風紀委員長の誘い
「俺を風紀委員会に?」
「うん、ぜひとも律くんに入ってもらいたい」
「どうして?」
恵先輩はその笑みを崩さない。
「君のことが気に入ったからだよ」
気に入った? 俺とこの人はほぼ初対面だ。お互いのことなんかほとんど何も知らないのに何を気に入ったというのだろう。
「気に入ったって、一体どこを?」
「今朝も言ったよね。友人のために雨の中、危険な山へ助けに向かうその心意気だよ」
嘘くさい。それだけでわざわざ委員長自ら勧誘してくるものだろうか。
隣の美咲ちゃんと椿先輩を見ると、少し表情が暗い。そんなに俺に入ってほしくないのだろうか。まあ、ロリコン変態痴漢だしな。冤罪だけど。
「俺には同好会があるので入るつもりはありません」
「別に委員会と同好会の兼部は認められているから問題ないはずだけど」
「そんなの身が持ちません。それに同好会の仲間に不義理はしたくない」
「へ〜、そんなに同好会が大切なんだ」
ここで初めて恵先輩の笑顔が消えた。空気がひりつくのを感じる。
「いいよ。なんで僕が君を狙うのか教えてあげる」
「……」
やはり、別に理由があるのか。だが、思い当たる節が全くない。
一体、どんな理由があるんだ。
「君、会長と仲いいだろ?」
「いえ、全く」
出たよ会長、本当に何なんだ。顔さえ見たことないのに何度も俺の人生に出てきやがって。
今の所、俺の中では俺のASMR趣味を暴露してまわってるだけの人だからな。
「えっ? いや、そんなはずはない。嘘をついているんだね」
「いや、本当に知りません。顔もわからないんだ」
そこで恵先輩が笑う。
「やっぱり嘘だ。会長の顔を知らない学生なんているはずがない」
「いや、本当にー」
いや、これはまずいな。
俺は開業式とか終業式などの学校の集会をサボり倒している。その時間に勉強した方が有意義だからだ。このことが風紀院長様にバレるのは避けたい。
「別にいいだろ。というか、それが今回の勧誘と何の関係があるんだ」
「前立高校は1学年7クラスの合計21クラスが存在する。そして、約40人で構成される各クラスの中から5名を風紀委員として選出してるんだ」
「合計105人……そんなにいたのか」
「そう、多いんだよ。ちなみに生徒会も同じように各クラス5人を選出しているから合計105人だ」
他人がどこに所属しているかなんて興味なかったからな。そんな大人数の監視の中で集会をサボるのはかなりハイリスクな行動だったかもしれない。今度からは参加するか。
「でもね、この規模になったのは去年、つまり生徒会長が入学してからなんだ。それまでは各クラス1人の合計21人の小さな組織だった。生徒会も風紀委員会も」
「破格だな」
「まあね、そういう人なんだ。“生徒の自主性と権利を確立する”という名目で理事長の力を背景に瞬く間に権力を拡大した」
「それで、その話がどう繋がるんだ」
「風紀委員の今の力は会長によるところが大きい。だからどうしても生徒会より権力が弱いんだ」
恵先輩の目が怪しく光る。
「僕はその力関係を変えたい。生徒会長が君に入れ込んでいるという情報を手に入れたんだ」
「だから、俺を利用したいって話か?」
「そう。でもね、律くんのことを気に入っているのも本当なんだよ?信じられないかもしれないけど」
「ああ、信用ならないな」
さっきまでの厳しい空気とは打って変わって、恵先輩の顔は緩んでいた。頬杖をつきながらこっちを上目遣いで見ている。
「ねえ、お願い?」
「無理です。そもそも俺と生徒会長は無関係なので今回の話は成立しないでしょう」
「え〜、もうそれはいいよ。普通に風紀委員会に入ってよ」
「いや、同好会がありますから」
「じゃあ、同好会がなくなればいいんだね」
恵先輩の顔が風紀委員長の顔になっている。どうやら冗談じゃないらしい。
「僕が、いや僕たちが本気を出せば同好会一つなくすことなんて造作もないよ」
「……」
「ねえ、入ってよ」
……どうする。これを断れば、本当に同好会がなくなってしまう。
何か、打開策をー
「はい、了解しました。会長、事情が変わりました」
美咲ちゃんがインカムを押さえながら言う。
「どうしたの?美咲ちゃん」
「この男、一ノ瀬律はやはり痴漢であったと連絡が入りました」
「えっ、そうなの?」
恵先輩がきょとんとした顔で聞いてくる。どういうことだ。あの先輩がまた騒ぎ出したのか?
「会長も危険なので離れてください」
「でも、僕は男だよ?」
「痴漢の被害者は幼女です。この男には見境がないものと思われます」
酷い言われようだな。さっさと訂正しよう。
「いや、だから俺は……」
美咲ちゃんがこっちを見ている。そして、ずっとインカムを押さえている。
何か伝えようとしてる?
さっきからきょとんとしている会長はインカムをしていない。そして、後ろでインカムをしている椿先輩は美咲ちゃんの方を心配そうに見ている。
もしかしてー
「そうだ。俺がやったんだ。入院してて色々と溜まってるからな。誰の胸でもいいから触らせろ!」
「嬉しいな。僕のでよければいいよ?」
それでも会長は逃げるそぶりも見せない。
「椿先輩、お願いします」
美咲ちゃんが恵先輩を引っ張りながら小声で言う。
「おらっ! このグズがっ! お前のような社会のゴミが生きてていいと思ってんのか!?ゴラア」
椿先輩が俺を椅子ごと蹴り飛ばす。倒れはしたが、背中で着地できたのでダメージはない。というか、この人は本当になんのテレビを見ているんだ。
「委員長、血生臭くなるのでここは退出を」
「ん〜? まあ、いっか」
恵先輩は少し怪しむ目でこちらを見ていたが、美咲ちゃんに促されるままに出口へと向かう。
「また、会おうね」
そう言い残して恵先輩は部屋を後にした。