paper panty
今日からギプスを外した。まだ少し痛みがあり、重いものを持つなどの激しい動きはできない。しかし、いつまでも周りの世話になるわけにも行かないので少し早いが外すことにした。そもそも今回は催眠による限界を超えた動きで千春の時の怪我が再発した形なのでそこまで酷くはなかったのだ。ただ、何度もそうなるとよくないから医者に腕を使わないように言われていた。
そして今日は朝からずっと昨日両親に言われたことをについて考えていた。打開策はまだ浮かんでいない。塾に通うことになれば部活には行けない。せめて自習室の件だけでも無くせれば時間的に部活に顔を出すことできる。そんなことを考えながら部室に向かう廊下を歩いていると人にぶつかった。
「あっすみません」
「こちらこそごめんね。って君は……」
ぶつかったのは青色のタイをした女子生徒。ショートボブに右耳には特徴的な青いピアスをしている。黒いニーソックスとスカートの間の肌色、いわゆる絶対領域が魅力的だ。
「こら、女の子の太ももをジロジロ見ちゃいけないよ少年。そんなにお姉さんの太ももが気になるのかい?」
そう言って太ももを手で隠す。
「もうっ、君がこんな子とは思わなかったよ。お姉さん、残念だなあ」
「あの、さっきから俺のことを知っているような口ぶりですけど」
俺はこの人を知らない。入学して以来、さまざまなことを見落としてきた俺だが今回に関しては流石に自信がある。
「君は今こう思ったね。俺はこの人を知らない、入学以来周りが見えていなかった俺だがこんな素敵なお姉さんは一度会っていたら忘れるはずがない、と」
「ま、まあ当たってます」
なんだこの人は。エスパーか何かだろうか。一部都合のいい改変が入っていたが概ね当たってる。
「いやいや君みたいに特殊な状況じゃなくても人間というのは何かと見落としがちな生き物なのさ。だから私と出会った時のことを忘れていても君は悪くないよ」
「そういうものですか……」
俺とこの人が会ったことがある? 本当か?全く心当たりがない。
「すみません、全然心当たりがないんですけど」
「ふふっだから言っただろ。人は意外と見落としがちな生き物だって。例えば君は今、君の胸元に花が刺さっていることに気づいていない」
「花?」
驚いて見てみると胸ポケットに一本のバラが刺さっている。
「なんだこれ、いつの間に!」
「あはは、いい反応だね。こっちもやりがいがあるよ」
「は? やりがい?」
「うん、そうそう。その花は私がやったのさ」
「どういう意味ですか?」
先輩が少しいじわるく笑う。
「私は奇術部の部長。そしてその花は私の手品だ。それと君とは初対面。からかってごめんね」
奇術部の部長?
「あの、申し訳ないんですけどなんで俺に絡んでくるんですか?」
「君は有名人だからね。今度ある“夜の大運動会”に備えてリサーチしているのさ」
「夜の大運動会?」
先輩に聞き返す。なんだそのいかがわしい催しは。俺はこの先輩と夜の大運動会をするとでも言うのか。確かに胸も大きいし、顔もかなり綺麗な人だが俺には部のみんなが──
「どこを見ているんだい君? 言っておくけど変な意味じゃないよ。この学校には本当に夜の大運動会があるのさ」
「何ですか、それ。いったい何をするんです? そもそも俺は普通の運動会すらよくわかってないんですけど」
そう、うちの学校は9月の中旬に大運動会があるのだが俺は参加する予定がない。本来は1学期の終わりから夏休み中の練習を通し9月中旬に大運動会を行うのだが俺はものの見事にその期間は入院していたためもう参加しない方向になった。
「そうだったね、君はここ最近学校に来ていないんだった。夜の大運動会というのはね、生徒会が主催する部活動対抗の運動会のことさ。普通の体育祭が終わったその日の夜に始まって部費増額をかけてさまざま競技が行われる。もちろん、先生たちは関わらないから結構激しい内容になっているのさ」
「そんなものが……それで先輩は俺を他の部活を偵察していると?」
「そうそう。特に君は有名人だからね。見ておこうと思ってね」
「そうですか」
まあ、あれだけ暴れて大怪我しまくれば有名にもなるか。あんまりいい気分ではないが。
「なんだか覇気がないね。悩み事かい?」
「まあ、そんなところです」
初対面の人に悟られるほど顔に出ていたのか。部室に行く前に気付けてよかった。もう少し明るく振る舞う必要があるな。
「まあ初めて会った私にできることなんて多くはないけれど、そうだな……こんなのはどうだろう」
そう言って先輩が俺の手を取り何か物を渡してくる。暖かい布? 手を開いて見てみるとそこには白いパンティーがあった。そこからはほんのり湯気が出ている。
「ちょっとこれ何ですか!? というかこれ、もしかして先輩の?」
「さあ、どうだろう。君がそう思えばそうかもね。まあそれで元気を出してくれよ」
「いや何言っているんですか!? 受け取れませんよ! これじゃあ元気じゃなくて他のものが出ちゃいます」
「精子かい?」
「濁したのにはっきり言わないでください!」
パンティーからは湯気が出ている。えっ女性のパンツってこんなに湯気でるの? というか女性の前で堂々とパンティーを握っているという最悪の構図になってしまっている。こんなところを他の人に見られたら言い逃れできない。
「ちょっと何とかしてくださいよこれ!」
「いらないのかい?」
「欲しいですけど、今はいらないです!」
「素直でよろしい。貸してごらん」
そう言って先輩が俺の手からパンティーを回収するとそれを手で握り込んだ。そして手を開くと一本のバラに変わっている。気が付けば俺の胸元に刺さっていたバラが消えていた。
「どうだい?」
「すごいですね、どうやったのかさっぱりわからない。魔法みたいです」
「ふふっ魔法……ね。確かにその通りだ。君が信じれば魔法になる」
「信じれば魔法になる?」
「そう。奇跡を起こすには信じる心が必要なんだ」
先輩は真面目な顔で俺の目をみる。
「うん、じゃあ私はこのへんで。頑張りたまえよ少年」
「えっあっありがとうございます」
そう言って先輩は手を振りながら去ってしまった。
「名前、聞きそびれた……」
そう思った頃には先輩の姿はなかった。俺は諦めて部室に向かった。
部室のドアを開けると天宮が飛び出してくる。
「あっ律さん! ちょうどいいところに」
「何だ?」
「今度、部のみんなとデートしてください!」
「はあ?」
どうやら部では俺がいない間にまた面倒なことになっているらしい。