刹那の襲撃
「さて、どうしようか」
屋敷の隠し口から潜入することに成功した俺たちは、その独特の匂いのする木造の薄暗い道を慎重に進んでいた。
おそらく普段使う通路なのだろう、トラップの類は見当たらなかった。しかし、ここに来て道は三つに分かれていた。
「三手に分かれるのは」
「論外だな」
美咲ちゃんが有無も言わせぬ調子で言葉を挟む。
「ここまで進んだんだ。そろそろ何か聞こえるんじゃないか」
「……試してみます」
これでも移動しながら耳に集中していたが、やはり音が多いのと、音が複雑に反響しているのでとても綾乃先輩の場所なんてわからない。
せめて声を出していればと思うが、そんなことができる状態ではないだろう。
それでも集中して耳を澄ます。
「………………?」
数多の雑音に紛れて一つだけ一定のリズムで聞こえる音がある。本来なら気づくのも難しい小さな音だがその音があまりに一定で澱みなく響くため違和感として気がつく。
「何かの信号?」
「リズムは?」
「特にないと思います。すごく一定で、壁か床を叩く音がします」
「モールス信号とかじゃないのか?」
「多分違うと思います。モールス信号わからないので自信はないですけど」
「そんな聴力があるなら勉強しとけ」
「すんません」
オ○ニー中、両親の接近に気付けるように聴力が発達しただけでこんなことのために耳がいいわけじゃない、という反論は言わないでおいた。
「で、その音はどっちだ?」
「左の通路の奥からです」
「そうか。どうしますか? 委員長」
「うん、今はそれしかヒントがないからね。立ち止まっている暇もないし、行こうか」
そうして俺たちは左の通路へと足を踏み出す、と同時に。
「待ってください!」
みんなを呼び止める。
「どうしたの?」
「……囲まれています」
どうして今まで気づかなかった?
数はそんなに多くない。多いなら気づいている。数は4。来た道を合わせてちょうど4つの道を塞ぐように位置している。
「四人……各通路に一人ずつです」
「なら強行突破するか?」
「……一応、お尋ねしますが、一ノ瀬さんのうっかりで彼らの足音を聞き逃したのですか?」
「いえ、敵の接近、それもこの距離を聞き逃したとは」
「ならば綾乃と同じかそれ以上の隠遁の術を持っていると考えるべきです。そのような実力者相手に勢いだけで行けるでしょうか」
剣凪さんの言う通りだが、囲まれている以上、どこかに強行突破するしかない。
「考えてみれば、今になって急に気配を出したのも妙だな」
「どうする? 律くん」
ここまで来て撤退はない。そうすれば二度とチャンスはない。それに行手を阻むのは一人。
「行きましょう」
「それはできない」
後ろから低い男の声がする。
振り向く。視界には黒い装束を纏った長身の男、構える恵先輩、同じく構える剣凪さん、そして遅れて動き出す美咲ちゃんと梅野先輩。全てがスローモーションに映る。
「ぐっ」
次に来たのは背中の痛み。
全身にあの綾乃先輩がよく使っていたワイヤーが絡んで、壁に押さえつけられている。
他のみんなも同様に壁に縛られている。恵先輩も半身だけ抜けた刀と一緒に壁に縛られている。
「通路の四人が気配を出したのはもう勝負がついたからだ」
「……誰だ、お前は」
声が若い。
「お前が知る必要はない」
そして、腕に一瞬チクっとした痛みが走った後に俺は気を失った。