脱出、再び牢屋
目を覚ますと、牢の中にいる。床はざらざらとして冷たい。
「みんなは……!?」
格子に手をつく。幸い、拘束はされていないらしい。する必要もないと思われたか。
格子から周りを見渡そうとするも暗くて何も見えない。音も聞こえない。
「なるほど、牢が離れた所にいくつもあるのか」
まああれだけ広いならありえる。
他のみんなは捕まることなく、すでに殺されてしまった……なんて可能性は考えたくない。可能性としてもあまり高くない気がする。
しかし、政府御用達の裏組織だ。長く捕まっていいことはないだろう。
「脱出方法……よりも脱出してからを考えるべきか」
自分がどこにいるかもわからない状況で逃げても仕方ない。
耳を澄まして場所を把握する。夜の静寂もあいまって遠くまで音が聞こえる。
「まだあの信号みたいな音が聞こえるな。人間が発していないのか? まったくリズムが変わらない」
しかしその信号が連れ去られる前より近づいたのがわかる。そして、その音の反響で、今いる場所からその音までの大体のルートや造りが判明する。
「見張は少ないな。あっちからすれば一人や二人逃げてもどうでもいいのかもしれない」
じゃあ次は脱出方法を──
「ぷはあああああっっっっ」
「うわっっっ」
目の前の暗闇から突然、女性の大きな声が聞こえる。
「誰っ!?」
「誰って酷いじゃないか。せっかく助けに来てあげたのに」
「帰零先輩!?」
暗闇で青いピアスが一瞬だけきらりと光る。
「少し声が大きいよ、君」
言われて気づき、慌てて声をひそめる。
「どうしてここに先輩が?」
「天宮くんに頼まれてね。頼まれてというか、取引なんだけど」
「取引……それってどんな」
帰零先輩がここまで助けに来るなんて、相当な取引に違いない。
「これがうまくいけば、同じ部屋で寝るとき、こっそりとオナニーするのをやめてくれるらしい」
気持ち少しだけ弾んだ声で言う帰零先輩。それは普通にやめてもらえよ。というか、それを取引の材料にできるあいつの心臓が鋼鉄すぎる。
「しかしどうやって、潜入を? というか天宮は?」
「彼女は高梨恵を助けに行ったよ。彼の持っている鍵は役にたつ」
「先輩が鍵を持っていると知っているってことは」
「そうそう。みんなをつけてきてたのさ。天宮くんと一緒にね。視線誘導、ミスディレクション、手品師の基本。御園くんたちを囮にした君たちをさらに囮に私たちは服部綾乃を探してたんだけど、君たちが捕まったから救出しようと思ってね」
「なるほど」
感心している間に先輩がこの暗い中、手元の金属をかちゃかちゃと動かして格子を開けてしまった。
「ほんとにすごいですね」
「俺ぐらいは朝飯前だ。それよりも助けに行くんだろ?」
「はい。じゃあ、俺たちは美咲ちゃんと梅野先輩を」
それを聞いて帰零先輩が肩をすくめる。
「服部綾乃に決まってるだろ。君が脱出したとバレない相手が油断しているうちに彼女を助ける。そうすればこの地下室からも味方の救出もうんと楽になる」
「なるほど」
この人は流石に頭が回る。
「心当たりがあるんだろう」
「はい」
「よし、行こうか」
そうして暗闇の中を二人で走り出した。
そうして、あの信号のような音がする方へと順調に走り終えた俺たちは一つの牢屋の近くにたどり着く。
「ここだけ警備が頑丈だね」
「はい……どうやって突破するか」
廊下の曲がり角で身を潜める俺たち。
「ちなみにここからは見えないけど、牢屋にいるのは服部綾乃で間違いないのかな」
「……微妙です」
「微妙?」
「はい。綾乃先輩の呼吸と近いような、似てるような? 声を聞いていないので正確には分かりませんが」
「息遣いで判別できるなんてきもいね」
さりげなく酷いことを言われた。女子怖い。
「といってもここにじっとしていても仕方ない。視線誘導と行こう」
「何か策があるんですか?」
「うん。囮になるんだよ、君が」
帰零先輩が笑顔で廊下の向こうを指さしていた。