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私のおほ声を聞け!  作者: 冷泉秋花
ASMR制作編
87/251

初めてのASMR収録

「それでなんだって?」

「だから皆さんとデートして欲しいんです」

 急にそんなこと言われてもな。みんなとって御園先輩なんかも入るのか。

「なんで急に?」

「私と律さんで一緒に映画に行くじゃないですか。それでみんなも行きたいらしくて」

「何だそのふわっとした理由は」

「ダメなんですか?」

「別にダメっていうわけじゃないが」

 どうして天宮と遊ぶとみんなも連鎖するのかはよくわからないな。もしかしてみんなも『ゴ○ラVS射精の快楽』を見たいのだろうか。まあ確かにかなり面白そうな映画だし、みんなも見たいのかもしれない。

「律くんは僕とデートするの嫌? 前はあんなに求めてくれたのに飽きたら捨てるなんて酷い」

 恵先輩がわざとらしく泣く素振りをする。

「うわっ律さん最低ですね。肉体だけの関係なんてとんだクズ男です」

「おいっ変な言い方するな!」

 視界の隅で御園先輩がシスター服の中をゴソゴソやっているのが見えた。もう聖水をかけられるのはごめんだ。

「じゃあ決まりですね。今週の土曜日に朝から順番でどうでしょう?」

「えっ順番?」

「はい、デートなんですから一人ずつに決まっているじゃないですか」

「てっきりみんなで『ゴ○ラVS射精の快楽』を見るのかと」

「逆に律くんは部のみんながそれを見たいと思ってるの?」

 言われてみれば確かに御園先輩も見たがるのは変だな。綾乃先輩だけ驚いているから多分、あの人は見に行きたかったんだろう。俺は天宮と綾乃先輩側か、嫌だな。

「というか朝から順番って。別に違う日でいいだろ」

「流石に退院したばかりの律さんから5日も奪うのは気が引けると思って」

「変なとこで気を使うよなお前。別にいいよちゃんと5日とろう」

 母さんはあの調子だと放課後だけでなく土日も塾の自習室に行かせて監視する気だろう。もしかしたらこの部を辞めないといけなくなるかもしれない。だったら今のうちに遊んでおいても罰は当たらないだろう。

「律さん? 何かありました?」

 さっきのニーソ先輩に悟られたから顔に出さないようにしていたが天宮に勘づかれた。こいつは特に鋭いからな。

「いや別に」

 家の事情をわざわざ話すこともない。それにまだ交渉の余地はある。塾だけなら他に両立している人もいる、要するに自習室の件だけ何とかすればいい。部のことを隠しつつというのが難しいところではあるがそれぐらい俺だけでなんとかできるはずだ。

「そうなると日にちはどうする? 俺はみんなの都合でいいが土日でやるって考えると3週間かかるな」

「私は別に放課後で構わないぞ。一ノ瀬君も3週間、土日の予定が埋まってしまうのは流石に大変だろう」

「私も放課後で構いません。1日あってもどうすればいいかわかりませんから」

「綾乃先輩と御園先輩がいいならそれで。恵先輩と千春さんは?」

「僕は一日と言いたいところだけど、それは自分でちゃんと誘う時にとっておこうかな。だから僕も半日あれば」

「それを言うと私だけなのも変やん! じゃあ私も半日でよか! 本当は1日遊びたかけど今度にする……」

「なるほど、なら今日が水曜日なので」

 木曜日 御園先輩

 金曜日 綾乃先輩

 土曜日 千春と恵先輩

 日曜日 天宮

 のいう結果になった。まぁ少し忙しそうだがいいんじゃないか。ちなみに土曜は千春が午前で恵先輩が午後らしい。そこは色々と揉めていたが天宮が上手く仲裁してくれた。

 

「よし、この話はこれでいいだろ。それより今日はやることがあるんじゃないか」

「そうでした! 千春さん、準備は!?」

「できとるよ」

 そう、今日は念願のASMRを録ることになっていた。防音工事も完了しており、ダミーヘッドマイクも調整が終わった。やっとできる。部を辞めるにしてもこれだけはやっておかないと怪我した甲斐がない。

