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私のおほ声を聞け!  作者: 冷泉秋花
獅子宮帰零編
223/252

伸ばした手を掴んでもらえない俺は──

 彼女が目を覚まして最初の反応は、呑んだ水を吐き出すでも、深呼吸でもなく、

「いやっだ! 離して!!」

 生への拒絶だった。

「暴れないでください! 落ちます!」

 俺と帰零先輩を結んでいる鎖は水中で天宮が慌てて結んだものだ。さらにその結び目は俺を縛る鎖にある。

 俺の体に強引にくくりつける形になっている帰零先輩の状態は極めて不安定だった。

 ガチャリ

「あっぶない!」

 そして案の定、緩やかに結ばれた鎖が解ける。

 俺はバンジージャンプの時みたいに、胴体に繋がった鎖がなんとか体を空中に留める。

 しかし、帰零先輩はそれすらなく、俺と繋がる手錠だけで宙にぶら下がっていた。

 無茶苦茶な体勢。さっきまで斜めを向いて安定していた体は、手首の重さに従って、真っ逆さまになっている。

「律さん! そのまま引き上げてください! 結び直します!」

 少し上でしっかり鎖に繋がった状態の天宮が器用に体の上下を変え、下を向く。

「分かってる! くそっ!」

 手錠のつながった手に帰零先輩の全体重が乗っている。


 そう、全体重が俺の手首に乗っていた。


「君はそのまま生きるといい。このまま君を引きずり落としてしまう前に私は──」

「うるさい! 全然、重くないんだよ!」

「強がるなよ」

「強がってない! さっきから軽すぎるんだよ! ろくに飯、食べてないだろ!」

 全体重が俺の手首にかかっているはずなのに、それなのに、全然重くない。少なくとも手首一つで支えられてしまうほどには。

「約束しただろ! 生き延びたら、一緒に生きるって!」

「私は嘘つきだよ? こんなに騙されてきたのに、そんな約束を信じているのかい?」

「信じる、信じないじゃない! こうなったら、どうなっても生きてもらう!」

「それはできない」

「なんで!?」


「もう死なせくれよ……」


 胸が酷く痛い。

 俯いた先輩の表情は上からは見えない。海面に映るには波が激しすぎる。

 しかし、その中で海面に一雫落ちるのが見えた。

 それはこのあまりに広い海にとっては誤差ですらなく、誰も知る由のない一雫かもしれない。

 でももうそれを見てしまったから。

「嫌だ! 絶対に見捨てない!」

「もう許してくれ。これ以上生きるのはもう耐えられないんだ。わからないかい? ああ、もしかしたら君にはわからないかもね。君は強いから」

「っ……」

 帰零先輩が衣装の胸元から鍵を取り出して持っている。

「あなたのことを全てわかりはしないけど、それでもこんな死に方をするべきじゃないことはわかる!」

「いいや、私はこんな死に方をする人間さ。決定的に致命的に汚れているんだ」

「また、その話ですか!? そんなの!!」

「小学生で初めて……初めてお金のためにそういうことをした時。私は“少女”ではなくなったと、周りとは決定的に違うのだと泣いた。もう乾いてしまったけれど」

「だからっ、それがなんの!」

 あまりに壮絶な経験に、想像もできないほどの悲しみに、言葉が詰まりそうになるのを大声で必死に振り払う。

「君にはわからない」

「そんな汚れ、俺は知らない! 汚れとも思わない!」

「違う。私の一番汚いところはね」

 手錠の鍵穴に鍵が入り、回される。同時に言葉が紡がれる。

「私の一番汚いところは

 それでも救われたいと、王子様が来てくれると信じているところだよ」

 そして手錠が開き、先輩は落ちてゆく。


「くそっ!」

 すぐに手を伸ばす。

 スローモーションに落ちていく先輩の指に、手のひらが掠る。しかし、掴もうとする俺の手を拒むように、先輩は払って──そのままドボンと大きな音を立てて波の中へと消えていった。

 そして俺も

「天宮っ! ごめん!」

「ちょっ! 律さん、待ってください! 今、鎖を下ろしますから! 今のまま落ちたら」

 分かってる。

 俺の体を縛る鎖はまだ健在だ。このまま落ちれば売り出しに戻る。

 それどころか、帰零先輩と俺がバラバラになっている分、救助は難しい。

 それでも

「今、行かないと!」

「なら私が!」

「いや、最後まで、ちゃんと最後までやらせてくれ!」

「律さん!」

 それからは、天宮の制止の声も聞かず、結ばれた鎖を無理矢理に解いて再び、海の中へと飛び込んだ。

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