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私のおほ声を聞け!  作者: 冷泉秋花
獅子宮帰零編
218/253

ラブコメはクソだと語る彼女はヒロインたりえるか

「恋人……になったら殺さないでくれるんですか?」

「うん、いいよ。もしも君が望むなら愛人でも構わない。天宮ちゃんや千春ちゃんと付き合いながらでもさ」

 “愛人”

 その言葉がこの人にとってどんな意味を持つのか、少なくともそれはテレビの向こうのフィクションでないことは確かだ。

「いやですよ」

「……そんなに私は魅力がないかい?」

「そういうことじゃないです。ただ、その場しのぎで先輩の恋人になることも、ましてや愛人にするなんてことも」

「意外だな。君は恋愛に対してもっとドライなものだと思っていたよ。意外とロマンティックなのかな」

「……そういうことでもないです。ただ」

 ここで先輩の恋人になることも愛人なんてものを作ることも

 あの時の、告白してくれた千春の気持ちを貶していると思うから。

「俺は不誠実なことはしたくない。命に換えても」

「あっそう」

 それからまた二人の間をラジオの音楽だけが流れた。


「で、どっちのことが好きなの?」

「どっち、というのは」

「とぼけないでよ。天宮ちゃんと千春ちゃん」

「……それは」

「ああ、別に他の子でも。ASMR部のみんなや他の子でも構わないよ」

「そういうのは……いまいちわかりません」

「逃げだね」

「そうかもしれません」

 ずいぶんと長いこと車で来た。まだ海は見えないが、少しずつ自分が普段いる街から離れていることがわかる。

「でもよかったよ。ここで思春期の女子みたいなもじもじした反応見せられたらこの場で殺していたかもしれない」

「その場合、よかったのは俺の方だと思うんですけど……ちなみになら何でこんな話を持ち出したんですか?」

「それは遺言の準備を手伝うためさ。君の気持ちも知らないまま逝かれたら、彼女らのこれからの人生に支障が出るかもしれない。それに、『実は君のことがずっと好きだった』なんて遺言があれば感動的じゃないか」

「趣味が悪いですね」

「まあね。そもそも私は恋愛なんて大嫌いだから。恋愛そのものもしてるやつも」

 チラリと表情を伺うと、今日この車で何度目かの険しい表情だ。目に全く光がない。


「恋愛なんていうのはさ、つまり自傷行為の一つだと私は思うんだ」

「自傷行為?」

「そう。人間は楽すぎても生きていけないんだ。適度なストレスが必要って聞くだろ?」

「そのために恋愛をすると? 俺はそうは」

「すべての色恋がそうとは言わないよ。でもさ、あいつら、恋愛ゲームの幸不幸であたかも自分は世の中の酸い甘いを知ってるみたいに語るじゃないか。しかもそのゲームに熱中している間は、他人にも社会にも無関心でいられるわけ。だって恋愛で大変なんだから」

「先輩は……恵まれた人間が、そうでない人間に後ろめたさを感じないために、恋愛を使っていると言いたいんですか?」

「違うのかい? 私には彼らが不幸ごっこを、さらに言えば人生ごっこをやっているようにしか見えないね。本当の人生から目を背けるために」

「俺はそうは思いません。きっと彼らも必死に」


「必死?」


 赤信号に先輩が荒いブレーキを踏む。体は動かない代わりに鎖が肉体に食い込む。

「恋愛に必死だって? 笑わせてくれるね。こっちは生きるのに必死だというのに。なのにお前らは恋愛がこの世の全てだと言わんばかりに」

「先輩、……」

 こんなに大きな声を出す帰零先輩を見るのは初めてだ。

「さっき、私がいろんな人間に抱かれたことを言った時になんて言ってた? 『そんなことが人間の価値を貶めない』? 嘘をつくなよ。こんな女、ごめんだろう。私ならごめんだ。ヒロインが非処女なんて。それどころか、不特定多数の男たちに金で体を売っていた女なんて。君がわざわざ選ぶ道理はないだろう」

「あんまり勝手なこと言わないでください。先輩こそ、恋愛の定規でしか自分を測ってないじゃないですか」

「それが世界の定規なら、そうするしかないだろう」

「俺は恋愛なんてものよりも、人間のその測り方のほうがずっと嫌いですよ」

「偽善者……母と同じだ。吐き気がする。殺す相手が君で良かったよ。一緒に死ぬ相手としては少し傷が入ってしまったけれど」


「一緒に死ぬ?」


「ああ、そうだよ。君を殺して私も死ぬ。一緒にこの社会の呪いになろうじゃないか」

「ふざけないでください」

 鎖を解こうと全身に力を入れて体を前後に動かす。が、しかし全く動く気配がない。

「随分とニュースになるだろうね。高校生男女が心中。女子生徒の家庭環境は崩壊している。男子生徒の家にも問題が。社会にどんな影響を与えるか見たい気もするけど」

「どんな影響も与えませんよ」

「どうして?」

「みんな、三日もすれば忘れますよ。それこそ恋愛なりに忙しいから。忘れられないのは俺たちのことを愛してくれた人だけです。残すのは呪いじゃなくて、傷だけですよ」

「なら私は何も残せないというわけだ」

「だから死ぬべきじゃない」

「そんなことで私は止まらない」

 今の会話で止まらないのなら、この人はもう止まらないだろう。

 もはやこの行為に、この殺人に論理的な理由はないのかもしれない。ならば、やはりこれも恋愛と同じで、自傷行為の一つなのかもしれない。


 考えてみればこの人は

 ──獅子宮帰零はずっと自分を傷つけているのかもしれない──

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