後日談2(ASMR同好会)前半
律花が病室に来てから数日後。
あれからも律花は病室に度々顔を出してくれる。受験もあるのだから構わなくてもいいと言ったが、それでも心配で来てくれているようだ。俺としても田中さんがやり残した仕事をやってもらえたりするので助かっている。
そして、今日から一般の面会も許可される。同好会のみんなに加えて御園先輩も来てくれるそうだ。みんなにはお礼を言えていなかったので会うのが楽しみだ。特に綾乃先輩は重傷だったと聞いているので直接会ってお礼が言いたい。
「はい、あーん」
「あーん」
そして今は田中さんから昼食を食べさせてもらっていた。3回に1回は俺の口の中ではなく田中さんの口の中に食事が吸われていくのだが気にしない。ただ、食べるたびに『やはり味が薄くてまずいですね』と言うのは釈然としない。
「今日から一般の面会が始まるそうですね。ああ失礼しました、あなたには関係のない話でしたね」
「いや関係ありますよ。そんなに友達少なそうに見えます?」
「見えますね。あなたのようなマゾオスは一人寂しく部屋でしごいているのがお似合いです」
「機嫌悪いですね。何かありました?」
田中さん検定1級を持っている俺にとって、この程度の地雷の上タップダンス悪口なんて痛くも痒くもないのだ。それどころか田中さんに気を遣うことまでできる徹底ぶり、このようにして俺は自身の入院生活の安全と平穏を守っている。
「実はさっき両親と電話で喧嘩をしたんです」
「それはまたどうして?」
田中さんが両親と喧嘩、両親に向かって酷いことでも言ったのだろうか。
「こんなことあなたに言っても仕方ないかもしれませんが……」
田中さんが手でこめかみを抑えながら大きくため息をつく。なんだかこの人の人間らしい一面を見た気がした。
「私の妹は今、中学3年生なんですがその進学先のことで揉めたんです」
「そういえば、前に妹がいるって言ってましたね。それに俺の妹の律花と同じ歳じゃないですか」
「オタクはそうやってすぐ自分の話をしますよね」
「すみません」
今のは普通の相槌だったと思うが世の中の判定は厳しい。というより今のは田中さんの判定が厳しい気がする。したがって俺は何も悪くない。
「まあ、その妹の進学先の話です。妹はあなたと違って成績優秀なのでいい高校に行けるんですが、私立なので学費が高く両親が反対を……」
「それは難しい問題ですね」
そう言う時は相手じゃなくて自分を引き合いに出すのではと思ったが空気をよんで言わない。というか自分で言うのもなんだが俺の成績はいい方だと思う。
「私も費用を工面するから行かせて欲しいと言っているんですが、どうにもまとまらず。こんな大事な時期に家庭がこれでは妹の成績にどんな影響があったものか……」
田中さんの声が暗い。こんな人だけど、妹さんのことをしっかりと考えているいい人なんだなと思った。
「ちなみにその学校ってどこなんですか?」
「ええっと確か……前立腺高校でしたっけ?」
「なんですかその膀胱の下にありそうな高校は……ってあれ? もしかして前立高校じゃないですか?」
「ああ、それです。まったくややこしい名前ですね」
「いやそんなことないと思いますが。というか、そこまで出てたならわかるでしょ普通」
まあ、そんなことはどうでもよく妹さんが目指してるのうちの高校なのか。
「前立高校なら俺が通っている高校ですよ。何か力になれることがあればなんでも言ってください。学費なんかはどこまで学生の俺がどこまで力になれるかわかりませんが」
「えっ? あなたが通っている高校なんですか? 話が変わってきましたね」
「変わりませんよ。俺のことをなんだと思っているんですか」
「学校やその帰りに謎の大怪我ばかりしてくるシスコンですが」
「……」
遠からずなのが悔しいな。
「まあ、こんな話を学生のあなたにしても仕方ありませんね。妹さんが4人きているようなので案内しますね」
「お願いします」
そうして田中さんが部屋を後にした。
「失礼します」
部屋に制服姿の同好会のみんなと御園先輩が入ってくる。話したいことばかりだ。みんながベッドのそばの椅子に腰掛ける。
「ひとまずみんな、今回は本当にありがとう」
「……」
誰も何も言わない。どうしたんだろうか。ああ、そうか千春に関しては約束までしたのにそれを破って大怪我してしまったからな。まずは謝罪か。
「ああ、みんな今回も心配かけてー
「体は大丈夫ですか? レ○プ魔さん」
