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私のおほ声を聞け!  作者: 冷泉秋花
獅子宮帰零編
229/252

オラッお泊まり!

 天宮が出ていってしばらく。

「帰零先輩、引越し先の話、嘘ですよね」

「そうだね。ドタキャンなんてされてないよ。そもそも、引っ越し先なんて決めてすらなかったからね」

「……」

「いや、決めてなかった、というのもこれまた嘘だ。君の家に引っ越すと決めていたからね」

 あれから再び、俺の部屋に戻ってきた先輩がベッドの上に寝転んでいる。

「ちなみにどうして」

「ん〜? それはね、君のことが好きだからだよ」

「嘘ですよね」

 一向にページをめくらない雑誌を眺めている先輩が、初めて俺の方を見る。流し目で。

「嘘なんてひどいな」

「じゃあ本当なんですか?」

 しばらく考えた後に「まあ、今は嘘ってことでいいや」と言って、雑誌を放り投げた。

「じゃあ、なんで家に」

「迷惑だった?」

「そうは言ってません。けど、驚きはしました」

「だろうね。それが狙いだもの」

「なんでそんなことを」

「もちろん嫌がらせさ。君のせいで私はまんまと生き延びてしまった。その責任を取らせるためだよ」

「責任……」

「そう。ああ、もし私のことを嫌いになったらいつでも言ってほしい。私としては君に嫌われて、さっさと死ぬの本望なんだから」

「嫌いになんてなりませんよ」

「それは困った。なら責任をとって、私をお嫁さんにしてくれないと」

「それは……」

 ニヤニヤしながら見つめるその目には、どこか真剣さを隠していて、反応に困る。

「まあ、無理な話か。私みたいな売女は」

「売女って、そんな言い方」

「何も間違ってはいないだろう。ああ、でも君はそういうの気にしないんだっけ?」

「もちろん、しません」

 そういうと、先輩がおもむろにベッドから立ち上がり、俺の方へと距離をつめてくる。その勢いに負けて、壁際まで追い詰められた。

「じゃあキスしてみせてよ」

「そうはならないでしょ」

「なるよ。それてもさっきのは嘘だったのかな」

 目を瞑って唇を尖らせてる先輩の、黒髪の香りと、胸元に押しつけられた柔らかい感触がうるさい。

「ほらっ」

 そう言ってさらに体を密着させてくる。

「すげー乳…コレ俺が吸うために開発されたでしょ。生意気な雌豚、アクメしろ!」

「おや? 随分、積極的だね」

「いや、俺じゃないですよ!」

 誰だ、勝手に俺のセリフを偉大なエロ漫画先生の語録にしやがったやつは。

「私です! 天宮清乃、律さんの貞操を守るために馳せ参じました! ほらっ離れてください。律さんの貞操は私が一生守るんですから」

「お前、それだと俺は一生、童貞じゃないか」

「いいじゃないですか。拙者は童貞、またシコるでござる、って言えますよ?」

「なんのメリットがあるんだ、それ」

 なんて会話をしながらも、俺と帰零先輩の間に割って入る。まあ、文句はあるが、こいつのおかげでなんとか切り抜けられた。


「しかし、やっぱり私の言うとおりになりましたね。少し目を離した隙にこれですよ」

「やっぱりって、お前な」

「いやいや分かっちゃいますよ、私、エスパーなので。セックスエスパー♡」

 こいつ、うるさいな。

「というか、お前、さっき出て行ったよな」

「それは、これを持ってくるためです!」

 小さな胸を張る天宮の手には、スーツケースがある。

「お前、まさか」

「泊まりますよ? 律花さんにも許可はもらっていますから」

「……」

 突っ込まない方がいいだろう。俺はここ最近の経験で、流れに身を任せることを覚えたのだ。特に天宮に突っ込んだり、意見するのは体力を消費するだけだからな。

「さあ、帰零先輩、こんな精子臭い部屋からさっさと出ますよ」

「ん〜、まあいっか。じゃあ、また後でね、一ノ瀬くん」

「ああ、はい。また」

 それから天宮に連れられて帰零先輩は部屋を出て行った。

 それから、俺は部屋にありったけの消臭剤を巻いた。えっ臭くないよな、いつもの天宮の冗談だよな。


 それから久しぶりに自身の机に向かって勉強をした。

 俺が、いや帰零先輩が抱えている問題と比べてなんて簡単なのだろうと、頭の片隅で考える。ほとんど現実逃避に近い勉強は非常に捗って、家に二人の女子が泊まりに来ていることを忘れさせた。


 そして、夜ご飯を4人で済ませ、二人のシャワーを音をお気に入りのASMR「清楚な委員長の寝取られ報告、彼女の本性は淫らな雌」を聞くことによってノイズキャンセルした。

 それから何事もなくベッドに入った俺は、すぐに眠りにつくことができた。

 帰零先輩と天宮がいるから身構えていたが、意外と平和に終わって何よりだ。


 夜──俺は花のような、それでいて脳を麻痺させるような甘い香りで目を覚ました。

 布団の中にある暖かい気配。

 腕に感じる、吸い付くような柔らかい感触と、それからそこについたコリっとした硬い感触。

 もはや布団を捲らなくてもわかる。

「やあ、一ノ瀬くん」

 帰零先輩だった。

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