静かじゃない昼休み(1)
翌日の昼休み
俺は教室で単語帳を片手に昼食をとっていた。
昼食といっても、携帯食の簡素なものだ。そうして手早く昼食を済ませることで、勉強に時間を割けるし昼食代も抑えられる。
そうやってお金を浮かせて、ASMRを買っている。
ちなみに今日は『ダウナー系彼女とのおほラブえっち自堕落生活』を買って聞いていた。
俺ほどの熟練者であれば、教室であっても恐れずに聞くことができるのだ。
「律さん」
俺を呼ぶ声がしたような気がする。まあ、気のせいだろう。きっと耳舐めパートのじゅぱ音で空耳したのだ。
「律さん!」
バンっと机を叩かれる。
驚いて前を見ると天宮がいた。ASMRを止めてイヤホンを取る。
「お前、他のクラスだろ」
「昼休みですから普通ですよ」
そのぐらいは知っている。昼休みになると明らかに知らない人間が教室に溢れているからな。遠回しのほっといてくれというメッセージだったのだが伝わらなかったらしい。
「それで昨日はどうでしたか。村上さんは同好会に入ってくれそうですか?」
天宮が声をひそめながら聞いてくる。その時にちらっと廊下側の席に目をやった。
そこには村上さんがいる。
今日学校に来て、同じクラスであったことに初めて気づいた。自分の視野の狭さに驚くばかりだ。その点では天宮には感謝しなければいけない。
こいつと会わなければ、クラスメイトの名前を一人も覚えずにクラス替えを迎えるところだった。
「まあ、なんだ。普通だよ」
昨日のことは未だ現実感が湧かない。今日も勧誘に行こうと思っているが、どうしたものだろうか。脈なしというわけではなさそうなんだよな……
「詳しい話は食堂でしましょう」
「嫌だよ。お前といると目立って居心地悪いからな」
今すでに教室の視線をヒリヒリと感じている。
「でも教室でのぼっち飯も同じくらい居心地悪いですよね?」
天宮が小さく首を傾げる。悪気はないらしい。多分。
「そういえば、さっき『ダウナー系彼女とのおほラブえっち自堕落生活』聞いてました?」
「おい」
再生を停止する時にスマホの画面が見えたのだろう。それはともかく、教室でタイトルを言うんじゃない。
「それ私も聞きましたよ。ええっと、たしか……」
天宮が咳払いをして、喉を整えている。
おい、待てよ。まさかー
「おっ♡おほっぐがっ!」
天宮の首根っこを掴み、教室から引きずり出す。
こいつ、教室で成人向けASMRの再現しようとしやがった。
「何するんですか! せっかくうまくできそうだったのに!」
「うまくやられた方が困る。人前でするなっていっつも言ってるよな!」
「あっ、そこを曲がってください。その先に人気のない場所があるのでそこで食べましょう」
引きずられながら天宮が指示を出す。こいつ、最初からこのつもりでやったんじゃないだろうな。
仕方ない。これ以上こいつと教室にいたら何をしでかすがわかったものじゃないし、ここは付き合ってやるとするか。
そうして俺たちは人通りの少ない廊下の隅へと移動した。