「……」
何か天宮の口からとんでもない言葉が出た気がするが気のせいだろう。
「綾乃先輩は怪我は大丈夫ですか?」
「えっ。ああそうだな。もうなんともないよ、例の薬も使っているからな」
見たところ、誰も包帯やギプスをしていない。大きな怪我はなかったということだろう。綾乃先輩は骨にヒビが入ったと言っていたが平気そうにしている。この人もなかなか頑丈だ。
「人の心配する立場じゃないやろ? レ○プ魔は」
「ははっ、そうだな」
千春の口からも不穏な言葉が聞こえた気がするが気のせいだろう。レ○プ魔なんて俺と全く関係がないからな。
「御園先輩も今回はありがとうございます。一体どうやってあの桜木先輩を止めたんですか? 後半なんて他の風紀委員の人も同時に相手にして」
「ふふっ、綾乃さんが弱らせてくれていたおかげですよ。それと神のご加護のおかげです」
「えっ? でもめちゃくちゃ戦ってー
「神のご加護です」
御園先輩の目が怖いから黙ることにした。
「いやでも今回はすごかったですね。どこから話せばいいやら。でも印象的なのはやっぱり最後ですよね。ね? レ○プ魔さん?」
「……俺の聞き間違いじゃなければ、俺のことをレ○プ魔って言ったか? 天宮」
「言いましたけど」
「そうか……」
天宮がずっとニコニコしている。ただし目は笑っていない。こういう時の天宮は触れないでおくのが一番だ。
「最後といえば、俺が気を失っている間はありがとうな千春」
「そんなことは全然気にせんでよかよ。そんなことは」
よく見たら千春の目も全く笑っていない。
「俺、何かしたっけ?」
場がしんと静まりかえる。綾乃先輩は気まずそうに目を逸らしている。天宮と千春はもう笑ってすらいない。
「その……一ノ瀬君。君は高梨君に無理やりキスをしたと私は聞いているが……きっとデマの類だろう?」
天井を見上げる。
そうだった。あの辺はほとんど意識が混濁していて忘れていたが今ので完全に思い出した。そうか……俺、先輩と
「ちょっ!? 律!!」
「サイテー」
入院生活で色々と溜まっている上に恵先輩とのキスを思い出して俺の息子が布団の下から存在を強調している。
「これは仕方のないことなんだ。許してくれ」
「いやまあ君も男の子だからな。こういうこともあるさ、気にしないでくれ」
綾乃先輩の優しさがつらい。話題を変えよう。
「そういえば、今回もあの塗り薬を塗っていただいているんですか?」
「いや今回は君には塗っていないよ。あれは塗りすぎるとよくないからな」
「そうですか、副作用とかあるんですか?」
「……あるけど、大したことはないから気にするな」
綾乃先輩の歯切れが良くない。何か隠しているようだ。
「もしかしてあの薬、希少なものだったりするんですか。もしそうなら前回の分のお金を払わせてください」
「いやっそういうことではない。あれはずっと昔から家で大量生産されているから別に希少でもないんだ」
「本当ですか? 無理してるんじゃ」
「そうです。もしそうなら言ってください。私ももらってしまいましたし」
天宮は前回、冗談で使っているため、いっそう気にしているようだ。今回、俺に使えないのは経済的な事情なのかもしれない。
「その……が上がるんだ」
「えっ? 今なんて」
「使いすぎると性感度が上がるんだ!!」
綾乃先輩が顔を真っ赤にして言う。どうやらあのピンク色の塗り薬は傷の治りを早める代わりに副作用として性感度が上がるらしい。やっぱり媚薬だったのか。
「やっぱり媚薬だったんですね」
「媚薬じゃない! こう言われるから嫌だったんだ!」
先輩が半泣きになっている。
「でも副作用がそれぐらいなら俺としては塗っていただけると助かるんですが……もちろんお礼はしますし」
「一ノ瀬君、あれの副作用を舐めちゃいけない。あれは副作用が出ると性的な絶頂が止まらなくなって廃人化するケース、仮にそうでなくても一生、性的な快感で体が疼くように……」
「なんてもの人に塗ってるんですか!?」
「別に腕に少し塗るぐらいなら問題ない! 短期間に大量に塗ったり敏感な部位に塗りすぎるとそういうことが起こるという話で……」
隣で天宮が青ざめている。あいつ、あれ股間に塗ってしてたらしいからな。バレてから綾乃先輩にすぐ没収されたらしいが、本当に危なかったんだな。
「というか、さっきからはぐらかしとるけど恵先輩の話、終わっとらんから」
千春が睨んでくる。そうだ、千春のいう通り話すべきことはたくさんあるのだ。




