本校舎の戦い(3)
本校舎 時は少し遡り杜若美咲が一ノ瀬律と別れた後
「杜若、今ならまだ許してやる」
「必要ない」
梅野との一対一、椿先輩の援護も考えれば勝てなくはない。体力と反射神経だけは一丁前だが、私の相手をしながら狙撃を防ぐことは不可能だ。ただしさっき階段を降りて一階から回ってきている連中が到着するまで多く見積もって5分、それまでに勝負を決める必要がある。
「窓際の廊下に出ないと椿先輩の援護は受けられない。だが私は絶対にお前をこっちに通すつもりはない。勝てると思っているのか?」
「勝てる」
私から仕掛ける。1秒でも早くこいつを仕留めなければいけない。
警棒を振り下ろす。防がれるがすぐに脇腹めがけて振り直す。しかし、これも防がれる。
「おい、そんなんで私に勝つつもりか?」
腹に梅野蹴りが入る。体がいっそう窓際から遠ざかる。
「美咲ちゃん! 無理せずに逃げて!」
「大丈夫です。椿先輩」
私と椿先輩は風紀委員会としての無線は遮断されている。しかし、そうなることは最初からわかっていたので個別に無線を持ってきていた。
「同好会の奴らに助けを求めた方がいいんじゃないか?」
「別に私はあいつらの味方じゃない」
そう。別に私はあいつらの味方になったわけじゃない。だからあいつらとも連絡は取らない。
「どういう意味だ?」
「私はな、お前らと違って困っている人を助けたくて風紀委員会に入ったんだ」
「……なんだその理由は。馬鹿らしい。子供のお遊びじゃないんだぞ」
「子供のお遊びはお前らだろ。委員長のファンクラブごっこ」
警棒での攻防が続く。だが、圧倒的に力で負けている私は少しずつ廊下の奥へと押し込まれていっている。
「ごっこ? バカにするな。私たちはいつも真面目に委員長の幸せを祈っている」
「いいや違う。お前がやっていることは最低な理想の押し付けだ。知ってるぞ、お前も剣道やってたんだってな」
「それがなんだ」
「右足を怪我してやめたんだろ。それからお前は恵先輩の追っかけのようなものを始めた」
右足に視線をやる。
「貴様っ! なぜそんなことを!?」
梅野の守りの意識が右足に向かった瞬間を狙って頭に向かって全力で警棒を振る。もちろん、これも防がれたが梅野は衝撃で大きく左に飛んだ。
そこを狙って窓際に走ると
「ぐっ!?」
後ろから警棒が飛んでくる。それをギリギリで弾くが、梅野が投げた警棒を追うようにして私に覆い被さった。警棒を持った右手は押さえられ馬乗りされる。
「お前は自分が怪我で剣道の試合に出れなくなったフラストレーションを当時活躍していた恵先輩を応援する形で解消した」
「だったらなんだ!? それでも委員長を支えてきたことは変わらない!」
「恩着せがましいって言ってんだよ! お前らが勝手に支えるとか支えないとか言ってるせいで委員長はずっと一人なんだろうが!」
「何を言っている!? 私たちはずっと委員長のそばにいただろ!」
馬乗りになった梅野の拳を両腕でなんとか防ぐ。しかし、完全には防げずに何度も頭に衝撃がくる。
「人間としてじゃなくてコンテンツとしての“高梨恵”とだろ! だから、学校でスカートを履けるようにすれば喜ぶなんて短絡的な発想になるんだろうがっ!」
全身の力を振り絞って梅野の体をどける。しかし、体制が崩れると同時に梅野が蹴りを放ち体が後ろに飛ぶ。梅野が警棒を拾い、再び最初位置に戻る。
「さっきから好き勝手言って。自分はどうなんだ。人を助けるために風紀委員会に入った?笑わせるな。お前がこれまで一体何を成し遂げた?」
「何もできてないよ……。中学で私が一人で尖ってた頃、声をかけてくれた人がいた。ポンコツでとろくてすぐ空回りするダメダメな先輩。私みたいなやつと違って優しさだけが取り柄みたいな人がこんな私とずっと一緒にいてくれた」
「なんの話だ」
「その先輩が風紀委員長なんて全く似合ってもないことやってるって聞いて心配でこの学校に来た。そしたら、急に風紀委員会が大きくなってその人も委員長じゃなくなって気づいたら私の補佐なんかやってる。まだ何も返せてない」
「私情じゃないか。あれだけ言っておいて私たちと何が違う!」
「ああそうだよ。お前らと一緒だ。だけど私はあの人を支えるために一緒にいるんじゃない。私があの人と一緒にいたくて、その上であの人に何か返したいんだ」
人助けがしたいあの人と一緒に何かしたい。こんな私情で戦っているから同好会の奴らと仲間とは到底言えない。
「ふっ、何を言うかと思えば。自分の無力さを棚に上げて一緒にいるだとかどうとか訳のわからないことを。もういい、お前と話すことはない。ここでお前は終わりだ」
梅野が武器を構える。結局、梅野とわかりあうことはできなかった。まあいい、私もこいつらの気持ちなんかわからない。委員長の格がとか、おこがましいとか言って“委員長補佐”を空席にするようなバカな連中だ。こいつらは孤独を知らない。いや、自分たちが孤独になりたくないから“高梨恵”という宗教を作ったのかもしれない。
最初の拳と蹴りがだいぶ効いている。ああ、そういえばインカムもつけっぱなしだったな。恥ずかしい。
「美咲ちゃん! もういいから逃げて! もうすぐ下からも敵が来るよ!?」
「まだ全然、時間稼げてないでしょ。もう少し頑張りますよ。舐め切った後輩に見栄も張りたいですから」
武器を構える。もはや何も語ることはない。
場に緊張が走った。