静かじゃない昼休み(2)
廊下で、横に並んで飯を食べる。
目の前には無人の美術室と空き教室が並んでいる。どの部屋も鍵がかかっており、使えそうにはない。
天宮はピンク色の弁当箱を広げて箸で卵焼きをつまんでいた。
「これ、私の手作りなんですよ。律さんも食べます?」
「いや、俺はいい」
俺はポケットに入っている携帯食を取り出す。
さっき食べたから特にお腹は空いていないが、手持ち無沙汰なので俺も食べる。
「それじゃ足りないでしょう?栄養も偏って不健康です」
別に不健康ではないと思う、完全栄養食って書いてあるし……
「慣れたら意外とこれで事足りるぞ」
「その慣れがいけないんです。私の卵焼き一つあげますから食べてください」
落ちないように手を添えながら、天宮が箸で卵焼きを持ち上げる。
「いや、悪いよ」
「いいですから! はい、あーん」
天宮が卵焼きを俺の口元へと近づける。
なんか、恥ずかしいな。というかこれは間接キスになるのでは? ま、まあ普段からASMRで様々な責めに耐えている俺はこのぐらいでは動揺しないが!
「……」
「どうした天宮?」
天宮の手が俺の顔の少し前で止まっている。
「いや、その〜これって間接キスになるんじゃ」
天宮が恥ずかしそうに顔を俯ける。よく見ると耳まで赤くなっていた。
ここだけ切り取れば可愛らしい様子だが、普段があれだからなあ。
こいつの羞恥心の判定はどうなってるんだ。なんだか腹が立ってきた。
「もらうぞ、天宮」
そうして俺が卵焼きを食べようとすると、天宮が高速で手を引っ込めた。
そして、俺の手を強引に取りちょこんと卵焼きを乗せる。
「ど、どうぞ」
天宮が向こうを見ながら、顔をパタパタと仰いでいる。
俺は手の上の卵焼きを見ながら考えた。
「どうして俺にここまでしてくれるんだ?」
気づけば、声になって出ていた。
「それは律さんがお友達だからですよ。卵焼き一つで大袈裟です」
天宮は少し恥ずかしそうに笑う。
そうか、俺と天宮は友達だったのか。
よく考えれば、高校に入って初めての友達だ。
入学してからは勉強ばかりでそんな余裕なかったからな。
「友達っていうより、主従関係ですかね。私って律さんの犬ですし」
また妙なことを言い出した。
「ぶっぶひぃ♡私はご主人様の雌犬です〜♡」
その鳴き声だと、犬じゃなくて豚だろう。
そんな、ツッコミを心の中で入れていると、廊下の奥の曲がり角から足音がしてきた。
まずい、近くに人がいたのか!
曲がり角から女子生徒が不審そうにこちらを覗く。
俺は慌てて天宮を隠す形で立つ。
「やっぱり学校でみるAVは格別だな〜」
「最低!」
女子生徒が侮蔑の表情で俺を見てから、引き返す。去り際に舌打ちをされた。
「やっぱり、家で見るのと学校で見るのでは違った趣があるんですか?」
天宮が興味深そうに聞いてくる。こいつ、誰のせいだと思って。
「そういえば、妹さんの件なのですが」
「ああ、どうなんだ? うまくいきそうか?」
「ええっと、はい、模試は何とかなりそうなのですが……」
天宮の歯切れが悪い。
「どうした? 何かあったのか?」
「いえ、その妹さんって成績が悪いって話でしたよね」
「ああ、そうだ。だから俺が代わりに勉強してあいつの進学先の最低ラインを無くそうと」
天宮は指を顎に当てて、何か考え込んでいる。
「律さん、ちょうど1週間後の水曜日に過去問を妹さんに解いていただくのですが一緒にいてもらってもいいですか」
「ああ、別に構わないが……」
どうしたのだろう。何だか含みのある言い方だ。
気になって聞こうと思ったが、予鈴がなった。
「では、私はこれで。村上さんの勧誘しっかりお願いしますね」
天宮がわざとらしくウインクする。
「わかってるよ。そっちもよろしくな」
そうして俺と天宮はそれぞれ自分の教室へと戻った。