風紀委員会 幹部会議
グラウンド隅 風紀委員会集会の会場
一ノ瀬は砂煙に紛れた逃走した。かなりの数が後を追ったがあいつなら逃げおおせるだろう。
「美咲ちゃん、私たちも追わなくていいの?」
椿先輩が不安そうに尋ねてくる。
「私たちはこれからのことを協議しなくちゃいけないだろ。それに椿先輩が現場にいても他の人の足を引っ張るだけだ」
「僕も残ってくれる方が助かるな」
「委員長!」
さっきまで顔を真っ赤にして慌てていた恵委員長が平静を取り戻している。周りをみると副委員長たちが集まってきていた。
「やはり一ノ瀬律はメス豚調教師だったのね!すぐに捕まえなきゃ」
「落ち着いて唯花ちゃん。驚きはしたけど勝負の話は悪くないよ」
「しかし、一ノ瀬律は結局のところ生徒会長とは無関係という結論になったはず。そもそも賭けは成立しないのでは」
「あまり大きい声で言わないでね。それはまだ僕たちだけの情報だから」
「すみません」
菊門寺副委員長が項垂れている。この人は悪い人ではないが感情のコントロールが下手くそだ。一緒に仕事してその暴走に何度も手を焼いた。
「あのあと調べたら、あの二人は無関係じゃなかったんだ」
「えっ!?」
椿先輩や菊門寺副委員長が驚いている。確かにそれは意外だ。懲罰房で話を聞いた感じだと嘘をついているふうには見えなかった。
「でもね、どうやら会長の一方的な感情らしいんだ。だから彼自身は何も知らない」
「それはどういう……彼の見た目は悪くこそないが一目惚れされる程の容姿でもない気がします」
「ふふっ、そうだね。彼の魅力はあの性格だもん。詳しい事情はわからないけど彼が覚えていないだけじゃないかな。天然なところもあるし」
恵先輩がおかしそうに笑う。最近のこの人は一ノ瀬律の話をする時だけはとても楽しそうだ。その時以外はどこか苦しそうに感じる。私はそれがつらい。だから
「委員長、この勝負わざと負けませんか?」
提案する。
「美咲ちゃん、それはー」
「それはどういう意味でしょうか!美咲書記」
「チッ」
向こうから歩いてきたのは風紀委員会実働部隊隊長“梅野楓。同時に高梨恵ファンクラブの会長でもある。私はこいつが嫌いだ。
「今、聞き捨てならない言葉が聞こえましたが」
「は? 何も言ってないが。無駄にでかい声で訓練ばっかりするから耳がイカれたんじゃないか」
「貴様っ!」
椿先輩の制止を振り切って、向かってくる梅野の胸ぐらを掴もうとするが
「二人ともやめて」
委員長に止められてしまう。
「勝負は勝ちに行くよ。これで全て解決だ。ついでに律くんも手に入れてしまおう」
梅野がこっちを睨んでから委員長に向き直る。
「失礼ながら、委員長とあの男はどういう関係なのでしょうか?生徒会長の弱みを握るための道具というだけではなさそうでしたが」
「彼はその……」
そんなところまで踏み込んでくるんじゃねぇよ。どう思っていようが委員長の自由だろうが。
言おうとするが隣の椿先輩が私の手をぎゅっと握っているのを感じて踏みとどまる。椿先輩も我慢しているのだろう、唇を噛んで泣きそうな顔をしている。
「それは……実働部隊隊長としての質問か……」
そこで桜木さんが喋る。この人がこういう場で発言するのは珍しい。
「……いえ、個人的な質問です」
「場を……弁えろ……」
的確な指摘だ。桜木さんの圧も相まって流石の梅野も黙ってしまう。
「うん、みんな仲良くね。とりあえず今日の律くんの捜索は打ち切っていいよ」
「なぜですか!? まだ何も成果をあげられていません!」
「泳がせた方がいいでしょ。今日捕まえたら勝負の話自体がなくなってしまうかもしれない」
「そんなことは捕らえてから身体を引き換えに会長と取引すればー」
「梅野ちゃん、僕たちはあくまで風紀委員会だよ。そこは履き違えないでね。もし、学校生活の中で私的に危害を加える人間がいたら容赦無く切るから」
一ノ瀬律に関わらず、こういう時の委員長は怖い。一ノ瀬律を冤罪で強引に捕らえた生徒はかなり重い処分を受けたと聞いている。除籍一歩手前だったとか。
「しかし、やり方にこだわっていてはいつまでも委員長の念願を叶えることができません。多少は強引な方法も考えるべきでは」
「おい、委員長の念願って言ったか今―」
流石に我慢できない。委員長がいつそんなこと頼んだ。こいつらの視野の狭さと思い込みには反吐がでる。
「うん、そうだね。ありがとう。でもやり方を間違えれば一般生徒の支持を失ってしまうからそこは線引きしなきゃね」
委員長が私を遮って答える。
私もわかっている。委員長のカリスマで成り立っているこの組織は“委員長のため”という行動を抑制できない。委員長もわかっているから目的を否定せず表面的な注意しかできない。最近はそれも聞かなくなってきているが。
「そこまで頭が回っていませんでした。申し訳ありません。すぐに撤退させます」
そう言って梅野が場を立ち去る。
「他の人間は騙せても私は騙せませんよ、桜木副委員長」
去り際にそう言い残した。
おそらく一ノ瀬律に加えた攻撃のことだろう。あれは完全に彼を逃すためのものだった。桜木先輩が本気を出していれば片手の使えない彼が避けられるはずがない。
「僕たちも片付けて帰ろうか」
「はい」
全員が黙って会場の後片付けに入る。全員がどこか疲れているようだった。
「美咲ちゃん、律くんと仲良いよね。彼がどこにいるか心当たりない?」
片付けも終盤にかかる頃、委員長が話しかけてくる。
「一ノ瀬律の捜索は打ち切りでは?」
「風紀委員としてはね。僕が個人的に会いたいんだ」
さて、これは教えるべきか悩む。心当たりがないことはない。私と椿先輩であいつの動きはある程度マークしている。この状況で逃げ込むならあそこだと思うが確証もない。
「どこにいるのかはちょっとわかりません。それに彼とは別に仲が良いわけではありません」
「え~嘘だ。最近、律くんのことつけてるでしょ?」
「なんでそれを!?」
椿先輩のばか。こんなわかりやすい罠に引っ掛かって。
「やっぱりそうなんだ。ありがとうね、見守ってくれてるんでしょ?」
「そんなつもりはありません。ただ、最近は彼と風紀委員の人間がたまたま近くにいるようなので変態の彼が襲いかかってはいけないと注視しています。まあ、普段あれだけ訓練している彼女たちであればその心配は不要かもしれませんが」
「ツンデレだな~美咲ちゃんは」
「いや、だからそういうわけでは」
「で、彼はどこ?」
今度は目が笑っていない。これは無理だな。一ノ瀬のために私がそこまでのリスクを冒す理由もない。
「元宗教部の部室かと」
「ありがと」
委員長が歩いて去っていく。このタイミングで会いに行って何をするつもりだろう。
いっそのこと一ノ瀬が委員長をどこか遠くへ連れ去ってくれればいいのに
そう思いながら日の沈みかかったグラウンドを一人歩く委員長の背中を見送った。