れて行かれた時はびっくりしましたけど、それから子供達と仲良くなるにつれて今の形に」

「じゃあそのシスターの格好は」

「あれは子供達を怖がらせないためとちょっとの憧れです。園長先生は有名な修道女の方なんです。託児所も自身の財産でほとんど慈善事業としてやっていらっしゃるそうです」

「なるほど。すごい人だったんだな」

「でも私は居場所に固執するあまり先生が大事にしている教えを利用して宗教部の子達を傷つけてしまいました。本当はあそこに通う資格もないんです」

 その声にはとても深い悲しみが感じられた。

「別に間違ってもやり直せると思いますよ。それにどんな理由であっても御園先輩が来なくなったら子供達が悲しみますよ」

「そうでしょうか。……そうですね、ありがとうございます」

「いえ、俺のほうこそ。それよりも今度行く時は天宮たちも一緒に……ってあいつは教育に悪いですかね」

「まあ普段の調子ならダメですけど意外と天宮さんはそういう時に切り替えられるでしょう? それに一ノ瀬さんといない時は意外とおとなしいんですよ」

 先輩が笑って言う。

「嘘ですよね。あいつが大人しいだなんて」

 あいつが大人しい姿なんて想像できない。基本的に下ネタ言ってるかおほ声出しているようなやつなのに。

「いえいえ嘘じゃありませんよ。一ノ瀬さんの前では少しはしゃいでいるように見えます。そう考えると子供達にそっくりですね」

「じゃあやっぱり連れていけませんね、手伝いに行ったのに子供を増やすわけには行きませんから」

「ふふっそうですね」

 気が付けばもうお別れの場所まで来ている。御園先輩とどんな話をすればいいのだろうかと思っていたが意外にもずっと話が弾んだ。それに御園先輩の昔の話も気ことができたのはよかった。きっと心を許してくれているということなのだろう。

「今日は私の話を聞いていただいてありがとうございました。一ノ瀬さんも困ったことがあったらいつでもおっしゃってください」

「……ありがとうございます」

 そうしてデート1日目は幕を閉じた。

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