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私のおほ声を聞け!  作者: 冷泉秋花
風紀委員会編
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芽吹先生とASMR同好会

 とうに夏休みは明け2学期が始まっていた。朝のHRまで30分はある学校の人影もまばらな時間。俺は職員室へと向かった。


「また、今回もひどいな」

 芽吹先生が机の資料を整えながら言う。

「すみません」

「謝るな。ここへは何の用だ?」

「いえ、今日から復帰なのでいちおう挨拶をと思って。それにASMR部の件、部員が集まったので正式に顧問をお願いしたくて」

「……そうか。先日のガス爆発での怪我でお前も大変だろうによくやるよ」

 対外的にはガス爆発ということになっているのか。関係ない生徒たや先生に迷惑をかけたのは心が痛むな。

「まあでもガス爆発が起きたのがたまたま夏期講習が終わって1週間の休みに入る前日で、たまたま業者に校舎の修繕の発注をしていたらしく再び学校が始まる時にはほとんど元通りだったけどな」

 先生が俺の方をチラッと見る。なるほど生徒会長はそこまで考えていたのか。というかこの言い方は芽吹先生は何があったのか知っているな。

「まあ、こんなことはどうでもいい。そういえば元宗教部の部室を使うんだってな……」

「はい。御園先輩も先日、元宗教部の方と話ができたそうです。ただ、御園先輩はもう宗教部を作る気も元部員の方々の作った同好会にも参加するつもりはないそうです」

「……そうか」

 芽吹先生はそう言って、棒つきキャンディの袋を開ける。

「どうして宗教部がばらばらになるのを止めなかったんですか?」

 これは少し気になっていた。この先生なら元宗教部がバラバラになる前に手を打ちそうなものだ。しかし顧問でありながら静観していた。何か理由があるのだろうか。

 先生はキャンディを咥えたまま遠い目をしている。

「御園の中学時代って知ってるか?」

「御園先輩の? いえ、知らないです」

「そうか。まあ知らないなら知らなくていい」

 御園先輩の中学時代。綺麗なブロンズヘアにお淑やかな佇まいのシスター姿を思い浮かべる。中学からあの感じだったのだろうか、それとも高校デビューか何かか。

「高校デビューではあるが、お前が思っているようなものじゃない」

 心を読まれた。この先生は時々こういうことをしてくる。

「高校デビューってどういうことですか?」

 先生が俺の目をじっと見ている。

「寂しかったんだろうな」

「御園先輩がですか?」

 先生は黙ってキャンディを咥えている。何も答えないがそういうことなのだろう。

 御園先輩に友達がいなかった。変人ではあるが物腰も柔らかく、善人である彼女に友達がいなかったというのはあまり想像できない。

「つまり、友達がいなくて寂しかった御園先輩は高校に入ってシスターの格好で宗教部を作ったと」

「そうだな。まぁ本当に知りたいなら本人に聞け」

 本当に知りたいなら……。興味本位で立ち入っていい問題でもないらしい。これは御園先輩本人が話すのを待つのがいいかもしれない。

「でもそれって先生が宗教部がばらばらになるのを静観してたこととなんの関係が?」

 先生が再び少し考え込む。

「宗教部がどうやって成り立っていたのかは知ってるのか?」

「御園先輩が聖書を原文で読めない部員の方々を騙して洗脳してた? みたいなことは聞きました」

「そうだな……なんでだと思う?」

「なんでってそれは」

 中世ヨーロッパなんかで似たような状況があったがそれはもっと国や教会の権威や利益が複雑に絡んでいた。しかし御園先輩個人がそれをやる理由は……

「御園はああいう形でしか他人と関係を築き方を知らない」

 芽吹先生がカップのコーヒーを見つめながら言う。

「じゃあ御園先輩はただ宗教部の人たちと仲良くしたかっただけってことですか?」

「そうだな。だが御園は誰かと仲良くする方法を知らなかったし、何よりそうすることをサボった。まぁたしかに対等な関係なんかより支配した方が楽だ」

「じゃあ、先生が宗教部をバラバラにしたのは」

「御園が下手なりに対等な関係を築こうとしているうちは応援したが、御園は楽な方向に逃げた。だから一度壊した、いい薬になっただろう」

 たしかに御園先輩はそのことをとても反省していた。

「でももっといいやり方があったんじゃ。そうなる前に注意するとか。一応は仲直りしたからよかったですけど御園先輩はそれで友人を失うところでした」

「仲直りしたんじゃなくて、初めて友人を作った。それに一度壊れなければ御園は注意しても支配の仕方を変えるだけだっただろう」

「……そういうもんですかね」

 少し引っかかる部分もあるが、芽吹先生がそう言うならそうなのかもしれない。それに俺は先輩の中学時代ことも知らない。いつかちゃんと理解できたらいいなと思う。

「あれはお前と少し似てるよ。誰かといても結局1人なんだ。だから不安になって極端な行動に走る」

「俺は支配しようとしたことなんて」

「お前は支配なんてしないがすぐに1人で抱え込んで突っ走る」

「ぐっ」

 たしかに心当たりがないことはない。誰かといる以上いろんなすれ違いがある。それを恐れてあるいは面倒に思って支配したり1人で抱え込む。なるほど、俺も梅野先輩のことを責められた立場ではないかもしれない。

