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私のおほ声を聞け!  作者: 冷泉秋花
風紀委員会編
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自己満足

「律さん、そろそろ説明をいただいてもいいでしょうか?」

「ん?ああ、わかった。と言っても説明するの難しい気がするな」

 御園先輩が淹れてくれた紅茶を飲み、落ち着いてから話を始める。

「俺も経緯はわからないが、おそらく風紀委員会の目標はジェンダーレス制服の導入。そして、肉体的な男女観による制服着用の撤廃。つまり女子でもズボンを、男子でもスカートを履けるようにしようってことだな」

「どうして風紀委員会がそんなことを? それはどちらかというと生徒会の領分な気がしますが」

「だから恵先輩だ。あの人がスカートを履いても文句を言われない学校をつくりたいんだろう」

「それって……」

 俺は黙って頷く。

「引っかかるのは恵先輩自身がそれを主張するようには見えないってことだ。少なくとも関係のない俺や同好会を巻き込んでまでそれをやる人じゃない」

「なら、この状況は……」

「風紀委員会の皆さんの善意ってことでしょうね」

 話を聞いていた御園先輩が答える。

「隣人愛はとても素晴らしいものです。しかし、それは時に押し付けになってしまうもの。何を望み、何を幸せとするのか……それを他者が決めつけることは傲慢であり自己満足に他ありません」

 御園先輩の目は遠くを見ている。この人にも思い当たることがあるのかもしれない。

 室内にテーカップとソーサーの当たる音のみが響く。

「つまり律さんは、風紀委員会の人たちの好意でがんじがらめになった委員長を救うべくあの発言をしたということですね」

「いや、別にそんなつもりもない」

 “恵先輩を助ける”それもないことは無いが、どちらかと言えばムカついたからという理由が大きい。

「似てたんだよ、あの風紀委員会の奴らの眼や喋り方、考え方がさ。俺の嫌いな人たちに」

「それは律さんの両親のことですか?」

 俺は黙って頷く。

 自分たちが考える幸せが子供の幸せと信じて疑わずそれ以外は認めないあの態度。俺や律花を苦しめ続けた、そして現在進行形で苦しめる呪い。

「だから助けるなんて立派なものじゃなくて完全な私情だ。天宮も同好会のみんなも無理に付き合う必要はないぞ」

「まったく隙あれば問題を一人で抱え込もうとするんですから。いいですよ、その理由も気に入りました。風紀委員会ぶっ潰しましょう」

「そこまでは言ってないだろ」

 悪態をつきながら天宮と顔を合わせて笑う。

「そういえば勝負するって言ってましたけど、何か考えがあるんですか?」

「……ない」

 あれは勢いがほとんどだったからな。本当に何も考えていない。

「まあ、これは他のみんなとも相談ですね」

「そうだな、あの人数とチートの桜木先輩相手に勝ち目のある勝負にしたいが」

「多少こちらに有利でも“制服のジェンダーレス化”という餌がありますから乗ってくるとは思いますが」

「それでも苦しい戦いにはなるだろうな」

 二人で黙り込む。

「あの、私も助太刀させていただけないでしょうか?」

「御園先輩が?」

「ASMR同好会に入るというのはまだわかりませんが、風紀委員会を相手に戦うというのでしたら私も一緒に参加させて欲しいのです」

「こちらとしては嬉しいですけど、どうして? 勝負に勝っても部室立ち退きの件はなくならないと思いますが……」

「いえ、それは関係ありません」

 そう言って御園先輩は両手を胸の前に合わせて話す。

「これは贖罪です。偉そうに自己満足などと非難しましたが私も同じなのです。宗教部のみんなは何も知らない方が上手くいくと思っていたんです。実際に上手くもいっていました。取り繕いの嘘と権威で誤魔化しながらみんなとずっと一緒にいられるって思っていたんです……」

 先輩の声は悲しみに震えている。ガラガラになった食器棚が夕日に寂しく照らされていた。

「それにあなたたちの関係を見ていると羨ましくなったんです。私もそうしていれば、友人を失わなくて済んだのかもしれません」

「御園先輩……」

 気がつくと部屋の外は静かになっていた。風紀委員会が消火を終えて撤退したのだろう。消火活動で疲弊した状態で熱されたバリケードをどかし俺たちを探すのはあまりに手間だ。

「わかりました。力を貸してください。それに先輩が困っていることがあれば言ってくださいね。力になります」

「一ノ瀬さんは優しいですね。宗教部の新しい後輩になりませんか?」

「それはお断りします」

「ふふっ、冗談です」

 この人が言うと冗談に聞こえないんだよな。

「しかしどうしましょうか。その格好は流石に目立ちますね」

 半袖の白シャツに半袖の緩いズボン、明らかな部屋着だ。学校でこの格好は目立ちすぎる。外はまだ風紀委員会がうろついているのでそれは避けたい。

「う~ん、律花に頼んで制服を持ってきてもらうか……いや、勉強の邪魔はしたくないしな」

「あっ、そうでした!今日は律花さんの家庭教師の日です!すぐに行かないと」

 天宮は例の模試の後も週に一回だけ律花の勉強を見てくれている。今日はその日だったらしい。

「そうです!家庭教師が終わった後に私が制服を持ってくるというのはどうでしょうか?時間は遅くなってしまうかもしれませんが」

「俺はいいが天宮は大丈夫なのか?暗くて危ないだろ」

「なら私も一緒に行きましょう。その間、律さんは部屋を好きに使っていて構いません」

 2人いるなら大丈夫か。御園先輩を律花に会わせるのはかなり抵抗があるが。

「御園先輩ありがとうございます。できれば思想は吹き込まないでもらえると助かります」

「中学生相手にそんなことしませんよ。それに私、英語は得意なのでいい家庭教師ができると思いますよ」

 中学生じゃなかったらやってたのか。このツッコミ前にやった気もするな。

「御園先輩ってとっても成績いいんですよ、律さん。知らないんですか?」

「へぇ、そうなのか。まぁラテン語読めるって言ってたしそうなのか」

「はい、それ以外にも6カ国ほど」

 凄いな。そのスペックを常識とか良心にさけないものだろうか。

「じゃあ、行きましょうか御園先輩」

「はい。では留守番お願いしますね」

 そうして2人は部屋を去った

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