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私のおほ声を聞け!  作者: 冷泉秋花
獅子宮帰零編
221/252

物語の先を紡ぐ音

「天宮君、タクシーを校門前につけている。時間がないから、すぐに来て欲しい」

「環先輩に、黒井文乃さん?」

 ASMR部の外に締め出されていた天宮清乃は二人に手を引かれるまま、慌ただしく校門へと走り出した。それを服部綾乃が鉄格子のかかった窓から祈るように見ていた。


 後部座席に3人を乗せたタクシーが、環凪環の指定した場所へと走り出す。

「これってどういう状況なんでしょう? また、律さんがお姫様よろしく連れ去られたんですか?」

「その通りだよ。現代において、連れ去られるお姫様役はなにも女性の専売特許ではないということさ」

「環先輩、無駄話をしている暇は」

「すまないね、黒井君。僕の悪い癖だ。さっそく状況説明を始めよう」


 すべての事情と、獅子宮帰零が海で一ノ瀬律と心中しようとしている現状を聞き終えたあと、天宮清乃の顔はひどく険しく冷たいものになっていた。

「君のそんな表情を見るのはいつ以来かな。一ノ瀬律と出会ってから、その君はすっかりいなくなったものだと思っていたが」

「誤魔化さないでください。準備がよすぎますよ。私がたまたま部室の外にいたことも」

「……」

「環先輩はこうなることをわかっていましたね」

「そうだね。君の言うとおりだ。こうなることはわかっていた」

 天宮清乃の冷たい視線が彼を鋭く刺す。

「もちろん事情はある」

「それで律さんが死んだらどうするつもりですか?」

「その時は……その時さ」

 ガッ──

 環凪環の首元を掴む。

「あの人はバカで、もしかしたら帰零先輩に同情して一緒に死ぬことすらありえる人ですよ。わかってますか?」

「わかっている。そうならないように僕達がいる」

「……もし律さんが死んだら千春さんになんて言うんですか。律花さんにも」

 環凪環がそっと目をそらす。

「もしそうなったら、あなたを殺して私も死にます。それだけは覚えておいてください」

「彼のためにそこまでするんだね」

「誰かがそうしないとダメなんですよ、あの人は。いつも他人の不幸や不公平にばかり怒っているんです。なぜか自分自身だけがその不条理の被害者の一人であることに気づいていない」

 環凪環の首元から手がゆっくり離れる。

「私が中途半端に問題を解決してしまったからでしょうか。後ろめたさでも感じて……」

 じっと彼女のことを二人が見る。心配と哀れみのこもった目で。


「それで、先ほど言った事情というのは」

「ああ、単純なことだよ。帰零の生い立ちについてはさっき言ったとおりだ。そして、事情……というよりもこれは僕の願いになるんだが」

 少し躊躇うように間を置き


「彼女を救ってほしい」


 ──倒すのではなく

「だからASMR部のメンバーをあえて部室の外に出さなかった。」

 天宮清乃は考え込む。

 その願いと今回の行動と判断のリスクを秤にかける。

「帰零はきっと心のどこかで救いを求めていると僕は思う」

「律さんがあんな性格だから、救われたいなんて人間が近づいてくるんですかね」

 自嘲気味に笑う。

「随分な言い草だ。君らしく……いや、君らしいのか」

「こんなこと言ったら律さんに怒られますからね。ただ、私が言えた義理でないことも間違いないです。だから今のは私自身への言葉です。チクらないでくださいね」

「約束しよう」

 ちょうどラジオから流れていたビートルズの曲が終わった。


「救って言われても、私にそんなこと期待しないでくださいね。帰零先輩の事情も今知ったばかりですし、そもそも私にそんなこと……」

「それは問題ない。僕の仕事も君の仕事もとりあえず、彼のところへ行けばそれで」

「……あの、もしかして律さんを助ける作戦って」

「ない」

 天宮清乃はもちろん黒井文乃も驚き

「何を言ってるんですか!? 私は環先輩に考えがあると思って、部の人たちをおいていくことに同意したんですよ!」

「それは文乃君の勘違いだ。そもそも帰零の動向をバレないように察知することさえ困難だった。対策を講じてもその対策をされるだけだ。天宮君を意図的に外に出したのもバレているが、帰零は誤差の範疇だと見逃したみたいだね」

「じゃあ、もし着いた時にすでに二人が海に入っていたら」

「……」

 西欧の血筋が現れるその琥珀色の瞳はじっと遠くを見つめている。

「信じられません」

 信用していた先輩の裏切りとも呼べる行為に落胆の表情を隠せない彼女。

「ただ、まったく考えがないわけでもない。仕掛けはないが、タネはあると言ったところだ。まあ、なんとかなるさ」

 タクシーの中がしんと静まりかえり、知らないバンドの曲だけが流れていた。


「目的地が近い。最後の確認をいいかな」

「なんですか」

 天宮清乃の目をじっと見て、尋ねる。

「君は自分と獅子宮帰零が似ていると思うかい?」

「? いえ、そんなに接したことはないのでわかりませんが」

「そう……」

「それが何かあるんですか?」

「いや何も」

 口元に手を当てて深く考え込む。そして

「やはり伝えておこう。最悪の可能性を」


「最悪の可能性?」

「ああ、そうだ。僕の計算上このまま行けば、おそらく間に合う。ある例外を除いて」

「というのは……」

「一ノ瀬君が、獅子宮帰零に抵抗しなかった場合だ」

「でも……一ノ瀬さんは殺されるってわかってるんですよね。なら抵抗しないことなんて」

「一つ、薬か何かで眠らされた場合。これはまずない。そういう薬物の流れは確認できなかったし、彼女の性格上、一ノ瀬君となんの会話もなしに一方的殺すことはしないだろう」

「なら」

「いや、もう一つある。これは天宮君が最初に言ったね」

「帰零先輩に同情して一緒に死ぬ……」

 眉間に皺を寄せて答える。

「ああ。いくら鎖で縛られていても帰零が一ノ瀬君を海に落とすのは困難だ。抵抗次第では落とすことは不可能かもしれない」

「律さんが抵抗しなければ…………でも、ありえないですよ。死にたいなんて本気で思ってないでしょうし、同情して死ぬなんてそこまでバカじゃ」

「君と帰零は似ていると思う」

「?」

「だからありえると思う」

 そのタイミングで車が停まり、目的地へと到着した。

 彼女は勢いよく飛び出した。

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