失踪
畳の上、心地よい秋風が眠気に意識がうつらうつらしていた時
「お待たせしました、律さん! あれ? 寝ちゃいました?」
天宮の声と共にパタパタと畳を踏む音が複数聞こえる。
3人がお風呂から上がってきたようだ。
風呂上がりで、俺と同じように支給された浴衣を着ている。その白と青の模様を基調とした浴衣から、時折、温泉で温まった血色のいい肌が垣間見える。
「ムラムラきました?」
「年頃の男子に求めていい服の感想じゃないな」
もちろん女子にもダメだが。
横になっていた俺は裾から彼女らの浴衣の中が見えないようにそっと目をつぶる。このまま眠れてしまいそうだ。
「おい、律、眠るのか? せめて布団を敷いてから」
「え〜!? ババ抜きするって約束だったじゃないですか!」
「まあまあ清乃ちゃん、律も疲れとるんやろ」
天宮がぶつぶつ不平を言っているのが聞こえる。せっかくの旅行だから遊んであげたい気持ちは山々だが、まあ明日もここに泊まるわけだし。今日はもう眠くて仕方ない。
「律さん、寝ちゃいそうですね」
「布団を敷くぞ。律が寝る前に移動させよう」
「これじゃあ、乱交イベントも夜這いイベントも起きませんね」
「そんなイベントは元々旅のしおりはないから、安心して死ね」
「まあ、夜這いはこっちからかければいいだけですもんね、千春さん」
「はあ!? な、なんば言いよるとっ!!?」
ちょっとうるさい。
「ほらっ律、少し体をあげられるか?」
「うんん、ああ、どうも」
ほとんど寝ぼけながら体を持ち上げて十叶先輩が敷いてくれた布団に入り、枕に頭をおく。
「ふふっ今の律、子供みたいでちょっと可愛いな」
頭に何だか柔らかい感触があった。
「ちょっ!!? あなた、何してるんですか!?」
「これぐらい、いいだろう別に」
「全然よくなか!!」
何だか喧嘩を始めたらしい。本当に騒がしい連中だ。
「……これじゃあ、本当に寝ちゃいますよ」
「まあまあ、清乃ちゃん。これはこれでチャンスやない?」
「……たしかに」
「うむ、女子会だな。しかし寝ているとは言え、律の隣でやるとは」
「ドキドキして濡れちゃいますね」
「ああ、今からお前をボコボコにしてその頬を濡らしてやろう」
そんな不毛な会話が、眠りにつく前に聞いた最後の会話だった。
「律さん、律さん、起きてください!」
「ん? ああ、なんだ?」
部屋の電気は相変わらずついていた。しかし、感覚的にまだ朝ではない気がする。
実際に外をチラリと見るとまだ暗い、というよりも真っ暗だった。
「何時だ?」
「12時です。律さんは2時間ほど眠られました」
「そうか。で、なんのようだ?」
妙にそわそわして、どこか不安げな様子だ。よく見ると隣の千春も同じような表情をしている。
「夜這いか?」
「ならいいのですが」
よくはない。
「会長がトイレに行ってからずっと戻らないんです」
「うんこじゃないのか?」
「私たちもそう思って、気にしていなかったんですけど、1時間帰ってこないので様子を見に行ったらトイレにもいなくて。
「……」
二人は会長のお通じをどれだけ低く見積もっているのかとか聞きたいことは山ほどあったが、どうやらそんな余裕はないらしい。
「他の人は? 安子さんとか」
「いえ、まだ」
「……わかった。とりあえず、俺は安子さんに事情を話して、何か知らないか聞いてくるよ。一応、お婆さんにも」
「わかりました。私たちは?」
「入れ違いになっても良くないから、ここにいてくれ。そうだ、十叶先輩。スマホは?」
「持っていってると思います」
「わかった。なら二人は連絡がつかないか、試し続けてくれ」
「「了解」」
そして俺は乱れた浴衣を直しながら、安子さん達の元へ向かった。




