同好会設立!
「律さん!」
試験場に向かう途中、天宮に呼び止められる。
「どうした?」
「どうした?じゃありません。来ているならまずやることがあるでしょう!」
まずやること?考える。
「同好会の設立ですよ! 律さん待ちだったんですよ!」
「ああ、すまない。夏休み中はそういうの出来ないかと思ってたんだ」
「ふふっ、そこは確認済みです。夏休み中であっても申請できるそうですよ!今すぐ生徒会室に行きましょう!」
天宮に無理やり手を引かれる。
「遅かよ、律!」
「待ったぞ、律くん!」
生徒会室の前に行くと、すでに千春と綾乃先輩がいた。
「すまない」
「まあまあ、律さんを責めないであげてください。私が連絡するのを忘れていただけですから」
お前のせいだったのか。
「では、早速入りましょう」
天宮が生徒会室にノックする。
「どうぞ」
入るとそこにはメガネをかけた女子生徒が一人、椅子に座っていた。
片寄せの三つ編みに黒縁のメガネといったいかにも真面目そうな生徒だ。
「すみません、会長は席を外しています。私でよければ対応いたしますが」
「同好会の設立の申請に来ました。お願いします!」
「同好会の設立?この時期にまだ部活に入っていなかったということですか?」
訝しげに俺達を見る。
「すみません、入学しても入りたい部活がなかなか見つからずにいたんです……」
天宮が優等生モードで申し訳なさげに言う。
「……まあ、一年生ならそう言うこともあるでしょう。ですが、そちらは2年生ですよね?」
綾乃先輩の方を見る。まずい。
「私は最近、他の部活をやめたんだ。人間関係のトラブルでな」
もちろん、嘘だ。先輩は一年間、先生達からコソコソと逃げ回っていたらしい。
「……ちなみに何の部活ですか?」
「それは……その、美術部だ」
「嘘ですよね。私は美術部なのでわかります」
「くっ、なんて運の悪い」
先輩が悔しそうに吐き捨てる。いや先輩、これは多分……
「嘘です。生徒会と風紀委員会は部活動に含まれますので私は美術部には入っていません。ちなみに言うとこの二つの組織は兼部も可能ですがその多忙さから兼部している人間はほとんどいません」
淡々とメガネ女子が言う。だが、俺たちへの疑いと警戒心が強まっていることを感じる。
「これって同好会設立には関係ありませんよね?」
天宮が切り出す。確かにその通りだ。仮にこれまで入っていなかったとしても、これから入ろうとしているのだから問題ないはず。
「いえ、大いに関係があります。たまにいるんですよ、部活をしたくないからという理由でいい加減な同好会を立ち上げる人たちが」
「いい加減だなんて、そんなつもりは!」
「じゃあ、あなたたちは何を行う同好会なのですか? それによってどのように学校に寄与なさるおつもりですか?」
「わかりました。今ここで実演して見せふがっ」
もちろん止める。
「はひふふんへふはひふはん!」
口を塞がれたまま喋るな。うわっ、今舌が手に当たった!
「俺達はASMR同好会だ」
手が涎にまみれていくのを我慢しながら俺が話す。活動内容は千春がしていたように環境音の採取と言えばいいだろう。
「学校に寄与とかはわからんが、別にそんな要項はなかったはずだ。人数だって足りている。いい加減かどうかはここであんたが判断することじゃないはずだ」
「ASMR同好会……!」
なんだ?妙な反応だな。
メガネ女子は眉を寄せて難しい顔をしている。
「わかりました。同好会の設立を認めます」
「あっさり引き下がるんだな」
「まあ、あなたの言う通りここで私に止める権利はありませんし。それに……」
メガネ女子が言い淀む。何だろうか。
「いえ、何でもありません。早く教室に戻りなさい。同好会には部室も部費もありませんから生徒会からは特に何もありません。ですが、活動がない建前だけの同好会だと判断すれば解体を命じますのでお忘れなく」
そう言いながら静かに俺たちを睨む。
俺達はその視線を受けながら生徒会室を出た。
「感じ悪い人やったね」
「たしかにな」
「全くその通りだ。私に鎌をかけてくるなんて、なんて卑劣なやつなんだ」
「いや、あれは先輩がちょろすぎるのが悪いです」
「ひどいぞ、一ノ瀬君! 君は私の味方だろ!?」
先輩が泣き目で言ってくる。この人、こういうところが残念なんだよな。
「皆さん、そんなこと忘れましょう! だって今日は同好会設立の記念日なんですから!」
天宮が廊下を歩く俺たちの前に出て言う。
「お祝いをしましょう!授業が終わったら律さんの家に集合です!」
「いやお前、勝手に決めるな」
「ダメですか?」
天宮が目をうるうるさせる。
「ダメとは言ってないだろ。わかったよ、俺の試験が終わったら連絡する」
「やったー!」
普段の行いが酷すぎるせいで忘れそうになるが、こいつ見た目だけはいいからな……こういう時だけ使ってくるのはずるい。
「じゃあ、皆さんまた後で!」
そうして俺達はそれぞれの目的地へと向かった。