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私のおほ声を聞け!  作者: 冷泉秋花
恋の柳川紀行編
203/252

流される思い

「どう楽しめとる?」

焼き始めた食材たちに火が通り、食事の供給ラインが安定し始めた頃、タレの入った紙皿を持った千春に呼びかけられる。

「まあ、かなり楽しんでるよ。あいつほどじゃないが」

天宮の方を見ると、肉を挟んで食べる野菜ドラフトで十叶先輩と盛り上がっている。キャベツを天宮に取られた十叶先輩が苦肉の策で人参を選んでいた。

「清乃ちゃんはみんなで食事するの好きやからね」

「そうだな」

前に謹慎中の天宮を家の食事に誘ったことを思い出す。それ以外でも人との食事は好きなようで、学校でもよく昼食に連行される。

「清乃ちゃん、家で食べるときは一人なんやって」

「まあそうか……父親とはそういう感じじゃないもんな」

天宮が暗い部屋で一人食事するのを想像して心が傷む。

ずっと馬鹿みたいに笑って誰かと飯を食っていればいいと思う。

「俺は……人との食事は苦手だったよ」

「そうなん?」

「あっ、いや今は大丈夫だ」

千春の返事に申し訳なさがあるのを感じて咄嗟に訂正する。

「うちは天宮とは逆で、飯は出来るだけ家族みんなでって決まってるんだ。孤食は教育に悪いとかなんとか。俺からすれば、教育にはよくても胃と心臓に悪いって話だが」

「でも……今は違うんや」

「今でも家族との食事は苦手だよ。何か言われるんじゃないか、怒られんじゃないかって食事が喉を通らない」

千春は箸でつかんだ肉を見るともなく見つめている。

「でも、みんなとの食事は好きだよ。美味しいだけじゃなくて楽しい。誰が何食ってるかとか、どれを美味しそうに食べて、何は食べたくないのか、そういうのを見るのも嫌いじゃない」

「へえ、律はそんなに人が食べるのをまじまじと見とるんや。変態みた〜い」

千春はふざけて笑っている。

「いやそうじゃないと、天宮のやつすぐに好き嫌いするからな。あいつ、自分で弁当を作ってるくせに嫌いな野菜を弁当に入れてきて、俺に食わせてくるからな」

「……ああ、そっか」

さっきまで笑っていた千春がなんとも言えない表情で俺の方をまじまじと見てくる。

「律、いつもパンよね」

「そうだな。高校になったら律花が弁当作ってくれるとか言ってたけど」

「清乃ちゃんが作るって一時期言いよったけど」

「それは申し訳ないだろ。変な噂がたってもいやだし」

「変な噂って?」

千春はじっとこっちを見て目を離さない。

天宮や十叶先輩たちの声が遠くに聞こえる。

「いや変な噂っていうのはわかるだろ、付き合ってるとかなんとか」

「うん。じゃあさ、私が律のお弁当作ろうか?」

「何がじゃあなんだ?」

「わかるやろ?」

互いに何も言わない妙な時間が流れる。

「私は律と変な噂が流れてもよかよ?」

「千春……それって」

千春は肝心なところで俯いて何も言わなくなる。まるで言葉の続きを待つように。


「お二方、お肉は食べられていますか?」


「うおっ!?」

俺と千春の間に真っ黒な目をした安子さんが割ってはいる。

「ええ、食べてますよ。にしても美味しいですね」

「はい、新鮮なものを使っています」

「新鮮なもの?」

「実はお肉を買い忘れていて、ついさっき買ってきたんです。だから新鮮ですよ」

ふふっとお茶目に笑う。

「そうやね、律は男やから、もっと食べたほうがいいと思う」

「男だからなんて言ったら、お婆さんに怒られるぞ?」

千春が胃もたれしそうな量の肉を俺の口に突っ込んでくる。何やら機嫌が悪いらしい。

「申し訳ありません。お邪魔でしたね」

「? いいえ、別に」

背後からする安子さんの声が微笑ましいものではなく、本当の謝罪のように聞こえた気がしたのが気になったが、そんな考えは千春に突っ込まれた肉の油に流されていった。

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