ハレンチなっ!
昨日、あいつらが帰った後、俺の部屋から物がなくなっていた。
表紙のグラビア目当てで買った漫画雑誌、枕カバー、洋服が一式だ。まさかとは思うが、一応みんなに確認しておこう。
通学路、徒歩で学校に向かう途中で天宮に会う。
「奇遇ですね、律さん」
「ああ、天宮。最近よく会うな」
たしかテストを受けるために視聴覚室に向かっている時にも会った。
「そうですか? このぐらい普通でしょう」
天宮が笑顔で返してくる。まあ、確かにこのぐらいは普通か。今まで友達がいなかったから塩梅がよくわからない。
「なあ、昨日俺の部屋から物がー」
「巨乳のグラビア表紙の漫画雑誌ですか?」
「……ああ、そうだ。まあ、別に表紙はどうでもいいんだが」
「巻数が不自然に飛んでましたよね?」
「それはお気に入りの漫画の最終回が載っているやつで……」
「燃やしましたよ」
もう何も言わないでおこう。天宮の目にダークマターが充満している。
「そういえば、昨日出たクロクジラの新作聞きました?『もう2度と戻れない一方通行催眠~無限絶頂地獄編~』です」
「ああ、聞いたな。ただ、ちょっと催眠導入音声が長くないかあれ? 20分ぐらい飛ばしたぞ」
「ええ! もったいない! あの30分にわたる催眠導入を受けてこそですよ。私なんか昨日は没入しすぎて大変でしたよ」
「それは凄いな。ちゃんと催眠解除音声聞いたのか?」
「いえ、私はしたらいつもそのまま寝ちゃうので。でも寝たらあれ解除されませんか? もしかして律さん催眠効きやすいタイプなんです?」
「まあ、たしかに催眠が効きやすいように訓練しているからな」
催眠音声を本当に楽しむためには長期にわたる慣れと訓練が必要なのだ。
そして、そんな他愛の無い話をしながら歩いていると学校に着いていた。人と話すと通学路が短く感じる。
「おい!列を乱すな!」
なんだか、校門の方が騒がしい。
よく見てみると、風紀委員会による荷物検査が行われていた。
「律さん、何か怪しいもの持ってきて無いですよね?」
「いや、特には。お前の方こそ大丈夫なのか?」
「私も今日は何も無いです」
普段は持ってきているのか。そう思ったが、いちいち突っ込むのも面倒なのでスルーした。
「はい、問題ありません。通ってください」
俺も天宮も問題なく検問を突破する。
そして、学校に入ろうとした時だった。
「待ちなさい!あなたたち!」
後ろから呼び止められる。後ろを振り向くと髪の長い、いかにも真面目そうな女が立っていた。腕には風紀委員の腕章をしている。なんか見たことのある見た目だな。
「あなたがメス豚調教師の一ノ瀬律ねっ!」
「……いえ、人違いです」
こんなのに構っていられない。ただでさえ、風紀委員会との関係には気をつけなければいけないのにこんな意味不明な理由でトラブルは起こせない。
「待ちなさい! メス豚調教師一ノ瀬律!」
人が大勢いる中で言う言葉じゃないだろ。そう思っていると、背の低いメガネをかけた女子生徒が何やら耳打ちをしている。
「公然の場でメス豚は良くないです」
「えっ?ああ、たしかにそうね。気をつけるわ」
風紀委員会は頭のおかしいやつとまともな人間にペアを組ませるシステムなのだろうか。
「ええ、ごほんっ。豚調教師の一ノ瀬律! あなたにはハレンチ行為の容疑がかかっているわ」
豚調教師ってなんの仕事だよ。
「ハレンチ行為? 身に覚えがないな。そもそもあんた誰だよ?」
「私のことを知らないなんていい度胸ね。いいわ、教えてあげる」
そう言って女が足を開き指を突き刺してポーズをとる。
「私は2年菊門寺唯花! 風紀委員会副委員長が一人よ!」
この人が副委員長なのか。大丈夫か、この組織。
「あ、私は1年水野菖蒲です。副委員長補佐です。よろしくです」
隣の小さなメガネ女子が挨拶する。
「それで菊門先輩の言うハレンチ行為とは何ですか?」
「菊門じゃなくて菊門寺よ!人のことをお尻の穴みたいに言わないで!」
天宮、綾乃先輩といい人をおもちゃにするの好きだよな。
「あなた、最近ASMR同好会という組織を作ったそうね」
「ああ、作ったがそれが何だ?」
「その組織の実情はあなたの雌奴隷で作ったハーレムなんでしょう?」
「雌奴隷もだめです。脳みそが無いんですか?次言ったらあれ出しますよ」
「雌奴隷もだめなの?厳しいわね。気をつけるからあれは出さないでちょうだい」
一年生にめちゃくちゃ怒られてるのあまりに情けないな。
「えっ、私達って律さんの雌奴隷だったんですか?」
「お前はややこしいから喋るな」
これも風紀委員長の罠か?
俺が同好会のメンバーを調教しているなんて根も葉もない情報、そうとしか考えられない。まさか、こんな強引な方法で来るとは。
「何か証拠でもあるんですか?」
「もちろんあるわ! 観念しなさいこの淫魔!」
再び、菖蒲さんが耳打ちする。
「こんな朝から淫魔もダメです。3アウトですからあれ出しますね」
「えっ、淫魔もダメなの!?嫌よ!あれとっても恥ずかしいんだから」
もう菖蒲さんが話せばいいのに。そう思っていると菖蒲さんが手元から機械を取り出す。
何かのボタンか?
「ごほん。まぁいいわ。これで言い逃れはできないはず。覚悟しなさいこのでか"プー"野郎!」
「あの……今何て言いました?」
「このでか"プー"野郎と言ったのよ」
さっきから"プー"という電子音が邪魔してよく聞こえない。
もしかしてー
「菊門先輩ってやっぱり名前の通り、お尻の穴が弱いんですか?」
「誰が"プー"弱者よ!"プー"で"プー"なんて一回しかした事ないわよ!」
おー、凄い。菊門寺先輩の下ネタに合わせて菖蒲さんがボタンを押す事で音が鳴りモザイクがかかっている。
「ねぇ、やっぱりこれやめない?かなり情けないわよ」
「情けないのは最初からです」
菖蒲さんの言う通りだ。
「あのぉ、話を進めてもらってもいいでしょうかア◯ル先輩」
「誰が"プー"先輩よ!?私は"プー"唯花!」
「今、私の名前にモザイクかけなかった!?うっかりよね?」
呆れ顔の菖蒲さんが一歩前へ出る。
「証拠ならあります」
しびれを切らして菖蒲さんが話し出した。いや、最初からそれでいいのでは?
「こっちへ来てください」
菖蒲先輩がそう言うと、後ろから女子生徒が1人連れて来られる。
「ああ!申し訳ございませんアサギ様!どうかこの私をお許しください!」
アサギ様? 何を言っているんだこの女子生徒は。
「これは荷物検査で彼女の鞄から見つかった漫画です」
そう言う菖蒲さんの手には俺と天宮が表紙に描かれたエロ漫画があった。