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私のおほ声を聞け!  作者: 冷泉秋花
同好会設立編
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たそがれとき

 放課後 山の中

 昨日と同じ川のそばまで来るとすでに村上さんが座っていた。

 録音を始めているようなので、できるだけ音を立てないように座る。


「声出してよかよ」

 村上さんが録音機を止めて、こちらを見る。

 声出していいって言われると、何か言わないといけない感じがあるな。特に話すこともないんだが。

「あー、今日天宮に勧誘うまくやれって言われてな。まあ別に無理矢理入ることもないと思うが俺としても村上さんに入ってもらえると助かる」

 ここまで話す中で村上さんが天宮枠ではないことは何となくわかった。そうなればぜひ入ってもらい、少しでも俺の負担を減らしてもらいたい。

「天宮?」

「あー、言ってなかったか。あの痴女だよ。天宮清乃っていうんだ」

「へー」

 村上さんは興味のなさそうな返事をして、髪の毛をいじっている。

「そういえばさ、村上さんじゃなくて千春でよかよ」

「そうか?ならそう呼ばせてもらうよ。俺のことも適当に呼んでくれ」

「うん、じゃあ律って呼ぶけん」

 それから少し沈黙が続いた。だが、居心地は悪くない。

 天宮といるとなんか心が汚れていく感じがあるからな。ここにいると浄化されていく気がする。

「同好会ってASMRの同好会ってことやろ?」

「ああ、そうだ。入ってくれる気になったのか?」

「まだ、よくわからん」

「そうか、気が向いたら言ってくれ」

 俺は昨日帰ってから村上さんー千春の言ったありがとうの意味を考えた。結局、意味をちゃんと理解することはできなかったが、しつこく勧誘するのはやめようと思った。

 どうやら俺はこの場所を気に入っているらしい。

 なんなら同好会なんて気にせず、ここで千春と山の音を採取し続けるのも悪くないかもしれない。天宮は怒るかもしれないが。

 

そんななことをぼんやり考えていると、千春が質問してきた。

「天宮さんってどんな人なん?」

「どんな人か……」

 難しい質問だな。

 そもそも俺だってあいつと知り合ってから日が浅い。1週間かそこらの仲だ。

「頭がおかしいが、悪いやつではない……と思う」

「やっぱり、頭はおかしいんやね」

 そう言いながら千春は少し笑う。千春が笑うのを見るのはこれが初めてな気がする。

 最初の方は無口というかおとなしいイメージだったが、意外と感情豊かなのかもしれない。

 それに、昨日は話しながら言い淀みがあるというか少しずつ話している感じだったがそれもなくなっている。代わりに方言が増えたようだ。

 少しは気を許せてもらっているのだろうか。


「この山ん中はちょっとだけ私の故郷に似とるとよ」

「へえ、故郷って九州の方か?」

 千春は少しだけ眉を上げて俺に尋ねる。

「よくわかったやん。私の故郷は福岡の柳川ってところ。知り合いがおると?」

 親戚の集まりでぼんやり聞いた覚えがあっただけだったが、当たっていてよかった。

「親戚がいてな。何だったっけ……筑後? の方に住んでるって」

「筑後はお父さんの地元やん。厳密には筑後弁と柳川弁は違うっちゃけど、私はその影響で混ざっとるっちゃんね。そうじゃなくても最近は曖昧になっとるんやけど」

 へえ、方言って言っても色々あるんだな。ざっくり九州なんて言い方してしまったけど、それは下手をすると失礼だったかもしれないな。

「私がいたところは田舎の方でこの山よりもずっと自然が多かとよ」

「へえ、いいな。じゃあ、昨日よりもずっと綺麗な景気が見えるのか」

「当たり前たい。柳川は水路の多かけん、夜は上にも下にも星空があるみたいに見えるとよ」

 俺は見たことのない柳川の風景に想いを馳せる。昨日は空に星は見えなかったけれど、千春のいたところでは綺麗に見えるのだろう。俺の聞いたことのない虫の音や草木の音もそこにはたくさんあるのだろう。

 東京に生まれて東京で育った俺にはそういう幻想的な原風景というのがない。

 そんな俺には千春のことが羨ましく思える。

 ただ、その楽しそうな口調とは裏腹に千春の顔には少しだけ寂しさが映っていた。


「少しだけ喋りすぎたね」

 千春が恥ずかしそうに笑いながら頬をかいている。そして、ゆっくりと鞄を持ち上げた。

「今日は夜までいないのか?」

「昨日お父さんに心配されたけん、今日は早く帰るって言っとるとよ」

 そうか。もっともな話だが、少し残念だ。あの景色も夏が終われば見れなくなるだろうから、もう少し見ておきたかったんだけどな。

「もっと私と一緒におりたかったと?」

 千春が少し笑いながら聞いてくる。

「そうだな」

 ここはいい場所だ。勉強ばっかりで正直疲れていた俺にはいい気分転換になる。

 家にもいなくて済むし、現実逃避にはぴったりだ。できることならもう少しここでゆっくりしていたかった。

「へっ、へ〜そうなんだ。まあ別に? 私ももう少しー」

 千春がなんだかそわそわしている。早く帰りたいのかもしれないな。

「ああ、俺のことは気にせずに先に帰っていいぞ」

「バカ!」

 千春が顔を真っ赤にしている。なんか変なこと言ったか俺。

 そして、千春はそそくさと帰っていってしまった。

「悪いな天宮、勧誘の話は後退したかもしれない。」

 そう独り言をこぼして、俺も帰宅を始めた。

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