私、エロ漫画家になります!
部室に息も絶え絶えでやってきた剣凪さんをテーブルへと案内する。
「とりあえず、これ飲んでください」
「ありがとう……ございます」
コップに注いだお茶を飲み干す剣凪さん。それを見守るように、各々が居る。恵先輩や十叶先輩も来ていた。
「新学期になってから綾乃ちゃん、学校に来てなかったから心配だったんだ。連絡しても返事がないし」
「そうだったんですか・ 最近姿を見ないとは思ってましたけど」
「てっきり、私はいつもの締切かと思っていました。コミケの時は元気でしたし、元気すぎたくらいでしたけど」
「なにかあったのかな」
こんっとテーブルにお茶を置くと、剣凪さんが静かに語り始める。
「すべての始まりは進路希望でした」
新学期が始まる前。先日の卒業式から時間が経って、桜は散っている。しかし、まだ春の陽気を残した街のカフェテラス、早朝に呼び出された。
「剣凪君、君に相談……いや報告がある」
「わざわざこんなところに呼び出して何ですか」
妙に緊張している様子の綾乃に違和感を覚える。
「これを見てほしい」
そうしてカバンから取り出されたのは一枚の書類。
「進路希望……」
そうしてその紙を見ると、第一希望の欄には“エロ漫画家”と書いてある。
「本気ですか?」
「本気だ。君も私がプロとして声がかかっているのは知っているだろう」
「いえ、本気でなるのかと言う意味ではなく、本気でこれを提出するのか、と言う意味です。だってこれには」
これには親の同意、つまり判子が必要になる。
「こんな生真面目にしなくてもいいでしょう。不義理にはなるかもしれませんが、適当な大学を書いて、受験もして落ちればいい。そのままプロとして独り立ちすれば文句も言われません」
「それはやはり不義理だと思う。ここまで育ててくれた両親を騙すようなことはしたくない」
それを言ったらこっそりエロ漫画を描いている時点で不義理な気もするが、そういうことではないのだろう。
「なら美術系の大学を受けてはどうですか。実際に通えばいい。あなたの学力と技術があれば今から勉強して十分に間に合う。多少きついかもしれないが、大学に通いながら描けばいい。本当に仕事が増えてくれば、中退でいいはずだ」
「……私はエロ漫画家として生きていく」
「だからそれは」
「これは通れない道だ。いつか必ず父と話さなければいけない」
綾乃の父の話は聞いている。現代に生きる忍たちの元締め。極めて厳格、古風な価値観の持ち主であるらしく、エロ漫画家になるなんて言えばどうなることか。
「ちなみに将来については何か言われているのですか」
「国家公務員になれと言われている」
無謀だ。国家公務員になれと言われて、エロ漫画家になるって言うなんて、ドラ娘にも程がある。
「家を継げとかは」
「家を継げとは言われていないな。そもそも今だって、忍とは名ばかりで、大したことはしていないからな。スキャンダルを抑えたり、国の機密作戦に参加したり」
それは大したことだろうと思うが、しかし家を継げと言われていないのは幸いだ。一人っ子の彼女が家を継ぐかどうかと国家公務員になるかどうかでは重みが違う。
「たしか親戚筋の男が家を継ぐとかどうとか言っていたな」
「そうですか……」
そうして互いになんとなく黙る。黙々とコーヒーを飲む。
「母親はどうなんですか」
父親に話は通さず、母親から判をもらうという方法もある。
「母は……わからない。あの人は霧みたいな人で、何を考えているのか……」
「では、先に母親に相談してみては」
う〜んと悩む彼女。
「私は下書きの原稿をスキャンしてデジタル化した後は燃やして証拠隠滅しているんだ。しかし以前、机の上にその燃えカス、しかもちょうど挿入部分が描いてある部分が置かれていてな。誰かにバレたかと思って焦っていたら」
「焦っていたら?」
「『その紙は自然消火しやすい。燃やすなら灰になるまでみておきなさい』と言われた」
「そうですか」
綾乃の母親はもしかするとめちゃくちゃに愉快な人のような気もしますが確証はない。
「とにかく、私はこれを出す。父親にも話すつもりだ。最初に相談ではなく、報告と言っただろう。もう決めたことなんだ」
彼女の真剣な表情、その眼差しに私は何も言えなかった。
「それからです。彼女と連絡がつかなくなったのは」
剣凪さんがそれを語り終えると、持っていたカバンを漁り出す。
「そして、これが今朝、私の家に届きました」
そうして取り出されたのは、いつもの対○忍スーツと一通の手紙だった。
私用で更新明日になります。すみません