エロ漫画家の懺悔
4限終わりのチャイムが鳴る。
昨日学校の夏期講習に復帰して、次の日には風紀委員会に入っている。とんでもないスピード感だ。
夏期講習中は授業が4限で終了する。俺は同好会メンバーと昼食の約束をしていた。場所はもちろん美術室前の廊下だ。
「律、一緒に行くやろ?」
「ああ、行こうか」
千春とは同じクラスだが考えてみれば教室で話すのは初めてかもしれない。そもそも山での一件から俺が教室にほとんどいなかったこともあるが。
その様子を珍しいと思ったのか、周りから視線が集まっている。
「あれがメス豚調教師……」
「村上さん、かわいそう」
いや、これは違うな。今朝、校門で菊門寺先輩が騒いだせいだ。完全に俺の悪い噂が広がっている。
「早く行くぞ、千春」
「えっ?ああ、うん」
俺は千春の手を引っ張って教室を出る。
「り、律。その手……」
「ん?ああ、ごめん。離すよ」
「えっ!?いや、別に離さんでも!」
急だったとはいえ、悪いことをしたな。
千春の手を離す。なぜか千春の機嫌が帰って悪くなっている気がするが気のせいだろう。
「そういえば昨日、俺の部屋から枕カバーと服がなくなっていたんだが何か知らないか?」
「えっ!? あ~~あれね。ごめん」
そう言いながら千春がカバンの中をゴソゴソと漁る。
「ごめん、間違えて持って帰ってしまったたい」
「間違えて……?」
千春の手元には俺の枕カバーがある。どうやったら枕カバーを間違えて持って帰るのだろうか。
「洗ってないから」
「そこは洗っといたからでは?」
俺は千春から枕カバーを受け取る。あれ、少し湿ってるか? 最近は千春の様子も少しおかしいし、やはり天宮や綾乃先輩と距離を取らせるべきかもしれない。
「そういえば、今朝の件はどうなったと?」
「ああ、それはみんなが揃ってから話す。天宮はもう知ってるけど」
そう言いながら、美術室につながる廊下へ曲がると、天宮に土下座している綾乃先輩の姿があった。
「本当にすまない。全て私のせいだ」
「いえ、全然気にしていなので大丈夫ですよ。アサギさん」
「その名前で呼ばないでくれぇ!」
天宮が笑いながら綾乃先輩をいじめている。
「頭を上げてくださいよ、アサギ先輩」
「一ノ瀬君までぇ!」
いや、この人のやったことを考えればこのぐらいは当然だろう。
「まあとりあえず、説明してください」
「ああ、わかった。大体は君たちの知っている通りだが……」
そうして、綾乃先輩がアサギとしての活動とファンとの関係を話し始めた。
「最初は軽い気持ちだったんだ。自分の作品を誰かに読んで欲しくて……。でも、想像よりもずっと人気が出てしまって気づいたらファンクラブまでできていて」
綾乃先輩が頭を低くして地面を見ながら続ける。
「天宮君と一ノ瀬君と知りあってからあの本の頒布はやめようと思ったんだ。でも、新作が来ないことでファンクラブの子達が騒ぎ始めてな」
「騒ぎ始めた?」
「最初は“アサギ”が風紀委員員に捕えられているという噂に始まり、風紀委員会と小競り合いが起こった。それから新作を秘匿していると言って仲間内で争いを始めたりして……」
「それを止めることはできなかったんですか?」
「出来なかったといえば嘘になる。いつもの本の受け渡し場所にメッセージを置けば解決したかもしれない」
「ならどうして……」
「言ってしまえば保身だ。今の人気が惜しかったんだ。それにあの子達の期待を裏切りたくなかった。結果として君達を裏切ってしまったが……」
空気が痛いほどに重い。
たしかにあの女子生徒も凄い熱狂ぶりだった。ファンクラブの新作を求める声を綾乃先輩本人も御しきれなかったのだろう。
「私のやったことは許されることじゃない。自分の保身のために天宮君と一ノ瀬君を売ったようなものだ。どう罵ってくれてもいい」
綾乃先輩が頭を地面につける。その態度を見た俺と天宮は顔を合わせた。
「はあ、別にいいですよ先輩。それに一番悪いのは風紀委員長にデレデレして堕とされた律さんですから」
「いや、それは悪かったって。先輩も顔をあげてください。別にそこまで怒ってないですよ。逃げたのは根に持ってますけど」
「二人とも……! 本当にすまない。そして、ありがとう!」
こうして綾乃先輩にも笑顔が戻り、ひとまずは落ち着いた。
まあ確かにきっかけは先輩の漫画だけど、結局は風紀委員会室での俺のせ痛っ!
「その話、知らんとやけど」
千春が俺の左腕をつねっている。かなり痛い。
「ああ、悪かった。説明するよ」
そうしてできるだけ、俺の情けない部分はカットして婉曲に千春に伝えた。その間の天宮の視線が冷たかったのは気にしない。
「しかし、それなら部活への昇格をより急がなければな」
「5人目のメンバーはいつ接触できそうなんですか?」
「今日は学校に来ていないようだから、明日になるな」
明日か……
「俺と天宮もこのあとは副委員長の桜木さんのところに挨拶に行かないといけないのでちょうどいいですね」
少しずつ段取りが組まれる。顧問の先生は明日の朝に行くとしよう。
「あっそういえば、俺の服とか知りませんか?」
天宮と千春はなくなった服に関しては知らないと言っていたから、残るは綾乃先輩だけだ。
「ああ、すまない。間違えて持って帰っていたんだ」
そう言って先輩が鞄から俺の服を取り出す。
「なんで持って帰ったんですか?」
「いや、だから間違えて……」
先輩が目を泳がせている。
「……すまない。漫画のモデルに使った。一ノ瀬君の服のサイズとかも知りたくてな」
「そう言えば俺と千春でも描いてましたよね。あれ、どうなりました?」
「……」
「アサギ先輩?」
「許してくれ。君は私のファンの中でその鬼畜ぶりが凄まじい人気なんだ。これもあげるからどうか……」
先輩は鞄から手紙やチョコ、クッキーを取り出した。それらには可愛い文字で“律様へ”と書かれている。どうやらファンから俺宛にらしい。まあ実際は現実の俺ではなく漫画の中の俺に向けてだろうが。
まあそれでも悪い気はしない。そう思って左手を伸ばすと天宮に思いっきり踏まれた。怪我が治りたての人間にすることじゃない。
「没収です」
まあ仕方ないかと思って項垂れていると、
「ダメやろ?こんなの受け取ろうとしたら」
千春が後ろからめちゃくちゃ低い声で囁いてきた。天宮が怒った時とはまた違った怖さがあった。
「あっ、そろそろ時間ですね。いきましょうか律さん」
「ああ、そうだな」
そうして俺と天宮は副委員長の桜木先輩のいるグラウンドへ向かった。