「やっぱり最初は天宮か?」

「もろちんですよ! 今日のためにずっと準備してきたんですからね!」

 俺が入院中、病室で2人の時は台本を作っていた。俺は手が使えないため主に天宮が作ったのだが、内容は2人で練った。

 俺と天宮の2人だけで始まったASMR同好会もついにここまで来たか。少し感慨深いものがある。

「あれ? もろちんはスルーですか?」

「いいけん、はやく準備してこんね」

 そうして天宮が奥のシャワー室へ向かった。

「へえ、しかし凄いな。これで音が録れるのか」

「試してみる?」

「えっいいのか!?」

 やってみたい気持ちは凄くある。というかこれがあったら誰でもやってみたくなるだろう。現にみんなも気になっているようで少しそわそわしている。

「まぁ律ならいいんやない?」

「えっじゃあやってみてもいいか?」

「はいっ、じゃあ3 2 1」

「おいっそんないきなり! えっこれもう始まってるのか!?」

 みんなが黙ってこっちを見る。

「いやなんか喋ってくれよ! ちょっ、もたないって……」

 なんか急に泣きそうになってきた。無視されるのってこんなに辛いんだな。今度から天宮にはもう少し優しくしよう。

「あれっ!? もしかして律さん、始めてます!? 最初は私って言ったじゃないですか! っていうか泣いてる!? 本当に何やってるんですかこの人」

 布擦れの音が入らないようにジャージに着替えた天宮がやって来た。

「天宮! みんなが無視していじめてくるんだ」

「いや録音中だからでしょ。せっかく最初の録音なんですからバイノーラルマイクを活かしたことやってくださいよ」

「えっどうする!? えっとじゃあ新幹線のものまねいくぞ」

「何でそうなるんですか。律さん、意外とこういう時弱いんですね」

「いや、だって誰でも最初はこうなるから。じゃあ天宮がASMR活かしてなんかやれよ」

「えっ急にそんな! ええっとじゃあ猿のオ◯ニーやります!」

「それのどこがマイクを活かしてるんだよ!」

 呆れたように綾乃先輩が近づいて来た。

「まったく最初の録音を喧嘩の音声にするつもりか? 2人ともここは部の抱負とかをだな」

「じゃあ綾乃先輩が言ってくださいよ」

「えっ私か!? ええっとそうだな、え? どうしよう。ああもうわかった! じゃあ絶対にお前が言うなって時の対◯忍やります! おいそこの君、何だその格好は!風紀が乱れているぞ!」

 たしかにあったな、めちゃくちゃエロい格好で注意してるやつ。この人、対◯忍けっこうやりこんでるんじゃないか。

「もう3人とも何ばやっとると」

「僕も混ざろうかな」

「私も入りましょう。聖書を読みあげます」

 そして初めての録音はもうめちゃくちゃになった。


「よし、じゃあ清乃ちゃん準備いい?」

「はい」

 今度はマイクの近くに天宮が1人で立つ。

「じゃあ、俺はここで」

「僕たちも」

「はい! 少しだけ待っててください」

 どうしても他の人の音が入るため、俺たちは部屋を出る。というか成人向けASMRの収録をみんなの前で収録するのはシュールすぎる。天宮ならやりかねないが。

 そんなわけで機材調節の千春と天宮だけを部屋に残して俺たちは外で待機することになった。俺たちは荷物を残して部屋を出た。

 廊下はすっかり傾いた夕陽の光で満ちている。

 防音設備がある以上喋っても問題ないのだが誰も喋らない。全員が同じ気持ちを共有している心地いい静けさだった。

 聞こえない扉の向こうの天宮の声をみんなが耳を澄まして聞いていた。そんな風にして放課後の時間が過ぎていった。


「終わりましたよ」

 部室から天宮が出てくる。

「あっ律さんもしかして盗み聞きしてないですよね!」

「しない。せっかくならちゃんと完成したやつで最初は聞きたいだろ?」

「ならいいです」

 まぁ俺は台本の内容は知っているんだけどな。

「それは僕たちも聞けるの?」

「うん、聞ける。でも私がソフトで編集するけん数日待っとって」

「悪いな千春。そのへん全部任せちゃって」

「よかよ。もともと1人でやっとったし、この作業も嫌いじゃなかけん」

 俺も編集作業の勉強を少ししようかな。もしかしたら無駄になるかもしれないけど、千春に任せて自分は何もしないのもな。

「私、着替えて来ますね」

「今日はもうおしまいか。台本、けっこう量あったけど全部録り終わったのか?」

「あっそれはええっと」

「全部一発録りしたら大変やけん、分けて録るとよ。それを編集で繋ぐけん続きは今度やね」

「それです! それ! まったく律さんは勉強不足ですね」

「うるさいな」

 まぁ確かにそうか。気がつけば最終下校の時間が近い。もう少し色々やってみたかったが仕方ないな。

「じゃあ、完成したらみんなに送るけん」

「ありがとう。楽しみにしてる」

 こうして初めてのASMR収録は無事に終わった。

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