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私のおほ声を聞け!  作者: 冷泉秋花
風紀委員会編
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御園マリア(2)

 御園先輩と同級生である綾乃先輩が一つずつ丁寧に俺たちの経緯や現状について説明してくれた。

「我々の、いや私の『宗教部』に入ってくれるわけではないのですね」

 御園先輩ががっくりと肩を落とす。そんなふんわりとした名前の部活だったのか。

「ASMR部ですか……」

「ああ、そうだ。難しいだろうか?」

「申し訳ありません。そもそもASMRというものがわからなくて」

「それは実際に聞いてみればわかると思う、が……」

 そこで、綾乃先輩が俺の方を見る。聞かせると言っても何を聞かせればいいのかわからないのだろう。

「私が作った物があるけん聞いてみてください」

 そう言って千春が自身のスマホとイヤホンを渡す。御園先輩がそれを受け取って耳に装着した。

 御園先輩は少し緊張気味な様子で音が流れるのを待つ。

「……これは素晴らしいですね。まるで本当に山の中にいるようです」

 御園先輩が目をつぶって安らかな表情をしている。

「本当にこれをあなたが?」

 千春が首を縦に振る。それを見た御園先輩は感嘆の声を漏らした。

「なるほど、これがASMR……これは悪くありません。教えを広めることに使えそうです」

 その様子を見て、みんなが少し安心する。

 このままいけば、うまく勧誘できそうだ。


 だが俺の中にはしこりが残る。

 確かにきっかけは風紀委員会から身を守るためだが、御園先輩を間に合わせの部員にするつもりはない。勧誘する以上はこれからも部員として一緒に活動するつもりで俺はいる。

 だから

「先輩、こっちも聞いてみてください」

「律さん、それは……!」

 俺のスマホ画面には『どすけべシスターのおほ声性処理えっち』が表示されている。先輩は気づいておらず再び千春が聞かせたような優しい環境音が流れると思っている。

「では、失礼して」

 先輩が俺の渡したイヤホンをつける。

 それから先輩は少し不思議そうな顔をしてそれを聞く。最初の導入の部分があるのでまだ肝心のところが流れていない。

 俺はその間に先輩に出されたパンを食べる。綾乃先輩が心配そうにこっちを見ていたが、飲み物はともかくせっかく出してもらったものを残すのは申し訳ない。


「……っ!」

 しばらくして、先輩の顔がみるみる赤くなっていく。

「あの……これは!」

「それもASMRです。天宮と俺はそういうものを作ろうと思っています」

「いけません! このようなもの」

 俺は顔を真っ赤にして言う先輩の目をまっすぐ見る。

「そうです。でもこれが俺たちの活動です。受け入れることが難しいのであれば今回の勧誘は諦めます」

 俺と天宮はもちろんのこと綾乃先輩もこういうASMRは知っている。そして千春も聴きこそしないが存在は知っており、同好会に入る時に一応説明はした。山の一件で天宮の爆音おほ声を聞いているのでなんとなく知っていたとは思うが。

「……そうですね。私にはとても理解できそうにありません。申し訳ありませんが今回の件はお断りさせていただきます」

 御園先輩がイヤホンを俺の前に置く。

「わかりました……じゃあ、俺たちはこれで失礼します。飲み物、出してもらったのにすみません」

 流石に学校内で未成年飲酒をするわけにはいかない。

「いえ、構いません。無理やり飲ませるとそれこそ犯罪ですからね」

 いや、もうすでに色々と法律に引っかかっているとは思うが……

 先輩が俺たちの前の杯を片付ける。俺たちは椅子から立ち上がり帰る準備を始めた。

「……あの」

 御園先輩が小さな声で俺たちを呼び止める。

「……またいつでもいらっしゃってください。同好会に入るのは難しいかもしれませんが、おもてなしぐらいはできます。今度はお酒ではなくジュースを用意しますね。紅茶も淹れることができるのでぜひ飲みに来てください」

 御園先輩が慌ただしく喋る。

 なんというか、この人はただの頭のおかしい人ではないのかもしれない。まあ、天宮や綾乃先輩もそうであるように本当にただ頭のおかしいだけ人間なんてこの世にはいないのかもしれないが。

「はい、その時はぜひお願いします」

 そう言いながら部屋を出る時、夕日に染まった部屋で御園先輩の影だけが部屋に落ちているのを見た。


「すみません、先輩。せっかく色々と準備してもらったのに台無しにしてしまって」

「いや、いいんだ。同好会に入る以上は遅かれ早かれという話だからな」

 俺たちは放課後の廊下を黙って歩く。

「いや〜、でも律さんって鬼畜ですよね」

 天宮が沈黙を破るように抜けた声で言う。

「シスターに向かって『どすけべシスターのおほ声性処理えっち』を聞かせるなんてとんだ鬼畜の所業ですよ。別に他の音声もいっぱいあったのに」

「……たしかにそうだ。一ノ瀬君はやはりメス豚調教師としての才能があるのかもしれないな」

「いや、たまたま一番上にあったやつを選んだだけですよ」

「律はああいうセクハラみたいなプレイが好きなんやね」

「いやっ違うって! 本当にたまたまなんだ」

 天宮が呑気に笑っている。こいつのせいで千春から俺への信頼がみるみる落ちているような気がする。

「私は他にも入れそうな人がいないか探してみるよ」

「ええ、お願いします。顧問の先生の方は話がついたので大丈夫です」

「そうなんですか!ちなみに誰でしょうか?」

「俺たちの担任の芽吹先生だよ。御園先輩が元々いた部活の顧問をしていて廃部になったから今はフリーなんだと」

「まあ、でも御園先輩がいた部活……『宗教部』でしたっけ? それの顧問をしてくれるような人ならASMR部の活動も認めてくれそうですね」

「まあ、学生の活動に文句を言うような人じゃないからな。ただ、『宗教部』なんていうふんわりした部活だからといって部員がバラバラになるのを黙ってみているようにも思えないんだよな」

「何か考えがあるんやない? 芽吹先生、ああ見えてすごく気配りのできる人やし」

「そうだな」

 芽吹先生には金曜日までに本当に今部を作るのか考えろという課題を与えられている。俺はその意味も考えなければいけない。

「律さん、また一人で何か考えていますか?」

 天宮が真面目な顔で聞いてくる。

「ああ、まあな。でもこれはもう少し自分で考えてみるよ」

「そうですか……困ったらいつでも言ってくださいね」

「ああ、ありがとう」

 天宮は意外と他人の感情の機微に繊細だ。そういう繊細さがもっと別の場面で生かされるといいのだが。

「なんですか?」

「いや、なんでも」


 芽吹先生、御園先輩、風紀委員会と恵先輩。考えることが多いがひとまずは動くしかない。それにもう少しでいろんなことが繋がる気がする。これらのことや最近あったこと、それらは共通点のようなものがある気がして、あと少しピースが揃えば何か手が浮かびそうだ。

 そんなことを考えながら俺は天宮と共に風紀委員会の集会へ向かった。

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