「初めての友達が天宮でよかったな」

 先生は少し意地悪に笑う。この人が笑うのは珍しい気がする。

「それに必要だっただろ? 御園のこと」

「えっそれってどういう?」

 たしかに御園先輩にはかなりお世話になった。どうやったかはわからないが何十人も敵を倒してあの桜木先輩の足止めもこなしてくれた。御園先輩がいなければ確実に俺たちは負けていたと思うが、それを見越して?

「先生、今回の一連の騒動ってどこまで」

「いやお前が思っているようなことはない。ただなんとなくそうなっただけだ」

「なんとなくって一体」

「いや風紀委員会がこじれていたのは知っていた。それでまぁ生徒会長の獅子宮に気に入られている一ノ瀬、ASMR同好会とか考えるとなんとなく。といってもここまでやるとは思わなかった。怪我はその……悪かった」

 そこまでわかってたなら早くなんとかして欲しかった感はあるな。まぁ、俺たちの問題だし先生を責める気は全く無いが。

「もっとこういい感じに上手くいくと思ったんだけどな……子供の考えることは予測が難しい」

 先生が頭をかきながらぶつぶつ独り言を言っている。どうやら俺たちは先生の予想を超えてやりすぎてしまったらしい。まぁ確かに生徒同士の諍いで校舎も身体もズタボロにするとは思わないよな。

「はい、これ。生徒会に持っていけばすぐに受理してもらえるはずだ」

 先生がサインした部活動設立の紙を渡される。しかし、両手が使えない俺はそれを受け取ることができない。

「ああ、そっか。おい天宮、村上、服部、手伝ってやれ」

 途端に職員室のドアが開いた。そこには同好会の3人がいる。

「どうしてここに!?」

「どうしてもなにもひどいですよ!せっかくの部活動設立の瞬間は皆でいたいじゃないですか!」

「それは悪かったけど、なんで俺が部活動申請貰ってるってわかったんだ」

「それはこのタイミングで職員室に長くいるようだったので、そうかなと思いまして」

「いや、なんで俺がここにいるって知ってるんだ?」

 ここに来る時は誰もいなかったと思うが。

「清乃ちゃんのバカ!」

「そうだぞ! 一ノ瀬君のスマホに位置情報アプリを入れてることは3人の内緒だろう!?」

「この頭対マル忍! それ言ったらー

「話を聞かせてもらおうか」

 天宮が恨めしそうに綾乃先輩を見ている。なるほど最近こいつとの遭遇率が高いと思ったらそんなことを。千春助けた後の入院中、代わりにこいつにスマホを操作してもらってたあの時か。

「職員室で暴れるな。早く行け」

「すみません! ほらっ行くぞお前ら。話は後だ!」

「私は悪くないんです。ここの対◯忍が勝手に言い出したんです!」

「私に罪をなすりつけるな! 最初に言い出しのは天宮君だろう!」

 罪のなすりつけ合いを始めた情けない仲間たちを連れて職員室の出口へ向かう。

 そして俺はいつも通り一礼してから職員室を出た。


「まぁ、別にいいよ。ちゃんと消してくれよ。今、両手使えないんだから」

「わかってますよ〜」

 天宮にスマホを貸す。こいつ、全然反省してないな。というか本当に消しているのかも怪しい。

「はい、消しました!」

 天宮がスマホを俺のポケットに入れる。早すぎるし、消すふりした指を適当に動かしているが見えていた。

「千春、頼む」

「あんまり清乃ちゃんを責めんどって? 清乃ちゃんなりに律を心配してのことやから」

 そう言いながら千春が俺のスマホをいじる。しかし千春も消すふりをしているのが見えた。

「もういいよ!恵先輩に消してもらうから!」

「なんでここであの人の名前が出ると!?」

「だって恵先輩もASMR部のメンバーだろ?」

「そうやけどっ! そうやけどっ!」

 千春が地団駄を踏んでいる。まだ千春と恵先輩の溝は埋まってないのかもしれないな。

「というか恵先輩は?」

「今日は風紀委員会の仕事があるみたいです。あと、生徒会室には出来れば行きたくないらしいそうで」

「そうか」

「というか一ノ瀬君!私には頼まないのか!?」

「えっだって」

 だって綾乃先輩だしな。

「なんだその反応は! ナチュラルに酷いぞ」

 そんなやり取りをしながら俺たちは部活動申請のため生徒会室に向かった。

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